『勝負事』とは?
『勝負事』は、莫大な財産を一代で賭け事に溶かしてしまったある男の物語です。
菊池寛の短編小説で、隠れた名作だといえます。
ここではそんな『勝負事』のあらすじ・考察・感想をまとめました。
-あらすじ-
勝負事ということが話題になったとき、私の友人があることを話し始める。
それは、彼が小さい頃から勝負事をしないように育てられたということ。
理由は彼の祖父が大の博打好きで、財産を全て使い果たしてしまったからだということ。
そのために彼の一家は貧しい暮らしを強いられたということ。
そんな祖父の妻が、死に際に「もう賭け事はしないという爺さんの誓いを聞いてから死にたい」と言い、彼の祖父は賭博をやめることにする。
それからしばらく経ち、家族も安心していたところ、姑がおじいさんの「今度は、俺が勝ちだ」という声を聞く。
はっと思って近くに忍び寄ると、まだ幼い自分の子どもと藁の束から一本だけを引き抜き、長さ勝負をしていたのだった。
話していた彼は、その幼い子どもというのは言うまでもなく私です、と言って、勝負事についての話を終える。
・『勝負事』の概要
主人公 | 私 |
物語の 仕掛け人 |
友人(話し手) |
主な舞台 | 日本 |
時代背景 | 明治後半 |
作者 | 菊池寛 |
-解説(考察)-
・『勝負事』というタイトルの意味の変化
おばあさんの遺言で賭博は打たないと誓ったおじいさんですが、物語の最後には、孫と藁の長さ比べをしている描写があります。
しかしこれは賭け事ではないので、おじいさんが誓いを破ったことにはなりません。
『勝負事』というタイトルは賭け事を意味する言葉ですが、孫と勝負するおじいさんは、そうした意味を捨てた純粋な”勝負事”をしています。
楽しそうに藁を引き抜くおじいさんの姿からは、お金を賭けているか賭けていないかに関係なく、本当に勝負事が好きだったことが伝わってくるのです。
そうした意味で、この『勝負事』という物語のタイトルは二つの意味を持っているといえます。
すなわち、
- お金を使った博打としての「勝負事」
- お金を使わずに孫と楽しむ「勝負事」
の二つです。
この物語を読む前と読んだ後では、このタイトルが持つ意味合いが変わります。
ここに、この作品の面白さのひとつがあります。
・構成から分かる二重の楽しみ方
『勝負事』は、
- 私の「友人」の話
が物語のメインという構成になっています。
つまり、私が過去を回想するのではなく、「友人」に過去を回想させることで、「私」は聞き手に回るという物語の構成です。
もし、この物語が「私」の回想だったら、ダメなおじいちゃんが更生した、おじいちゃんが主体の話になります。
しかし、「友人」が物語を語ることによって、『勝負事』の主人公はあくまでも「私」になっているのです。
ここに、この物語のポイントがあると思います。
そうしたことを踏まえて、『勝負事』の冒頭を見てみましょう。
勝負事ということが、話題になった時に、私の友達の一人が、次のような話をしました。
ここで注目したいのは、「私の友達の一人が」というところ。
これはつまり、複数人で「勝負事って面白いよねえ」といった会話になったとき、そのうちの一人がこの物語を切り出したということです。
話をした友人は、複数人の友達がいる中でどういった意図を持ってその話をしたのか。また、物語を聞いた主人公が何を思ったのかは、この作品では明らかにされていません。
しかし、主人公が聞き手であるという構成によって、それを考えることがこの作品を楽しむ一つの方法にもなっています。
友人とおじいちゃんの話をそのまま受け取るだけでなく、その話を聞いた主人公や友達がどう思うか。
『勝負事』の構成からは、読者に対してそうした二重の楽しみが提示されています。
-感想-
・物語のその後
考察でも書いたように、『勝負事』は友人の話がメインになっています。物語はほぼ彼の独壇場だと言ってもいいでしょう。
気になるのはやはり、彼の話を聞いた主人公や、周りの友達のレスポンスです。
僕が想像するのは、主人公は勝負事が好きで、なんだったら物語を話した友人も、今では勝負事が好きだということ。
そう考える理由はいくつかありますが、長くなるからここでは書きません。
この物語はきっと、「勝負事って面白いよねえ」という話からはじまり、それから『勝負事』の主軸である友人の話へと続きます。
「私は子供の時から、勝負事というと・・・(中略)・・・祖父が最後の勝負事の相手をしていた孫が、私であることは申すまでもありません」
こうして彼の話が終わると、誰かが、「へえ、じゃあ血は争えないってわけだ」と言い、一同は笑う。
それから物語に対しての意見なり感想なりが一通り済んだ後、彼らの談笑は違う話題へと移っていく。
平凡だけど、僕が想像する『勝負事』のその後はこんな感じです。
幸か不幸か、僕は賭け事を全くしません。もしもお金の賭かった勝負事の味を知っていたら、また違った想像になるのだと思います。
もしダニエル・ネグラヌ(ポーカーの天才)なんかがこの物語を読むと、どんな感想を抱くのだろう。
他のひとの感想が気になる物語です。
以上、『勝負事』のあらすじと考察と感想でした。
この記事で紹介した作品(ちくま文庫『菊池寛 (ちくま日本文学 27)』に収録)