恩讐の彼方にあるものは何?菊池寛『恩讐の彼方に』の意味やあらすじを解説!

2019年9月28日

『恩讐の彼方に』とは?

『恩讐の彼方に』は、主人公・市九郎が行った人殺しへの後悔と、殺された武士の息子の恨みが描かれるヒューマンドラマです。

主人公の市九郎は実際にいた曹洞宗の僧・禅海がモデルになっていますが、物語自体は菊池寛の創作になっています。

ここではそんな『恩讐の彼方に』のあらすじ・解説・感想をまとめました。

-あらすじ-

中川三郎兵衛という旗本に仕えていた市九郎は、主人の妾と恋に落ちる。

それを知った三郎兵衛は市九郎に斬りかかるが、市九郎はこれに応戦し、主人を殺してしまう。

妾と逃げ出した市九郎は、盗賊や追い剥ぎなどをして生きるが、人殺しを悔やみ出家する。

僧になった市九郎は修行を積んでから全国を行脚し、豊前の「鎖渡し」という山越えの難所で人が毎年死ぬことを知る。

懺悔としてこれを救おうと、断崖に杭を穿ち洞門を掘り進める。

二十一年間掘り続け、最初は笑っていた村の者も協力し、遂に完成が見えてくる。

そんななか、中川三郎兵衛の息子・実之助が父の敵討ちにと、市九郎の元をにやってくる。

はじめは殺気立っていた実之助だが、半生を贖罪に生きてきた市九郎を見ると殺す気が失せてしまう。

・『恩讐の彼方に』の概要

主人公 市九郎
物語の
仕掛け人
実之助
主な舞台 江戸→豊前(現・大分県)
時代背景 1720年~頃(江戸時代)
作者 菊池寛

-解説(考察)-

・主人公、市九郎のモデル

主人公の市九郎は、

  • 禅海(1661年~1774年)

という江戸時代の僧侶がモデルになっています。

禅海は危険な橋から民の命を守るため、後に青の洞門と呼ばれるトンネルを30年かけて開削した人物です。

『恩讐の彼方に』はこの出来事を元に、菊池寛が主殺しや出家の理由などを付け加えて創作した物語になっています。

実はこの「青の洞門」は、現在も大分県中津市に残っています。

ノミと槌だけで掘られたというトンネルですので、興味があれば調べてみて下さい。

・「恩讐の彼方」の意味は?

「恩讐の彼方に」という言葉の意味は、「情けや恨みという感情を超えた先に」となります。

「恩」は情けを、「讐」は恨みを表す言葉なので、「恩讐」は「情けと恨み」を意味します。

その「彼方」ですから、『恩讐の彼方に』というタイトルは、「情けや恨みという感情を超えた先に」という意味になるのです。

では、情けや恨みを超えた先に、一体何があるのでしょうか?

その答えは物語の内容にあります。

『恩讐の彼方に』は、罪を犯して絶え間ない後悔を感じながら生きる市九郎が、実之助との抱擁という形で救いを受ける物語です。

実之助という侍の息子は、父を殺した市九郎に恨みを抱きます。

しかし、僧となって懺悔の人生を歩んでいる市九郎を目の前にすると、情けの感情が起こるのです。

物語はそこからさらに進み、結果的に実之助は市九郎を赦します。

その、

  • 赦す、赦される

といった関係が、情けや恨みを超えた先に待っているのです。

このように『恩讐の彼方に』は、情けや恨みを超えて言葉にならない大いなる感情が二人を包む、ヒューマンドラマになっています。

-感想-

・抱擁のその後

二人はそこにすべてを忘れて、感激の涙にむせび合うたのであった。

『恩讐の彼方に』の最後の一文です。

読むと分かるように、二人の美しい感情の高ぶりをもって、物語は幕を閉じています。

ですがこの後、つまり、二人が冷静になったあとのことを、僕はどうしても考えてしまいます(菊池寛の小説はなぜか「その後」を考えさせられる作品が多い)。

おそらく市九郎は、命ある限り人の救済に全てを捧げるでしょう。

自分の罪が実之助に赦されただけで償いきれるものではないことを理解しているからです。

では、実之助はどうでしょうか。

彼は冷静になれば、やはり父のを取ろうと考えるかもしれません。

それはあの美しい抱擁が終わって、すぐにでも行われる可能性のあることです。

彼は武士ですので、守るべき体面があり、家があり、義理があります。

市九郎はもちろんそれを受け入れるでしょう。

一方で、実之助は市九郎の命を取らず、そのまま国へ帰る可能性ももちろんあります。

その場合、市九郎は見つからなかったことにするのが懸命かもしれません。

なぜなら、彼は親類一同にこのような言葉を掛けられて家を出たからです。

もし、首尾よく本懐を達して帰れば、一家再興の肝煎りもしよう

これは、彼が仇を取って帰ると、中川家(実之助の一家)の出世が約束されているということです。

つまり市九郎の命を取らないということは、出世の道を棒に振ることを意味します。

市九郎との出来事を家の者に言えば、実之助の甘さを責められることは必定です。

ですので彼は口をつぐみ、出世することなく、たまに市九郎を仕留めなかったことを後悔しながら、穏やかにその生涯を終えるでしょう。

以上がざっと考えた可能性です。

僕としては、冷静になってからやはり市九郎を殺すという合理的な判断を下すような気もします。

そうした場合にも、実之助は少しの後悔をしながら生涯を送ることになるのかもしれませんが、それは仕方の無いことでしょう。

市之助の姿に心を打たれた時点で、実之助の運命は決まっていたのかもしれません。

最後にもう一つ言いたいのが、市九郎と逃げた女の人間性が悪すぎるということです。

主人公の人生はほとんど「女」によって潰されていて、早い話、彼女が諸悪の根源です。

高価なかんざしを女の死体から漁りに行く彼女の描写は、嫌悪感なしには読むことが出来ません。

こうした描写もそうなのですが、『恩讐の彼方に』はどこか芥川の『羅生門』と似通っている点がある気がします。

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老婆の卑しさと女の卑しさが重なるからかもしれません。

以上、『恩讐の彼方に』のあらすじと考察と感想でした。

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