『五重塔』とは?
『五重塔』は幸田露伴による小説です。
才能はあるが世渡りに疎い大工の主人公・十兵衛が、一世一代をかけて五重塔を建設する物語。
リズム感のある文体で、言文一致体への橋渡しとなった作品でもあります。
ここではそんな『五重塔』のあらすじ・感想・解説をみていきます。
『五重塔』のあらすじ
主人公は大工の十兵衛。
腕は確かだが、のろまな性格から「のっそり」というあだ名を付けられて人から侮られている。
そんな十兵衛にも夢があった。
それは、五重塔を自分の腕で建てるという夢だ。
だが五重塔の建設は、大工の親方である源太が請け負っていた仕事だった。
十兵衛はそれを知りつつ、それでも五重塔の建設は自分にやらせてくれと、五重塔の試作模型を持ち込んで寺の上人和尚に頼みに行く。
五重塔の模型は見事なものだった。
和尚はこれほどの技量がありながら世間に埋もれている大工がいることを知り、正当な評価が得られない世を嘆いた。
十兵衛を憐れんだ和尚は、五重塔建設を彼に任せることにする。
十兵衛はそれから一心不乱に五重塔の建設に取りかかり、見事立派な塔を建立する。
塔が建ったその日、百年に一度とない大嵐が来て、塔を壊さんばかりにぐらぐらと揺らした。
皆は五重塔が倒れると心配したが、嵐が去った後も塔はまっすぐにそびえていた。
・『五重塔』の概要
主人公 | 十兵衛 |
物語の 仕掛け人 |
源太・上人和尚 |
主な舞台 | 日暮里の天王寺 |
時代背景 | 18世紀後半 |
作者 | 幸田露伴 |
-解説(考察)-
・五重塔の場所と建設された時代
『五重塔』は、実際にあった五重塔の再建をモデルに描かれた小説です。
場所は東京都台東区谷中にある「谷中感応寺」というお寺。
現在は「天王寺」として名を改めています。
五重塔は1664年に、谷中感応寺境内に完成しました。
しかし、この五重塔は一度1771年に目黒行人坂の火事(江戸の三大大火)で焼失。
1788年に再建が始まり、1791年に近江国高島郡の棟梁、八田清兵衛らによって再建されました。
このときの再建が、『五重塔』の物語のモデルとなっています。
・3人の重要人物
この物語は3人の重要な登場人物によって成り立っています。
それは、
- 上人和尚
- 源太
- 十兵衛
の3人です。
上人和尚は徳も地位も高いトップの人間。
源太はリーダーシップがあって仲間からの信頼も厚い立派な人間。
十兵衛はコミュニケーション能力が低いものの、能力は高い仕事人です。
分かりやすく会社の役割で彼らを当てはめてみると、
- 上人和尚→社長
- 源太→部長
- 十兵衛→平社員
という構図になるでしょう。
普通であれば、上の立場の人間になればなるほど、富や名声が大きくなります。
しかし『五重塔』の登場人物は違います。
一番下っ端である十兵衛が活躍し、彼の活躍を上の人間が引っ張ってあげる。
社会とはこうあるべきではないかという作者のメッセージも読み取れます。
このように、徳の高い上司二人のおかげで、平社員である十兵衛が活躍するという構成にも、『五重塔』の面白さがあります。
・声に出して読みたいリズミカルな文体
『五重塔』の最大の魅力は、終始徹底したリズミカルな文体にあります。
たとえば冒頭をみてみましょう。
木理美しき槻胴、縁にはわざと赤樫を用ひたる岩畳作りの長火鉢に対ひて話し敵もなく唯一人、少しは淋しさうに坐り居る三十前後の女、男のやうに立派な眉を~
ぱっと見ただけだと少し難しく感じてしまいますが、一度声に出してみて下さい。
思ったよりも簡単で、口が楽しい文章であることが分かると思います。
実は、『五重塔』は言文一致体が推し進められていく時代の渦中に発表された作品です。
具体的には、言文一致の先駆けとなる『浮雲』から約5年後の1892年に発表されています。
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それまでの小説といえば、戯作文学を除けば多くの作品が格調の高い文語体で書かれていました。
『五重塔』も文語体の作品ですが、時代の流れに乗って、書き言葉の程よい堅牢さと、話し言葉の柔軟さが混ぜられています。
このような文体は「雅俗折衷体」と呼ばれ、地の文は文語体、会話文は口語体といった混合体になっているのです。
雅俗折衷体は言文一致運動が始まった最初期の作品群に多く見られます。
特に、幸田露伴や尾崎紅葉などが得意とする文体です。
ちなみにですが、尾崎紅葉などは言文一致運動に懐疑的でした。
なので彼に関しては、「得意というよりは雅俗折衷体に落ち着いた」といったところが正しいのかもしれません。
ともかくそんな雅俗折衷体は、堅牢な文語と柔軟な口語が混ざった文体なので、独特な緊張感を孕んだ文体です。
こうした特徴的な文体で書かれたリズミカルな文章が、この『五重塔』の魅力のひとつだと言えるでしょう。
-感想-
・読みやすく、内容も面白い作品
小難しそうな印象を受ける『五重塔』ですが、読んでみればなんのことはありません。
難しくて読めないと思う方は、声に出して読んでみることが大切です。
青空文庫でも文庫本でもフリガナが付いているので、中学生くらいでも読むことが出来るでしょう。
『五重塔』の評論でよく言われるのは、十兵衛が創りあげた五重塔が翌日の大嵐に揺さぶられる描写の素晴らしさです。
「鬼気迫る」といった感があって、たしかに名文と言われるのにもうなずけます。
個人的には源太の子分である清吉が十兵衛に斬りかかる場面が印象的です。
親方に対する十兵衛の態度が生意気だと言って、清吉は十兵衛に襲いかかります。
そして、十兵衛の耳はそぎ落とされてしまうのです。
ここで注目したいのは、十兵衛が腕で頭を守らなかったこと。
普通の人なら、振り上げられた刃物から身を守るために、腕を顔の前に出すはずです。
しかし十兵衛はそれをしなかった。
それはおそらく、職人の命である「腕」を守ろうとしたからではないでしょうか。
このように『五重塔』は、職人堅気なキャラクターや、江戸の風情を感じさせる物語となっています。
短い物語なので、時間がないという人にもおすすめの小説です。一昔前の人情に、ぜひ触れてみて下さい。
以上、『五重塔』のあらすじと考察と感想でした。
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