山田美妙

山田美妙『武蔵野』のあらすじ・解説・感想!言文一致を推し進めた小説!

2020年5月5日

『武蔵野』とは?

『武蔵野』は、南北朝時代の戦乱の世に巻き込まれた一家を題材にした小説です。

東京の旧地名である「武蔵野」を舞台に、遠い昔の南北朝時代へ想いを馳せる形で物語が進みます。

言文一致を進めた作品として、二葉亭四迷の『浮雲』と並び称される作品です。

ここではそんな『武蔵野』のあらすじ・解説・感想までをまとめています。

国木田独歩の東京を舞台にした『武蔵野』は別作品です。

国木田独歩の『武蔵野』のあらすじ・解説はこちらからどうぞ▽

国木田独歩『武蔵野』のあらすじ・解説&感想!武蔵野の場所や英詩の意味まで!

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『武蔵野』のあらすじ

今では道行く人でにぎわう東京だが、昔は草が生い茂り、狐や兎などしかいないところだった。

地名は武蔵野といって、南北朝の時代には、ここで大きな戦があった。

道に転がる死骸は、念仏を唱えてくれる和尚もなく、無残に積み上げられている。

そんな武蔵野の道を、50歳の戦慣れた男と、18.9歳あたりの若い男が通った。

年上の男は名を秩父民部、若い方は世良田三郎といい、義父と婿の関係だった。

その時、彼らを敵方(足利)の兵士が襲い、二人はあっけなく死んでしまう。

世良田の妻は、父と夫の知らせを受けて、自分も戦おうと家を出たところ、熊に襲われて死んでしまった。

・『武蔵野』の概要

主人公 語り手
物語の
仕掛け人
秩父家
主な舞台 武蔵野(東京)
時代背景 14世紀・南北朝時代
作者 山田美妙

-解説(考察)-

・言文一致体を推し進めた作品

二葉亭四迷の『浮雲』の影に隠れている印象ですが、この『武蔵野』も言文一致体の先駆けとなった作品として有名です。

具体的には、『武蔵野』では「だ調」が、二年後に発表される『胡蝶』では「です調」が取り入れられています。

『武蔵野』は、「足利時代頃の俗語」が意識されているため、会話文に古めかしい言葉遣いやテンポが見られます。

個人的には面白くて好きですが、文壇の評価的には「一風変わったことをしようとして失敗した」という見方も強い作品です。

このような批判も受けてはいますが、日本の国語発展に大きく寄与した人物であることは間違いありません。

・南北朝時代の「武蔵野合戦」

『武蔵野』は、14世紀・南北朝時代の出来事を元に作られた小説です。

南朝の新田氏と、北朝の足利氏が、武蔵野で戦った「武蔵野合戦」が背景にあります。

作中に出てくるのは南朝方の兵士一家で、

  • 秩父民部(50歳)
  • 世良田三郎(18~9歳)
  • 秩父の妻
  • 世良田の妻

が主な登場人物です。

歴史を見ても分かる通り、登場人物たちの属する南朝は北朝に敗れます。

実際に作中でも、秩父の妻以外は死を遂げる形です。

このように、『武蔵野』は敗北者に焦点を当てて描くことで、儚さを強調した作品になっています。

・語り手の自在な動き

『武蔵野』は語り手も特徴的です。

彼は、時空間を思うままに移動し、昔の武蔵野の出来事をさも見ているかのように語ります。

しかし、あくまでも語り手は場面を「観ている」だけに留まり、物語の中に入っていこうとはしません。

読者と同じく、外から観ている観察者の位置に留まっています。

たとえば下のような文章は、語り手が「観察者」であることをよく表しているでしょう。

顔形、それは老若の違いこそはあるが、ほとほと前の婦人と瓜二うりふたつで……ちと軽卒な判断だが、だからこの二人は多分母子おやこだろう。

山田美妙『武蔵野』

このように、断定的な言い方を避けることで、「語り手と一緒に物語を観ている」という感じを演出しています。

ほかにも、語り手が読者に直接語りかける場面などもあります。

このようなことから、『武蔵野』は語り手が特徴的であり、語り手と読者の距離が近い作品だと言えるでしょう。

-感想-

・東京と武蔵野(昔の東京)の対比

『武蔵野』の特徴は、

  • 現代(小説が書かれた当時)の東京から、遙か昔の武蔵野に思いを馳せる

という時間移動にあると思います。

人で賑わう東京も数百年の昔は草木に覆われていて、熊に襲われるほどの田舎だったという不思議なおかしみが、作品を通して漂っています。

そんな『武蔵野』が書かれたのも1887年。今からは130年以上も昔です。

現代の東京は高層ビルが建ち並び、車は縦横無尽に走り、人はどこもかしこもひしめいています。

今では東京が草で覆われていたことなどはおろか、大通りが砂の道だったことすら想像しにくいでしょう。

そうした今の賑わいと、昔の田舎だった東京の対比が面白い効果を生んでいる作品でした。

・夏草や兵どもが夢の跡

『武蔵野』を読んで、まず思い浮かんだのが芭蕉の句です。

夏草や兵どもが夢の跡

松尾芭蕉

奥州藤原氏の栄華と儚さを詠んだ句で、かつては人で賑わっていた土地が、今では誰もいない草地になっている様子を表しています。

『武蔵野』とは状況が真反対ですが、土地の昔に思いを馳せるという点は同じです。

面白いのは、どちらの状況でも、どこかに儚さが漂っているところだと思います。

悠久の時を考えたときに、現在生きている自分も、いずれは過去の人間になっていくことを無意識に感じるからでしょうか。

過去・現在・未来という時間軸が同居していて、日本的な儚さのある作品だと思います。

以上、『武蔵野』のあらすじと考察と感想でした。

山田美妙の作品では、『武蔵野』より二年後に発表される『胡蝶』も面白いので、気になった方は是非読んでみて下さい。

この記事で紹介した本

山田 美妙 (著)/坪内 祐三,嵐山 光三郎 (編集)