モーパッサン

モーパッサン『脂肪の塊』あらすじ&解説!「ラ・マルセイエーズ」の意味から時代背景まで!

2020年5月9日

『脂肪の塊』とは?

『脂肪の塊』は、普仏戦争を背景に、「脂肪の塊」というあだ名の娼婦が主人公の短編小説です。

作者のモーパッサンは多くの短編小説を発表した作家ですが、中でも『脂肪の塊』は特に有名で定評があります。

ここではそんな『脂肪の塊』のあらすじ・解説・感想をまとめました。

『脂肪の塊』のあらすじ

プロシア兵が占領したフランスのルーアンから、一台の馬車がまだ陽も昇らないうちに出た。

中には十人ほどが乗っており、いずれもプロシア軍を避けようとした金持ちが多かった。

その中には、「ブール・ド・スイフ(脂肪の塊)」とあだ名される、太った可憐な娼婦もいた。

一行はひとまず宿に着いたが、そこにはプロシア兵がいた。

彼らは許可証を持っていたので、プロシアの指揮官に渡したが、翌日になっても馬車が出る様子はなかった。

ブール・ド・スイフが指揮官の目にとまり、一緒に寝るまで馬車は出さないと言うのだ。

始めは憤慨した一行だったが、数日が過ぎると次第にブール・ド・スイフを疎ましく思いはじめ、彼女を犠牲にしようと目論む。

ブール・ド・スイフは同調圧力に負けて、指揮官に身体をゆるし、馬車は出発することができた。

しかし、進む馬車の中で、ブール・ド・スイフは無視され、皆が食べている弁当を分け与えてもらうことすらなかった。

ただ、一人の民主主義のコルニュデという男だけは、彼女のために「ラ・マルセイエーズ(革命歌)」の口笛を、目的地のディエップに着くまで吹き続けた。

・『脂肪の塊』の概要

主人公 ブール・ド・スイフ(脂肪の塊)
物語の
仕掛け人
プロシアの指揮官
主な舞台 ルーアン→馬車→宿屋コメルス→馬車
時代背景 1870年代フランス
作者 ギ・ド・モーパッサン

-解説(考察)-

・前半と後半の馬車の対比

『脂肪の塊』では、

  • 馬車の食事

の場面が特徴的に描かれます。

前半部の馬車では、娼婦のブール・ド・スイフだけが食料を持ってきており、空腹の同乗者に分け与えます。

しかし、後半の馬車になると状況は逆転。

みなは宿屋からもらった弁当を車内で食べますが、プロシアの指揮官の犠牲になったブール・ド・スイフだけは弁当がありません。

穢らわしいといった理由で、誰もブール・ド・スイフに弁当を恵んでやる者はおらず、それどころか口をきく者もいない始末です。

このように『脂肪の塊』では、手のひらを簡単に返すような人間の仕打ちが、前半と後半の馬車内の食事を通して対比的に描かれています。

次の項では、このブール・ド・スイフについて、もう少し掘り下げて見ていきます。

・娼婦という設定

ブール・ド・スイフは、

  • 娼婦

という設定になっています。

その理由は二つあります。

一つは、娼婦という社会的地位の低さが、伯爵や商人といった社会的地位の高い人物と好対照になるため。

もう一つは、プロシアの指揮官が迫る場面で、「娼婦だから身体を売るのは簡単だろう」という考えを持たせるためです。

もしヒロインが美しい少女や女優だった場合なら、悲劇的なニュースにはなるかもしれませんが、物語にはならないでしょう。

また、ブール・ド・スイフは娼婦を職業して受け止めており、そこには立派なプライドも見えます。

そんな彼女が偏見の眼で見られ、ついにはそのプライドを崩されてしまうことで、当時の女性の哀しさも描いているのです。

ブール・ド・スイフの「娼婦」という設定が、『脂肪の塊』をより一層面白くさせていることが分かります。

・なぜ「ラ・マルセイエーズ」を吹いたのか

『脂肪の塊』のラストで、登場人物のコルニュデが、「ラ・マルセイエーズ」という革命歌を口笛で吹きます。

現在はフランスの国歌にもなっている「ラ・マルセイエーズ」ですが、作中ではコルニュデとブール・ド・スイフ以外の人物が「気に入らない」と思っています。

それはなぜなのでしょうか?

その答えは、「ラ・マルセイエーズ」がフランス革命で歌われた復讐の歌だからです。

虐げられたブール・ド・スイフと、虐げた上流階級の伯爵や商人の構図は、小さなフランス革命の縮図となっています。

また、ブール・ド・スイフが受けた屈辱は、復讐を誓いたくなるほどのものです。

そのため、コルニュデの吹いた「ラ・マルセイエーズ」は、ブール・ド・スイフへ向けた応援歌だということが読み取れます。

それから、登場人物の政治的な主義も関係しています。

『脂肪の塊』は1870年に起こった「普仏戦争」を背景に描かれた物語ですが、戦争に敗北したフランスには、その後「超保守的」な政府が出来上がります。

登場人物の伯爵や商人などはこの「保守派」に属し、ブール・ド・スイフやコルニュデは「民主主義派(ボナパルティスト)」に属します。

当時の穏健な保守派たちは、ボナパルティストの民主主義は独裁政治に繋がると考えていたので、この民主主義者たちを嫌っていました。

「ラ・マルセイエーズ」はボナパルティストの象徴とも言えるので、そもそも伯爵や商人はこの歌自体も好まなかったのです。

そんな歌を目的地に着くまで吹き続けたコルニュデは、よっぽど執念深い人物だといえるでしょう。

-感想-

・シャンパンパーティー

ブール・ド・スイフが意を決してプロシアの指揮官の指示に従ったとき、階下では解放を祝うシャンパンパーティーが開かれていました。

登場人物のほとんどが騒ぎ、尼さんでさえも口数が多くなるほどです。

このパーティにおける伯爵や商人夫婦の浮かれ具合が、上の階で涙を飲んでいるブール・ド・スイフの悲哀を強調します。

この場面は『脂肪の塊』の中でも特に嫌な場面ではないでしょうか。

しかし、自分が伯爵や商人の立場だったら、客観的な視点で正しい判断をしていたと言えるかは疑問です。

むしろ、娼婦であるブール・ド・スイフを犠牲にするほかに、すぐにあの場を切り抜けられる方法はないと思います。

プロシアの指揮官の気が変わるまで待つくらいしか思い浮かびません。

頭の中では不道徳だと分かっていても、極限状態であれば実際に善良な行動を取ることはできない。

モーパッサンはこうした人間の本質に鋭く着目して、巧く描いているように思います。

・『脂肪の塊』というタイトル

『脂肪の塊』というタイトルは、ブール・ド・スイフのあだ名から取られています。

しかし、この物語を読んで分かるのは、ブール・ド・スイフがただの「脂肪の塊」ではないということです。

彼女はプライドも愛国心も持っていて、道徳心も行動力もある立派な人間です。

脂肪の塊というのは、人間の見た目、すなわち物質的な側面しか表していません。

ですが、『脂肪の塊』で真に描かれるのは、ブール・ド・スイフの立派な精神面なのです。

こうした、人間の肉体と精神という対比も、『脂肪の塊』には見られるように思います。

民主主義者のコルニュデは、彼女を脂肪の塊にしてしまわないように、「ラ・マルセイエーズ」を吹き続けたのかもしれません。

-まとめ-

ここで挙げた以外にも、道徳の欠如や上流階級の批判など、『脂肪の塊』を楽しむ点はたくさんあります。

何度読んでも味が出る短編なので、繰り返し読んで楽しんでみて下さい。

ちなみに、モーパッサンの『テリエ館』も娼婦を題材にした短編小説です。

『テリエ館』はまた違った角度で面白ので、『脂肪の塊』が気に入った人はぜひ読んでみて下さい。

以上、『脂肪の塊』のあらすじと考察と感想でした。

この記事で紹介した本

モーパッサン (著)/青柳 瑞穂 (訳)