アメリカ文学

アーノルド・ローベル『お手紙』|がまくんの孤独を『すいえい』から読み解く

2023年8月27日

『お手紙』とは?

『お手紙』はアーノルド・ローベルの絵本で、日本では「がまくんとかえるくんシリーズ」として親しまれています。

小学校の教材にもなっており、読んだ人も多いのではないでしょうか。

ここでは、そんな『お手紙』のあらすじ・解説・感想をまとめました。

『お手紙』のあらすじ

ある日、ガマくんは悲しい時間を過ごしていました。

それはお手紙を待つ時間のことで、ガマくんはこれまで一度もお手紙をもらったことが無かったのです。

かえるくんはガマくんと一緒に悲しんでいましたが、ふと思いついて、ガマくんにお手紙を書くことにします。

かえるくんはお手紙をカタツムリくんに届けてもらうよう渡しましたが、いくら待ってもカタツムリくんが来る気配はありません。

待ちきれなくなったかえるくんは、ガマくんにお手紙を書いたことを言いました。

それを聞いたガマくんは嬉しくなりました。

それからふたりは幸せな気持ちで、お手紙が来るのを待っていました。

4日経ってから、カタツムリくんがお手紙を届けにきてくれました。

お手紙をもらったガマくんは、とても喜びました。

『お手紙』ー概要

物語の中心人物 ガマくん、かえるくん
物語の
仕掛け人
カタツムリくん
主な舞台 ガマくんの家
作者 アーノルド・ローベル

『お手紙』ー解説(考察)

がまくんはなぜ悲しいのか?

がまくんが悲しんでいる理由は、来ることのないお手紙を待っているからです。

がまくんは朝の時間をお手紙を待つことに使っていますが、彼にお手紙が来たことは一度もありません。

「だれも ぼくに おてがみなんか くれた ことが ないんだ。
まいにち ぼくの ゆうびんうけは からっぽさ。 てがみを まって いる ときが かなしいのは そのためなのさ。」

アーノルド・ローベル『ふたりはしんゆう「おてがみ」』文化出版局

  • 自分にお手紙をくれる人がいない寂しさ
  • 誰とも繋がっていない気がする孤独感

これらを感じているから、がまくんは悲しんでいるんですね。

ちなみに、『お手紙』が書かれたのは1970年代で、当時は電子メールなどなく、手紙でのコミュニケーションは一般的でした。

そのため、ポストを気にする行為は特別なことではなく、現代で言えばメールやSNSの通知を気にするのと大差ないと考えられます。

小助
現代的に言えば、がまくんにはSNSの知り合いがひとりもおらず、通知が一切来ない状況と考えると分かりやすいでしょう。

そもそもなぜがまくんは孤独を感じているのか?

実は『お手紙』は、『ふたりはともだち』という絵本に収録された5作のうちの1作で、それらは時間的に繋がっています。

メモ

「はるがきた」→「おはなし」→「なくしたボタン」→「すいえい」→「おてがみ」の順で5作構成です。

がまくんが孤独感を深めている理由は、ひとつ前のおはなしである『すいえい』で、みんなに自分の姿を笑われたからだと考えられます。

『すいえい』のあらすじ

がまくんは水着姿にコンプレックスがあり、誰にも見られたくない。かえるくんにそれを言うと、聞きつけた森の生き物が、がまくんの水着姿を見に川に集まってきた。ガマくんは川に浸かって水着を隠していたが、寒さに我慢できず川からあがると、森のみんなが大笑い。かえるくんも一緒になって大笑い。がまくんは怒って家に帰ってしまった。

『すいえい』は、がまくんにとってなかなか辛い体験だったと考えられます。

友達と思っていたかえるくんでさえ、みんなと一緒になって自分のことを笑ったのですから。

かめはわらいました。
とかげたちはわらいました。
へびはわらいました。
のねずみはわらいました。
そして、かえるくんもわらったのです。
「君はなにを見てわらってるんだい?」がまくんがいいました。
「きみさ、がまくん。」かえるくんがいいました。
「だって、みずぎすがたのきみは ほんとにおかしなかっこうなんだもの」

アーノルド・ローベル『ふたりはしんゆう「すいえい」』文化出版局

これを踏まえて次の『お手紙』を読むと、がまくんの孤独感や厭世感にも納得がいくのではないでしょうか。

先に引用した文章を再掲します。

「だれも ぼくに おてがみなんか くれた ことが ないんだ。
まいにち ぼくの ゆうびんうけは からっぽさ。 てがみを まって いる ときが かなしいのは そのためなのさ。」

アーノルド・ローベル『ふたりはしんゆう「おてがみ」』文化出版局

がまくん
かえるくんはよく遊んでくれるけど、実際自分は誰からも手紙をもらったことがない。
がまくん
かえるくんも笑ってたし、僕にはやっぱり友達がいないのかなあ

教科書では、『おてがみ』だけが切り抜かれているので、がまくんがやけに閉塞的で、頑固者のように見えてしまいます。

しかし、実は『すいえい』からの経緯があるので、がまくんの孤独感は急に始まったものではないことが分かります。

かえるくんの気持ちを服から読み解く

『お手紙』では、かえるくんがボタンのたくさん付いた服を着ています。

これは、『なくしたボタン』というおはなしで、がまくんが、かえるくんにあげた服です。

『なくしたボタン』のあらすじ

がまくんがジャケットのボタンをなくして、かえるくんに探すのを手伝ってもらうと、森のみんなが色々なボタンを拾ってきます。どれも違う!と怒ったがまくんが家に帰ると、ボタンは部屋にあったのです。がまくんはお詫びに、みんなからもらったボタンを全てジャケットに縫い付けて、かえるくんにプレゼントしたのでした。

『お手紙』でかえるくんがこの服を着ていた理由は、がまくんへの好意のアピールだと考えて良いでしょう。

かえるくん
『すいえい』では笑ってしまったけど、君のことが嫌いなわけじゃないんだよ。ほら、今日も君がくれた服を着てきたよ。これ素敵だねえ。

こういうかえるくんの気持ちが、着てきた服からは読み取れます。

プレゼントでもらったものを、プレゼントしてくれた相手と会うときに身につけていくのは、コミュニケーション上よくあることですよね。

ですが、がまくんはその服に気付かないほど悲しんでいたのでした。

がまくんが悲しんでいるから、かえるくんも悲しい

かえるくんがやってきた時の第一声はこうです。

「どうしたんだい、がまがえるくん。きみ かなしそうだね。」

アーノルド・ローベル『ふたりはしんゆう「おてがみ」』文化出版局

『すいえい』でのことを気にしていない様子のかえるくんですが、悲しさの理由を聞くと一緒になって悲しみます。

彼はお手紙が来ないから悲しいのではなく、がまくんが悲しがっているから悲しいんですね。

ふたりとも かなしい きぶんで げんかんの まえに こしを おろして いました。

アーノルド・ローベル『ふたりはしんゆう「おてがみ」』文化出版局

かえるくんが「かなしいきぶん」になっている背景には、下記のような思いや後悔などがあると考えられます。

  • 『すいえい』で僕ががまくんを笑ったから、がまくんが悲しんでいるのは自分のせいでもあるなぁ・・・
  • たしかに僕もがまくんに手紙を出したことがないなぁ・・・

 

そこでかえるくんは、がまくんを喜ばせるために、さらにはがまくんを一番の友達だと思っていることを伝えるために、手紙を書こうと思いつきます。

つまりかえるくんの行動は、がまくんのためであると同時に、自分のためでもあるのです。

悲しみから喜びへ!作品の対比構造

手紙を書き出してからは、ユーモラスな場面が続きます。

  • 急いでお手紙を書くけど、足の遅いかたつむりくんに届けてもらう
  • 手紙が来るのが遅すぎて、手紙を書いたことを先に言ってしまう
  • かたつむりくんが届けてくれる手紙を4日も待つ

かえるくんの行動はスマートではなく、そこがかえってユーモラスです。

ここでかえるくんが急いでいるのは、早くがまくんの勘違いを解いて自分の気持ちを伝えたいからで、決して自分の親切さを誇示しようとしているわけではありません。

このかえるくんの奔走によって、最後はふたりとも幸せに包まれ、物語はハッピーエンドを迎えます。

絵本の冒頭には悲しい表情で玄関先に座るふたりが描かれていますが、終盤では肩を組みながら、幸せな表情で玄関先に座る絵が描かれます。

こうした対比的な分かりやすいハッピーエンドが、多くの読者に好まれている理由でもあるでしょう。

これからお手紙が来なくても、がまくんは幸せでい続けられる

見てきたように、『お手紙』は「手紙」を中心に物語が進んでいきます。

序盤は手紙が来ないことを悲しむがまくんですが、終盤でかえるくんが「手紙」を書いてくれたことを知り、幸せな気持ちになります。

ここで大事なのは、手紙が届く前に、すでにがまくんが幸せになっていることです。

「手紙」はただの「モノ」であり、気持ちを伝えるための手段でしかありません。

かえるくんの気持ちが伝わったがまくんは、手紙がなくても幸せな気持ちになっているのです。

逆に考えれば、気持ちを伝えることがどれほど大切なことなのかに気付かされます。

実際、かえるくんはがまくんに毎日会いに行っていますが、がまくんは寂しさでいっぱいです。

日常にひそむ些細な出来事(水着姿を笑われたこと)が、意外にも大きな溝となることがあるかもしれません。

気持ちをしっかりと伝えなければ、たとえ誰かがいつも近くにいたとしても、簡単に孤独になり得るということを表しているように思います。

かえるくんの気持ちが伝わったがまくんは、これからはかえるくんが訪れるたびに、「お手紙」が来たような気持ちになるのではないでしょうか。

アマガエルとガマガエルの違いについて

『お手紙』は、全20篇ある「かえるくんとがまくんシリーズ」のうちの一篇です。

かえるくんは全身緑色のカエルで、がまくんは茶色のカエルとして描かれます。

かえるくんと訳されているカエルは原文でfrog、がまくんはtoadとなっています。

"Not ever?" asked Frog.
"No,never," said Toad.

Arnold Lobel,Frog and Toad Are Friends,HarperCollins,1970

ちなみにこの分け方はヨーロッパやアメリカの区別であり、世界的な基準ではありません。

英語ではfrog(カエル)とtoadが区別して使われることがよくあるが、これは誤解を招きかねない。2つの言葉は地域によって異なる使い方をされているからだ。ヨーロッパと北アメリカでは、滑らかな皮膚をした水生のカエルがfrogとして知られ、いぼだらけの皮膚で陸上にいることが多いものをtoadと呼んでいる。(中略)frogとtoadの区別は生物学的には意味を成さない。

ティム・ハリデイ『世界のカエル大図鑑』柏書房,p11

『お手紙』のかえるくんは全身綺麗な緑色なので、おそらくアマガエル科のカエル、もっと言うならアメリカアマガエルがモデルではないかと思います。

がまくんはその名の通りがまがえる(ヒキガエル)系のカエルがモデルでしょう。

アマガエルとがまがえる(ヒキガエル)の基本的な違いは下記の通りです。

アマガエル ガマガエル
茶色
基本的な移動方法 跳ねる 歩く
生息地 主に水辺 水辺or陸地
大きさ オタマジャクシと変わらない カエルになってからも大きくなる
弱い毒 強い毒
分類 アマガエル上科アマガエル科 アマガエル上科ヒキガエル科

同じカエルといえども、違いのあることが分かります。

実際、がまくんとかえるくんは似ておらず、むしろ正反対の性格をしています。

この違いを認め合って互いに楽しく遊んでいる姿には、異文化理解が求められている今日のグローバルな社会にも通用するものがあるように思います。

作者・アーノルド・ローベルはがまくんか?

作者のアーノルド・ローベルは、54歳の生涯で100作以上の絵本を世に送り出してきました。

彼はキャラクターに自信を投影することで有名で、実際の子どもたち(娘のエイドリアンと息子のアダム)からは、「父さんはがまくんだ」と言われています。

「父さんは、かえるくんより、がまくんだね」とアダム。エイドリアンは「間違いなく、がまくんのほうが近いわね。自然が好きだったし、凧あげも好きだったし、かえるくんの側面ももっていたけれど。ちなみに、父さんと私たち、凧あげは一度もうまくいかなかったわ」

『アーノルド・ノーベルの全仕事』ブルーシープ株式会社

小助
勝手にローベルはかえるくんだと思っていたのですが、がまくんだと聞いて親しみを持ちました。笑

また、ローベル家にはたくさんのペットが飼われてたそう。

その中には、がまがえるがいたようなので、本人もがまがえるが好きだったのかもしれません。

ーーーローベル家には、さまざまなペットがいたそうですね。
AM(アダム)「がまがえる、へび、インコ••••••それに、素敵なかめを飼っていた。(中略)」
AE(エイドアン)「ねずみも飼っていたけど、あれは父さんが『やどなしねずみのマーサ』をつくる前のことね。ペットたちはみんな、創作の役に立っていたと思うわ。」

『アーノルド・ノーベルの全仕事』ブルーシープ株式会社

ちなみにローベルが作った全ての絵本のなかだと、『ふくろうくん』のフクロウが一番似ているとのこと。

ローベル自身も「最も個人的な作品だ」と語っており、読んでみるととても奥深い一冊でした。

『お手紙』ー感想

がまくんの優しさ

手紙(連絡)が来ることの嬉しさは、自分が知らないタイミングで、誰かが自分のことを考えてくれていたという点にあると思います。

なので、手紙が来ないから悲しいというがまくんも、自分からは手紙を出さなかったのだと考えられます。

手紙そのものが欲しいのではなく、誰かの気持ちが欲しいわけです。

誰かから手紙が来る=誰かが自分のことを考えてくれていた=嬉しい!

誰からも手紙が来ない=誰も自分のことなんて興味ないんだ=悲しい

かえるくんのサプライズは、手紙が来ないと言うがまくんに手紙を送るという多少ナンセンスなことも含めて、スマートとは程遠いものでした。

にも関わらず、がまくんはかえるくんの優しさを素直に受け入れ、「とてもいいてがみだ」と言い、「とてもしあわせなきもち」になるんですよね。

小助
僕だったら、「憐れみはやめてー!」と感じるかもしれません。笑

「きみが?」がまくんがいいました。
「てがみになんてかいたの?」
(中略)
「ああ、」がまくんがいいました。
「とてもいいてがみだ。」

子どもの頃は、かえるくんの親切が印象的でした。

しかし大人になると、がまくんの対応が優しさに満ちていることに気づき、彼が素直なことに心を打たれます。

先に書いた通り、「かえるくんとがまくんシリーズ」は全20篇ありますが、実はがまくんが中心人物であることの方が多いです。

ほかにも面白いおはなしがたくさんあるので、興味があれば手にとってみてもらえると嬉しいです。

個人的には、がまくんが舞台俳優になって浮かれる『がまくんのゆめ』と、かえるくんが一人でどこかへ行ってしまう『ひとりきり』が好きです。

アーノルド・ローベルのおすすめ本

「かえるくんとがまくんシリーズ」の作者、アーノルド・ローベルは、ほかにも名作絵本をたくさん書いています。

なかにはシリアスなものもあり、大人が読んでも面白いです。

別の記事でまとめているので、詳しくはこちらを読んでください▽

以上、『お手紙』のあらすじ&解説でした!