森鴎外

『高瀬舟』200字のあらすじ&作者の伝えたいことをサッと解説!

『高瀬舟』とは?

『高瀬舟』は森鴎外の短編小説です。

随筆『翁草』にある「流人の話」をもとに作られたことが、『高瀬舟縁起』から分かっています。

ここでは、そんな『高瀬舟』の分かりやすいあらすじと、作者の伝えたいことをまとめました。

『高瀬舟』のあらすじ(200字)

高瀬舟は罪人を乗せて京都の高瀬川を行く小舟です。

自殺未遂で死にかかった弟を楽にして殺人罪に問われた喜助を、庄兵衛という護送役が送っています。

喜助は罪人にしては珍しく晴れ晴れとした顔なので、庄兵衛はそのことを不思議に思いわけを尋ねました。

喜助は、罪人になると生活の心配をしなくて良いから嬉しいと答えます。

庄兵衛は自分の身の上と引き比べ、足ることを知っている喜助に対し畏敬の念を抱くのでした。(194字あらs)

『高瀬舟』ー概要

物語の中心人物 喜助(30歳)
物語の
仕掛け人
羽田庄兵衞
主な舞台 京都・高瀬川の船上
時代背景 1790年前後
作者 森鴎外

『高瀬舟』ー解説(考察)

『高瀬舟』の作者が伝えたい2つのこと

『高瀬舟』で作者が伝えたいことは下記の二つです。

  1. 財産の観念(足るを知ること)
  2. 安楽死の是非

作者である森鴎外が自ら『高瀬舟』の執筆経緯を書いた『高瀬舟縁起』という文章から、そのことが分かります。

私はこれを読んで、その中に二つの大きい問題が含まれていると思った。一つは財産というものの観念である。(中略)今一つは死にかかっていて死なれずに苦しんでいる人を、死なせてやるという事である。(中略)これをユウタナジイという。らくに死なせるという意味である。高瀬舟の罪人は、ちょうどそれと同じ場合にいたように思われる。私にはそれがひどくおもしろい。
こう思って私は「高瀬舟」という話を書いた。

『高瀬舟』は『翁草』という随筆の「流人の話」をもとにして作られました。

なので、「私はこれを読んで」とあるのは、「流人の話」を読んでということになります。

1.財産の観念〜「足るを知る」ということ〜

『高瀬舟』の「200文」は4000〜5000円!

作者の森鴎外は「流人の話」を読んで、「(罪人が)二百文を財産として喜んだのがおもしろい」と言っています。

これはもちろん少ないということ。

1文が20円ほどなので、200文はおよそ4000円ほど。

物価の参考として、江戸落語に出てくる『時そば』のそばが16文(=320円くらい)です。なので200文はそば12杯分ですね。

喜助は貧しい暮らしで借金があり、収入を得ても右から左に流れるので、現金というものを持ったことがありませんでした。

当時、罪人は流刑になると200文を渡される決まりになっていたので、それを喜助は「財産」だとありがたがったわけです。

護衛役の庄兵衛は、そんな喜助の様子を見て、「喜助の慾のないこと、足ることを知つてゐること」を不思議がります。

人の欲望はキリがなく、あれもこれもと欲しがります。

しかし、喜助は「これで十分だ」と心の底から思っており、そんな喜助の「足るを知る(欲がなく現状に満足する)」態度に庄兵衛は心を打たれたのでした。

これが、『高瀬舟』で作者の伝えたい1つ目のことです。

2.『高瀬舟』の安楽死について

作者が伝えたい2つ目のことは、「安楽死」についてです。

喜助は自殺し損ねた弟に、次のように懇願されます。

どうせなほりさうにもない病氣だから、早く死んで少しでも兄きに樂がさせたいと思つたのだ。笛を切つたら、すぐ死ねるだらうと思つたが息がそこから漏れるだけで死ねない。深く/\と思つて、力一ぱい押し込むと、横へすべつてしまつた。刃は飜れはしなかつたやうだ。これを旨く拔いてくれたら己は死ねるだらうと思つてゐる。物を言ふのがせつなくつて可けない。どうぞ手を借して拔いてくれ

喜助は弟の苦しみを長引かせたくないと思い、弟の自殺を手伝った(殺した)のでした。

このような安楽死の例は世界的に見ても珍しくありません。

特に、医者が病で苦しんでいる患者を楽にするために殺し、裁判にかけられるという出来事はよくあることでした。

『高瀬舟』の作者である森鴎外は東京大学医学部を卒業しており、1884年に軍医として22歳でドイツに渡っています。

彼はそこで「安楽死(ユウタナジイ=euthanasie)」の概念や問題を知ったのでしょう。

彼が1898年に「甘瞑の説」を翻訳していることから、当時から安楽死について強い関心を持っていたことが分かります。

それから18年後の1916年に、「安楽死」の問題を取り込んだ小説、『高瀬舟』を書き上げた経緯があります。

この「甘瞑の説」と『高瀬舟』により、森鴎外は日本で初めて安楽死の概念を持ち込んだ人物となります。

安楽死の先進国と言われるオランダでさえ、世界で初めて安楽死を合法化したのが2001年のことなので、当時『高瀬舟』が日本に与えた印象は非常に大きかったでしょう。

日本では現代でも安楽死は認められていませんが、世界に目を向けてみると安楽死の問題は100年前とは変わってきています。

・安楽死のパターンと現代

安楽死には3つのパターンがあると言われています。

  1. 積極的安楽死=医師が薬を投与して患者を死なせること
  2. 医師幇助自殺=医師が患者に致死量の薬を処方し、患者の意思でそれを飲むことで死に至ること
  3. 消極的安楽死=延命治療や生命維持治療をやめることで患者を死なせること

2023年時点で、1と2を合法としている国は、オランダ、ベルギー、スペイン、カナダ、ルクセンブルクの5カ国です。

2だけを合法としている国も多く、スイスやアメリカの一部の州、オーストラリアやオーストリアがそれにあたります。

「わたくしは剃刀の柄をしつかり握つて、ずつと引きました」という喜助の行為は、1番の積極的安楽死にあたるでしょう。

もちろん喜助は医者ではなく、弟も(安楽死が認められるほど重い持病がある)患者ではありませんが、オランダやベルギーの人々は合法的な倫理観だと解釈してくれる可能性があります。

護衛役の庄兵衛は、「これが果して弟殺しと云ふものだらうか、人殺しと云ふものだらうか」と疑念を抱いており、最終的には「オオトリテエ=authority(オーソリティ)=権威」に従うほかないと言っています。

現代では、彼のオオトリテエがどの国の人物かによって、その答えは変わってくるでしょう。

『高瀬舟』の構成〜対話による対比構造〜

『高瀬舟』で森鴎外が伝えたかったことは、知足と安楽死の2つです。

しかし文学的にもっと重要なのは、その2つのことがどのように伝えられたかということでしょう。

森鴎外が伝えたかったことは、罪人である喜助と、護衛役である庄兵衛の対話を通して伝えられます。

これは、『山月記』のテーマが李徴と袁傪の対話を通して描かれるのと全く同じで、庄兵衛と喜助を対比させることで、喜助という人間を鮮やかに描き出しています。

喜助 庄兵衛
立場 罪人 同心(護衛役)
給料 少ない 多い
給料の使い道 借金で右から左 生活費で右から左
仕事 ご飯が食べられたら良い いつもクビにならないか不安
貯金 200文 0文
一生 満足を知っている 満足を知らない

世間一般的に見れば不遇な人生を送っている喜助と、堅実に働いている庄兵衛。

そんな二人の内面を対比的に描くことで、物質的な部分の違いではなく、精神的な部分の違いによって人生の幸福感が変わることを表現しています。

また安楽死についても、弟殺しのストーリーを喜助に話させ、庄兵衛に「これが果して弟殺しと云ふものだらうか」と疑わせることで、読者にも疑念が浮かぶような仕掛けとなっています。

知足と安楽死、この2点を読者にもしっかりと考えてもらうために、庄兵衛という聞き役が巧みに配置されている。

その点に『高瀬舟』の巧さがあると言えるでしょう。

「甘瞑の説」について

森鴎外は『高瀬舟』を書く18年ほど前に、メンデルスゾーンの「甘瞑の説」を翻訳しています。

この説ではユウタナジイ=安楽死の問題が取り上げられており、ユウタナジイの日本語訳として「甘瞑」が当てられています。

「甘瞑の説」には、死に対する医者のあり方が書かれており、積極的安楽死については反対の立場ですが、消極的安楽死に対しては賛成の様子が伺えます。

そは医に病人の苦を救はんがために、死を早くせしむる權ありやといふことなり。此答は再思するまでもなく簡明なり。曰く断して無し。縦令病人は苦悶のために責められて、医に強請せんも、医は決してこれに應ずべからず。これに應ずるは殺すと同じくして、病人を殺すは猶生人を殺すものなればなり。(中略)
猶一問あり。死の将に自ら至らんとするや医は強いてこれを遅くして病人に苦を喫せしむべきやといふこと是なり。此答は極めて辞を措き難し。医は必ずしもすべての場合に強ひて死を遅くせんと欲するものに非ざることを。

(医者は病人の苦しみを救うために、死を早める権利があるかということ。この答えは考えるまでもなく簡明だ。断じてあり得ない。たとえ病人が苦悶に苛まれて医者に強制しようとも、医者は決してこれに応じてはならない。これに応ずるのは殺人と同じことで、病人を殺すのは健康な人を殺すのと同じことだからである。
もう一問ある。病人に死が迫っているとき、医者はこれを強いて遅くして病人に苦しみを味合わせるべきかという問題だ。これに答えるのはとても難しい。医者は必ずしも全ての場合に強いて死を遅くしようとするものではないからだ。)

森鴎外『鴎外全集三十三巻「甘瞑の説」』p607,岩波書店

ここでのユウタナジイは、患者ができるだけ苦しみなく終末期を過ごし穏やかに死を迎えるために医者が何をすべきか、という論点であり、現代的な安楽死の話ではありません。

ただし、延命治療については、必ずしも無理にする必要はないと書かれており、現代で言うところの消極的安楽死に対しては賛成の様子が伺えます。

いずれにせよ、「甘瞑の説」からは若き森鴎外が安楽死の問題に対して関心を示していたことが分かります。

メンデルスゾーンが反対と言った積極的安楽死の是非を『高瀬舟』で提示した森鴎外は、庄兵衛と同じ気持ちだったのかもしれません。

以上、『高瀬舟』のあらすじ&作者の伝えたいことでした。

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