菊池寛

菊池寛『父帰る』のあらすじ・感想&考察!芥川賞を創設した作者による名作!

2019年9月26日

『父帰る』とは?

『父帰る』は菊池寛の戯曲です。

女をつくって子女房を捨てたダメな父親が、二十年ぶりに帰ってくる話です。

明治40年頃が舞台なのですが、一家の情景がリアルに描かれています。

ここではそんな『父帰る』のあらすじ・解説・感想をまとめました。

戯曲は文学形式の一つ。場面の設定と登場人物の語りで進行する演劇の台本。

-あらすじ-

28歳の賢一郎は、23歳の弟と20歳の妹、51歳の母親の4人で暮らしている。

父親は20年前に女を連れて家を出て、以来賢一郎が若くして働き、一家の父親代わりを務める。

彼は弟や妹にきちんとした教育を受けさせるために、自分は学校に行かず働く。

その甲斐もあって、弟は学歴も申し分なく、妹は人並み以上の器量を身につけた大人になった。

今では弟も教師になり、妹は色々に縁談の声が掛かる。

そんな折、つつましい家庭に父親が20年ぶりに帰ってくる。

・『父帰る』の概要

主人公 賢一郎
物語の
仕掛け人
主な舞台 家の中
時代背景 明治40年頃
作者 菊池寛

-解説(考察)-

ここでは『父帰る』で描かれる、

  • 食卓の重要性
  • 母の心理

の二点を解説します。

まずは食卓の重要性からみていきます。

・“食卓”の重要性

『父帰る』で特徴的なのは、物語の脇にある

  • 食卓

だと思います。

この物語は食事の中断によって、出来事と出来事の区切りをつけています。

また、登場人物に無言で食事をさせることで、物語の雰囲気を重くしたりもしています。

食事中の気まずい雰囲気というのは、どこか独特なものがありますよね。

そうしたリアルな雰囲気を演出するのに、『父帰る』の食卓は効果的にはたらいているといえます。

そして最後には食事を放って父親を追いかけるのですが、あとには食べかけの冷めたご飯が残ります。

放棄された食事ほど妙なもの悲しさが出るものはなかなかありません。

そうした食卓という情景に、この作品の特徴はあるのではないでしょうか。

・母親の心理を描くことの意味

母親のおたかは、父親に未練たらたらの女性として描かれています。

女をつくって出て行き、その際には子どもの貯金まで持って行った父親を、彼女は憎むことが出来ません。

それどころか、父親かもしれない人物が家の戸を開けたとき、賢一郎はネガティブな感情になりますが、彼女にはポジティブな感情が湧いています。

ふいに表の戸がガラッと開く、賢一郎の顔と、母の顔とが最も多く激動を受ける。しかしその激動の内容は著しく違っている

ようするに、彼女は父親が帰ってきたことを喜んでいるのです。

このような母の心理を描いているのは、主人公・賢一郎の葛藤をより強く浮かび上げるためでしょう。

また、妹のおたねも、弟の新二郎も、父をかばう側の役割を担っています。

母を軸とした周りが父親を庇えばかばうほど、賢一郎の父親を厭う心理に読者は寄り添っていきます。

そうした理由から、過度に父親を肯定する母親の心理は描かれているのだと考えられます。

 

以上、賢一郎と母親の心理に焦点をあてて物語を整理してきました。

父の記憶があまりない弟や妹が持つ感情と、それとは少し違う兄の感情、また母親の感情、それぞれの交錯がドラマを生んでいる面白い作品です。

-感想-

・賢一郎の煩悶

父が幼い子を残して家出をしたため、賢一郎は10歳の頃から働きに出ています。

だから彼には、弟や妹を自分が育てたという自負があります。

そのために自分の学歴まで捨てたのですから、当然の気持ちだといえるでしょう。

また、彼の家族をそんな状況に追いやった父親を憎んでもいました。これも理解出来る感情です。

そんな中、父親は20年越しに当然のように帰ってきます。

父親のへらへらとした態度に、賢一郎の怒りは沸き返ります。

以下、賢一郎お怒りの場面。

俺たちに父親があれば、八歳の年に築港からおたあさんに手を引かれて身投げをせいでも済んどる。俺たちに父親があれば、十の年から給仕をせいでも済んどる。俺たちは父親がないために、子供の時になんの楽しみもなしに暮してきたんや。俺たちに父親があるもんか、あればあんな苦労はしとりゃせん。 (都度中略)

彼の怒りはもっともです。そして、その怒りを受けた父親は再び出て行こうとします。

母と妹は賢一郎に懇願し、弟も父を止めようとします。

賢一郎は、自分の感情と父親を思う心の間で激しい葛藤があります。

僕個人的には許さなくてもいいと思いますが、そこを許すのが賢一郎。

最後には結局、

「新! 行ってお父さんを呼び返してこい。」

と言います。

ここで、僕みたいに、呼び戻さなくて良かったんじゃないの?と思う人と、

親なんだから呼び戻してあげるべきでしょ!と思う人に分かれます。

主人公の煩悶と彼の最終的な行為(父親を呼び戻す)を、読者がどう受け取るか

ここにこの作品の面白さがあり、それを生み出すために賢一郎の葛藤が深く描かれていると思います。

 

菊池寛の戯曲は読みやすいものが多くおすすめです。

ここでもいくつか紹介しているので、参考にしてみて下さい。

以上、『父帰る』のあらすじと考察と感想でした。

この記事で紹介した本