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ポー『黒猫』のあらすじ・解説&考察!壁の死体が声を出した原因は?

2020年5月13日

『黒猫』とは?

エドガー・アラン・ポーの『黒猫』は、酒で破滅的になっていく主人公と、飼い猫である黒猫の怪奇的な現象を描いた短編小説です。

ごく短い物語の中に、ポーらしい猟奇的な怖ろしさが詰まっています。

なぜ『黒猫』は恐ろしいのか?なぜ壁の中の死体から声が聞こえたのか?

ここではそんな『黒猫』の疑問について、あらすじから解説までをまとめました。

『黒猫』のあらすじ

明日になれば死ぬ身として、日常に生じた、常軌を逸した話をここに書き残しておこうと思う。

昔、私は優しい人間だった。

大人になると妻を娶り、多くの生き物を飼い、彼らの愛情に囲まれていた。

しかし、私は酒の力で破滅してしまった。

しまいには動物に暴力も振るい、あの一番気に入っていた黒猫のプルートーの目玉さえもえぐり出した。

過ちは繰り返され、とうとう私はプルートーの首を吊って、殺してしまった。

プルートーを殺した次の日、家は火事で全焼し、焼け跡にはなぜか大きな猫の姿が残っていた。

さすがに悔いた私は、ある酒場で黒猫を一匹引き取って、懺悔のように飼いだした。恐れもあったのかもしれない。

しかし、その黒猫の胸には白い模様があり、よく見るとそれは絞首台のロープのようにも見えた。

私はその黒猫を見るのも嫌になってきた。

そんなある日、いつも以上に苛立っていた私は、地下にいた黒猫を殺そうとして、斧を振り上げた。

しかし、妻に阻まれたので、妻の頭をかち割って殺し、地下の壁に埋めた。黒猫はどこかへ逃げてしまった。

次の日から警部が来たが、妻の居所がバレるはずはなかった。

最後の抜き打ち調査の日、警部達は地下の部屋も調べたが何も見つからず、私は少し気が大きくなっていた。

「見て下さいこの壁を、きれいに塗ったものでしょう?」そう言いながら、私は妻を埋めた壁をこんこんと叩いた。

すると、叩いた壁から、地獄から湧き上がったような喉から絞り出された声が響いた。

一同は畏怖の念に駆られたが、すぐにその壁を崩しにかかった。

すると腐乱した妻の死体が現れ、その頭の上には、真っ赤に裂けた口と紅く燃えた眼をしたおぞましい獣が座していた。

私を人殺しに誘い、裁きのもとに突き出した悪賢い黒猫を、この私が壁に埋めていたのだった!

・『黒猫』の概要

主人公
物語の
仕掛け人
プルートー(黒猫)
主な舞台 私の家
時代背景 近代
作者 エドガー・アラン・ポー

-解説(考察)-

・『黒猫』の三つの怪奇

エドガー・アラン・ポーの『黒猫』は、三つの怪奇現象を三段階に表現することで、読者に与える恐怖の効果を高めています。

それは、

  1. 焼け跡の壁に残る黒猫の姿
  2. 黒猫の胸にある絞首台の模様
  3. ラストシーンの黒猫の叫び声

という三つです。

実のところ、一つ目と二つ目の怪奇現象は、「偶然」として片付けることが出来ます。

たまたま焼け跡が猫の姿に見えただけ、たまたま模様が絞首台に見えただけ、というふうにです。

しかし、三つ目の叫び声はその場にいた警官たちも聞いており、現実に起こった出来事として証明されてしまいます。

ここに来てようやく、「今までの怪奇現象も偶然ではなかったのではないか」という思考が生まれ、より一層の恐怖を呼び起こすのです。

このような、三段階でじわじわと恐怖の度合いを上げ、さらには最後に決定的な一撃を持ってくるところに、ポーの表現力がみられます。

さらに、こうした「常軌逸した」出来事が起こる度に、主人公の不安や心の乱れを激しく描いていく心理描写も巧妙です。

こうしてみると、クライマックスに向けて徐々に狂気を高めていく手法は、『黒猫』に見られるエドガー・アラン・ポーの特徴だといえるでしょう。

・主人公の特徴

『黒猫』は主人公にも色々な特徴があります。

たとえば彼は、

  • 論理的で推理的

だということです。

無惨な猫の死骸は塗ったばかりの壁に押しつけられ、石灰質、火炎、および死骸のアンモニアの作用があって、これほどの形象を作り上げたというわけだ。

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彼の理性が読者よりも先に知的な分析をすることで、読者が行う知的な分析をあらかじめ防いでいます。

そうして、物語の怪奇的な部分を浮かび上げているのです。

また、彼の性格が「本当は優しい」という設定も、『黒猫』の狂気的な効果を高めています。

彼の優しさは、彼が動物好きだという設定だけで表現されているといっても良いでしょう。

「動物好きな人に悪い人はいない」という人々の先入観を利用した、見事な表現方法です。

さらに、序盤の文章中には「愛」「幸福」「可愛がる」「優しい」などの暖かなワードが散りばめられており、後半の冷酷さを引き立てる仕掛けとなっています。

そんな主人公が悪魔と化してしまったのは、ひとえに「酒」の力によってです。

酒は人を変えると言いますが、この主人公くらいその言葉が当てはまる人物はいないでしょう。

主人公は優しい人物だったけど、「酒」のせいで暴れるようになってしまった。

そうした「きっかけ」を知らされることによって、読者は主人公を100%憎むことができません。

このような、

  • 論理的かつ推理的
  • 本当は優しい
  • 酒のせいで変わってしまった

という主人公の特徴を描くことで、物語に破滅的で退廃的な様相も帯びさせています。

・『黒猫』のモチーフと連想

物語の恐怖を煽っているのは、主人公の描写や表現方法ばかりではありません。

作中に出てくる個々のモチーフや連想も、狂気的で恐ろしい雰囲気を高めています。

たとえば、猫の眼を抉った「ペンナイフ」、首を吊った「ロープ」、妻の頭を割った「斧」。

主人公を狂わす「酒」、血や炎の「赤」、「壁」、「地下室」「絞首台」。

それから、猫の顔や妻の頭など、主人公が狙う生き物の「頭部」。

これらのモチーフは、一篇の詩に使われているかのように、奇妙なまとまりを持たされていて、怖ろしさを醸し出しています。

また、作中でも連想されるように、黒猫は「魔女」とも関連の深い生き物です。

中世のヨーロッパにおいて、魔女(とされた被疑者)は異端者とされ、魔女裁判という大規模な迫害を受けます。

魔女を殺すのは「火炙りの刑」が主流でしたが、イギリスでは「絞首刑」が最も多かったようです。

こうした「火炙り」や「絞首刑」は、『黒猫』の物語中にも、「火事」や「首吊り」といった形で連想的に描かれています。

このようなモチーフと連想も、『黒猫』が恐ろしく描かれている一つの構成要素です。

-感想-

・なぜ壁から声が聞こえたのか

主人公の話が真実だと仮定して、壁の中から声も聞こえてきたのだとしたら、それは紛れもなく怪奇現象です。

しかし、音が鳴った以上、何かが空気を振るわしたのであり、それは猫の死体の口から発せられた音だとは考えられません。

作中でこの音は、「苦しむ人間と、歓喜する獄卒の、喉から絞り出されたような声」というふうに形容されています。

ジブリアニメ『ナウシカ』に出てくる巨神兵のような声でしょうか。

要するに、低く響く叫びのような声です。

おそらくこの音は、

  • 死人の肺から空気が漏れた音
  • 死人の腸からガスが漏れた音

どちらかの可能性が考えられます。

解剖学者の話にもよくありますが、死体が音を発することは稀にあるそうです。

多くは内臓の器官に空気が溜まっていることが原因で、新人の解剖学者は一通り肝を潰すと言います。

こうした音が、レンガの壁を通して聞こえたので、低くくぐもった声のように聞こえたのでしょう。

主人公が壁を叩いた瞬間に聞こえたのですから、偶然の怖ろしさこそあるものの、説明できない音ではありません。

面白いのは、この音に黒猫を結びつけて考えてしまうほど、黒猫に精神をやられている主人公の不安定な心です。

迷信深い妻の気質が、多少なりとも主人公にも移っていたのではないでしょうか。

・『黒猫』の面白さ

個人的に『黒猫』という作品の面白いと思うポイントは、

  • どこまでが本当か分からない

というところです。

この物語の構成をみると、主人公は明日絞首刑を待つ罪人で、最後に自分の身に起こった奇怪な出来事を伝えようとしていることが分かります。

これが本当だとしたら、彼が妻を殺したことは事実でしょう。

主人公は妻を殺して、主人公は死刑宣告を受けたのです。

次の疑問点は、彼の話す「猫」にまつわる出来事がどこまで本当なのかということ。

三つの怪奇現象は、いずれも本当のことなのか、それとも主人公の作り話なのかという疑問です。

一般的に考えて、人間にしても猫にしても、死体から声が発せられるとは考えられません。

なので、あの怪奇現象は主人公の幻聴ではないか、あるいは全て妄想ではないか、という疑念が浮かび上がります。

そうした疑念を強めるのが、妻を殺す場面で「猫は逃げた」という主人公の表現です。

実際には猫は逃げておらず、主人公が殺していたのでした。

そのような曖昧さが、主人公の話を信じ切れない要因として作用しています。

少しおかしいかもしれませんが、僕はこうした「信頼できない主人公」に強い魅力を感じます。

彼は作中で酒飲みとして描かれますが、彼の話す『黒猫』の物語も、どこか酔っ払っているような感じです。

もしかすると、主人公は罪人ですらないのではないか?全て酔っ払いに創られたうわごとではないか?

そんな気さえしてくる物語です。

-まとめ-

ポーは世界初の推理小説を創った作家として有名な人物です。

一方で、彼の怪奇的で退廃的な作風に魅了される人も多く、フランスの詩人・ボードレールなどもポーの作品を愛していました。

この『黒猫』も怪奇的な雰囲気が強い作品で、個人的にはポーの中でも特に好きな小説です。

ほかにもポーの怪奇的な作品には、

  • 『アッシャー家の崩壊』
  • 『赤死病の仮面』

などがあります。

『黒猫』が気に入った人ならきっと好きだと思うので、時間があれば読んでみて下さい。

以上、『黒猫』のあらすじと考察と感想でした。

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