『くじらぐも』とは?
『くじらぐも』は、『ぐりとぐら』シリーズの著者である中川李枝子さんによるファンタジー作品です。
小学校1年生の国語教材として書き下ろされ、以来多くの子どもに親しまれてきました。
ここでは、そんな『くじらぐも』のあらすじ&解説をまとめました。
『くじらぐも』のあらすじ
4時間目のことです。
一年二組の子どもたちが運動場で体操をしていると、空にクジラのように大きな雲が浮かんでいました。
学校が大好きなくじらぐもは、空から降りてきてみんなを乗せ、海へ村へ飛び回ります。
学校に戻って「さようなら」と手を振ると、チャイムがなりました。
くものくじらは元気よく、青空へと帰っていきました。
『くじらぐも』ー概要
物語の中心人物 | 一年二組のこどもたち(歳) |
物語の 仕掛け人 |
くじらぐも |
主な舞台 | 学校と空 |
時代背景 | 現代 |
作者 | 中川李枝子 |
『くじらぐも』ー解説(考察)
分かりやすい言葉で書かれた『くじらぐも』
『くじらぐも』は、物語のテンポが良く、分かりやすい言葉で書かれている作品です。
セリフは簡単な言葉がリフレインされ、数字は片手で数えられる「五」までしか出てきません。
出てくる数字
- 四じかんめ
- 一ねん二くみ
- 「一、二、三、四」
- 「天までとどけ、一、二、三」
- 五十センチぐらいとべました
繰り返されるセリフ
- 「おうい。」「おうい。」
- 「ここへおいでよう」「ここへおいでよう」
- 「天までとどけ、一、二、三。」(3回)
- 「さようなら」「さようなら」
また、構成もはっきりしています。
- 子どもたちが校庭で運動をしている
- くじらぐもと話す
- くじらぐもに乗って空を飛ぶ
- くじらぐもとお別れする
出会い、別世界に冒険し、別れるという、物語のオーソドックスな形式のひとつ(異郷訪問譚)ですね。
このように、『くじらぐも』の言葉はシンプルで、子どもにとって分かりやすい内容になっているといえます。
視点の移動〜他者の視点で考えること〜
リフレインが多い『くじらぐも』ですが、言葉がただ繰り返されているだけではありません。
繰り返された言葉には、視点の移動が伴っています。
繰り返されるセリフ
- 子どもたち「おうい。」くじらぐも「おうい。」
- 子どもたち「ここへおいでよう」くじらぐも「ここへおいでよう」
- 子どもたち「さようなら」くじらぐも「さようなら」
子どもたちは地上から空を見上げ、くじらぐもは空から子どもたちを見下ろしているわけです。
この視点は、子どもたちがくじらぐもに乗る場面のみ同一化します。
- 子どもたちが校庭で運動をしている(別視点:「おうい」)
- くじらぐもと話す(別視点:「ここへおいでよう」)
- くじらぐもに乗って空を飛ぶ(同一視点:リフレインなし)
- くじらぐもとお別れする(別視点:「さようなら」)
ここで子どもたちは空を飛び、くじらぐもと同じ目線で海を見下ろし、村を見下ろし、学校を見下ろすのです。
楽しかった空の旅から戻り、四時間目の終わりのチャイムが鳴ると、くじらぐもは空へ帰っていきます。
小学一年生は、自我がはっきりしてくると同時に、他者への理解も深め始める時期です。
自分の視点と他者の視点が異なることを知り、前向きな興味を持って受け入れることの素晴らしさが、『くじらぐも』からは伝わってきます。
『くじらぐも』の執筆背景
『くじらぐも』は、『ぐりとぐら』シリーズの著者である中川李枝子さんが、教科書のために書き下ろした作品です。
保育士だった彼女は、ずっと幼児向けに絵本を描いていたため、小学生向けのお話を書くのに大変苦労した(執筆に1年間かかった)と言います。
幼児についてはよくわかるつもりでした。でも小学校の子どもたちのことはさっぱりわからない。それで現場の先生からのレポートを読んだり、学校に関する本を読んだりして、徹底的に一年生のことを研究したのです。
中川李枝子『くじらぐもからチックタックまで「『くじらぐも』ができるまで」』フロネーシス桜蔭社
四時間目にした理由も、「このあとが給食!それだけでワクワクするでしょ」と、子どもたちの気持ちになりきって作品を書いたことが伺えます。
作品の根底にあるのは平和
中川さんは、子ども時代に戦争を経験しており、『くじらぐも』の執筆にはその頃の体験も反映されています。
一年生にあがって間もなく、戦争が始まりました。そのため私は、六年間で四つの学校に通ったんですよ。(中略)小学校六年間のこの体験が、いま小学校一年生の「こくご」の教科書に載っている「くじらぐも」を書くときに役に立ちました。
中川李枝子『本と子どもが教えてくれたこと』平凡社
学校に行くのがとても嬉しかったのに、学童疎開令が出て友達や学校と別れなければならなくなったのは、たいへんつらいことでした。その寂しさを紛らわすために、私は転校した学校に前の学校との共通点を探しました。それが校庭だったのです。
中川李枝子『くじらぐもからチックタックまで「『くじらぐも』ができるまで」』フロネーシス桜蔭社
どこまでも繋がっている空を見ては、遠くの友達や家族のことに想いを馳せていたのかもしれません。
一年二組のみんなが、体育の時間に空を見上げ、楽しげにくじらぐもに声をかける。
空から焼夷弾や爆弾が降ってくる戦時中には、とうてい考えられないことでした。
これからの子どもたちには、爆弾ではなく、くじらぐもを想像してほしい。
『くじらぐも』には、このような中川さんの思いや願いが詰まっていることが読み取れます。
青空の下、安心して手足が伸ばせることのすばらしさ。だって空から何も落ちてこないんですから。(中略)この作品の根底にあるのは平和ですね。平和であり続けることへの思いも込められています。
中川李枝子『くじらぐもからチックタックまで「『くじらぐも』ができるまで」』フロネーシス桜蔭社
『くじらぐも』ー感想
『くじらぐも』は小学校で習った国語の授業の中で、思い出深い作品のひとつです。
『ごんぎつね』『大造じいさんとガン』『やまなし』に並んで好きでした。
今考えると、動物の出てくるお話が好きだったのかもしれません。
大きなくじらぐもの絵の前で、劇をしたような記憶があります。
リフレインが三回ある「天までとどけ、一、二、三。」の部分が好きで、三回目に一番大きな声を出すクレシェンド的な表現法が特にお気に入りでした。
『くじらぐも』では、この掛け声をきっかけに、不思議体験の扉を開きます。
くものクジラと一緒に空を飛び、海やまちを見下ろすのです。
この時の楽しさといったら、今となっては正確には思い出せないほど、子ども時代特有の素敵な感情だった気がします。
ジャングルジムに帰ると、あー落ちなくてよかった、とどこかホッとした気分になるほど没入した劇でした。
青い空と白い雲。小学一年生にぴったりな、シンプルで楽しい名作だと思います。
以上、『くじらぐも』のあらすじ&解説でした。