『犬を連れた奥さん』とは?
『犬を連れた奥さん』は、中年男性が犬を連れた奥さんに恋をする物語です。
作者・チェーホフの短編小説の中でも特に有名な作品になります。
ここではそんな『犬を連れた奥さん』のあらすじ・解説・感想をまとめました。
『犬を連れた奥さん』のあらすじ
主人公のグーロフは40代の中年。
学生時代に結婚したため、今では十歳頃の息子と娘が3人いて、妻はひどく老けている。
彼の唯一の楽しみは、色々な女性とスリリングな関係を持つこと。
ある日、彼の旅行先に犬を連れた奥さんが現れ、次のターゲットは彼女に決まった。
お互いに連れ合いがいるのにも関わらず、グーロフと犬を連れた奥さんの関係は順調に深まっていく。
しかし、犬を連れた奥さんは主人のもとに帰るときが来た。
始めは遊びのつもりだったグーロフだが、人生で初めての恋愛感情が生まれ、犬を連れた奥さんに対して本気になってしまう。
一時は離れた二人だったが、グーロフは抑えきれず犬を連れた奥さんに会いに行く。
それから二人はモスクワで度々会うことになるのだが、いつも周りの目を気にして、ホテルから出ることはなかった。
こうした状況が終わるのはまだまだ遠く、二人にとって最も難しいところは、今ようやく始まったばかりなのだった。
・『犬を連れた奥さん』の概要
主人公 | グーロフ |
物語の 仕掛け人 |
アンナ・セルゲイエヴナ(犬を連れた奥さん) |
主な舞台 | ヤルタ→S市→モスクワ |
時代背景 | 近代 |
作者 | アントン・チェーホフ |
-解説(考察)-
・テーマにしては「あっさり」の内容
『犬を連れた奥さん』は、中年男性と人妻の恋愛が描かれてる物語です。
主人公のグーロフは40代ですが、女性の喜ぶ会話を知っていて、とにかく男性としての魅力があります。
ともすればドロドロとした話になりかねない設定ですが、実際の物語はあっさりとしているから不思議です。
その理由のひとつに、
- 生々しい描写が一切ない
ということが挙げられるでしょう。
せいぜいキスくらいのもので、肉体的な表現は限りなく抑えられています。
だからといって、物語にセクシーさが欠けているということはなく、絶妙なバランスを保っている作品です。
また、グーロフは銀行員として仕事をしていますが、彼が働いている描写も一切ありません。
それからグーロフの家族のことについても、娘が一瞬登場するくらいで、ほかはほとんど描かれません。
つまり『犬を連れた奥さん』は、ほかの事にはあまり構わず、中年男性と奥さんの恋愛事だけがあっさりと描かれているのです。
こうした「あっさりさ」も『犬を連れた奥さん』の魅力的なポイントでしょう。
・不快感を防ぐ描写の工夫
ただ、いくら「あっさり」しているとはいえ、浮気が主題の物語です。
下手をすれば、多くの読者に不快感を与えかねません。
なので『犬を連れた奥さん』は、
- 主人公・グーロフの描写に工夫
がされています。
まず、主人公は作中でほとんど言葉を発しません。
むしろ、心の中の声の方が多く、その大半は世の中がつまらないことに対する嘆きです。
こうした心の声は、読者をグーロフに感情移入させる仕掛けとしてはたらいています。
それから、グーロフの恋愛経験にも仕掛けがあります。
彼は、結婚した妻を含めて、これまで何人もの女性と付き合ってきました。
しかし、心の底から愛した人は誰一人いなかったのです。
そんなグーロフですが、「犬を連れた奥さん」にだけは、人生で初めて愛するという感覚をおぼえます。
こうしたグーロフの変化も、読者をグーロフの味方にさせる仕掛けです。
つまり、前半でグーロフに感情移入させておき、最後に「初めての愛」という設定で浮気を正当化することで、「浮気」というテーマの不快感が軽減されています。
このような描写の工夫とともに、グーロフの不倫論も作品の内容を深めている要因です。
次にはそんな「グーロフの論理」を見ていきます。
・グーロフの「論理」
主人公のグーロフには、二つの生活がありました。
それは、
- 誰にでも見せられる公然の生活
- 密かに営まれる生活
の二つです。
公然の生活は、ありきたりな約束事でいっぱいの、友人や知人たちとそっくりの生活。
密かな生活は、誰にも知られてはいけない、秘密でいっぱいの、しかし面白い生活です。
グーロフという人物の特徴的なポイントは、この「密かな生活」をきわめて大切に扱っているというところにあります。
グーロフは「密かな生活」こそ自分が誠実でいられて、生活の核心をなしていると考えているのです。
逆に「公然の生活」は、自分を欺き、他人に嘘をつき、密かな生活を隠すための隠れ蓑と思っています。
たしかに、現実から逃避するための何かは皆が持っていることでしょう。
それは人によって、音楽であったり、アニメであったり、キャンプであったりするかもしれません。
グーロフの思考から読み取れるのは、彼にとってはそれがたまたま「不倫」だっただけのことだということです。
こうした彼なりの論理が作品の根底にあるので、「浮気の是非」などといった単純な話にはならず、読み継がれる深みのある物語として成立しています。
-感想-
・『犬を連れた奥さん』の犬
『犬を連れた奥さん』は、スピッツという白い犬を連れています。
ちなみにスピッツは犬の名前ではなく犬種です。
おそらくはシベリアンスピッツ(サモエド)という種類でしょう。
ここに挙げた写真のスピッツは「日本スピッツ」なので、シベリアンスピッツよりは一回り小さいです。
シベリアンスピッツは50kg~60kgほどで、中型犬に近い大型犬になります。
- 作品を読んで想像していたよりも大きかった
と思う人もいるのではないでしょうか。
話を元に戻すと、この犬は物語の中でも重要な役割を担っています。
それは、物語の序盤、グーロフがこのスピッツを脅かしたり、骨を与えたりする場面です。
彼はスピッツに構うことで、犬を連れた奥さんとの会話の糸口を掴んでいます。
一見「犬を連れた奥さん」を守っているかに思える大型犬のスピッツが、実はグーロフと奥さんの間を繋ぐきっかけになってしまっているというのは、チェーホフらしいユーモアです。
物語後半にもこのスピッツが登場しますが、主人公は名前を忘れてしまって呼ぶことができません。
恋のキューピットというのは案外簡単に忘れられてしまうようです。
・二人の解決策
この物語は、グーロフと犬を連れた奥さんが「どうしたらいいか」と頭を悩ます場面で終わります。
実際的に考えると、二人はお互いのパートナーと離婚し、真に愛している二人で再婚をすればいいだけの話です。
しかし、彼らは「どうしたら?どうしたら?」と言い、答えを出すことができません。
二人には互いに現実の生活や家族があるます。
なので、二人にとって浮気という行為は、言わば非現実の世界です。
ですが、二人で再婚するとなれば、その生活が現実となり、非現実の世界ではなくなります。
彼らは「非現実」の世界だからこそ、この関係が成り立っているということを理解しているのでしょう。
だから、二人に「再婚」という現実の道を歩む選択は無く、「どうしたら」良いか分からなくなっているのです。
彼らの答えは出るかもしれませんが、二人がハッピーになることはないのかもしれません。
-まとめ-
以上、
- 作品の「あっさり」さ
- 主人公・グーロフの「論理」
- 『犬を連れた奥さん』の犬
などを中心に、『犬を連れた奥さん』のあらすじから感想までをみてきました。
チェーホフは1000話以上の作品を残した短編の名手です。
まとめて読みたいという人は、
- 『チェーホフ・ユモレスカ』
という短編集がおすすめです。
面白い作品がたくさんあるので、チェーホフが気に入った人はぜひ読んでみて下さい。
以上、『犬を連れた奥さん』のあらすじと考察と感想でした。
この記事で紹介した本