中島敦

中島敦『弟子』あらすじから解説まで!むずかしい登場人物を簡単に紹介!

2019年9月22日

『弟子』とは?

『弟子』は、中島敦の短編小説で、中国の思想家・孔子の弟子である子路を主人公にした物語です。

温和な師匠である孔子と、真っ直ぐで気性の激しい子路の師弟関係が描かれています。

ここでは、『弟子』のあらすじ・解説・感想と、孔子とその弟子たちについての概要もまとめました。

-あらすじ-

町の荒くれ者だった子路は、似非賢者を辱めてやろうと孔子の元へ赴きます。

しかし、問答のなかで孔子の尊大さを知った彼は、すぐさま孔子の弟子となります。

孔子は偉大な思想家だったため、その門を叩く人は多く、弟子を増やしながら彼らは中国各地を旅します。

旅の途中、小さなことでも気になる子路は、幾度も孔子に問答をしかけ、世の中のことや人間の生き方について学んでいきます。

その愚直さから一番手のかかる弟子の子路でしたが、それでも次第に貫禄が出てきて、最後には衛の一つの邑(ゆう※都市的な集住地)を治めるまでになります。

その真っ直ぐで潔い気性から、邑の者にも好かれた子路でしたが、数年後、魯に政変が起こります。

子路は当然主君を救おうと勇みますが、その意志叶わず返り討ちに遭い、切り裂かれて死んでしまいます

孔子はその報を遠く魯の国で聞き、さめざめと涙を流しました。

・『弟子』の概要

主人公 子路
物語の
仕掛け人
孔子
主な舞台 中国の国々
時代背景 春秋時代(前6世紀~5世紀頃)
作者 中島敦

-解説(考察)-

『弟子』は登場人物が多く、また聞き慣れない名前も多いです。

しかし、彼らのバックグラウンドを知ることで、作品がより分かりやすくなります

ですのでここでは、

  1. 『弟子』に出てくる孔門十哲について
  2. 子路を殺した蒯聵(カイカイ)について

二点を解説していきます。それではさっそくみていきましょう。

・『弟子』に出てくる孔門十哲の解説

「孔門十哲」とは、孔子の優れた十人の弟子を指した言葉です。

中島敦の『弟子』は、中国の思想家である孔子と孔門十哲が物語の下敷きになっています。

孔子?なんとなく聞いたことはあるけど・・・

そんな方に向けて、今から簡単にではありますが、『弟子』に出てくる

  • 孔子(こうし)
  • 子路(しろ)
  • 子貢(しこう)
  • 顔回(がんかい)

という、孔子と3人の弟子をピックアップして紹介します。

まずは孔子です。ぜひ物語の背景を知る参考にしてみて下さい。

・孔子

始めに紹介する孔子(こうし)は中国最大とも言われる思想家です。

知に富み、徳が高く、多くの弟子に慕われていました。

腕っぷしも強く、身長は2メートルを超えるとも言われ、まさに知・徳・体を兼ね備えた完璧人間です。

彼の教えは『論語』にまとめられ、2500年を経た現代でも愛読する人が多い書物です。

彼の優れた弟子たちは、

  • 孔門十哲

と呼ばれ、中島敦の『弟子』にもそのうちの何人かが登場します。次はその弟子たちを見ていきましょう。

・子路

子路(しろ)は『弟子』の主人公。

  • 学ではなく武を好み、ややこしいことが嫌いで真っ直ぐな性格

の持ち主です。

孔子が理性の人なら、子路は感情の人と言えるでしょう。

『論語』での登場回数が最も多く、孔子にも可愛がられていたことの分かる、人間味のある人物です。

・子貢

子貢は、

  • 孔子以上の実力

とまでもてはやされる優れた才能の持ち主です。

とくに弁が立ち、上手に相手を丸め込みます。

その長所をもって、外交や商売で手腕を発揮します。

・顔回(顔淵)

孔子に最も可愛がられたのが子路なら、孔子に最も愛されたのはこの顔回でしょう。

  • 孔子の教えを最も深く理解していた人物

として知られています。

孔子のお気に入りだった顔回は、十哲の仲間から度々嫉妬を受けており、『弟子』でも子貢から嫉妬されている描写があります。

顔回は秀才でしたが若くして死に、滅多に人前では泣かない孔子も声を上げて泣いたと言います。

こうしたことからも、孔子に非常に愛されていた人物であることが分かります。

 

以上、孔子と孔門十哲の弟子3人を紹介しました。

『弟子』では人物像が最低限に描かれているので、それぞれのキャラクターが分かりにくいという方もいたかもしれません。

そういう方はこれらの特徴を参考にして、『弟子』の物語を補ってみて下さい。

・子路を殺した蒯聵(カイカイ)について

物語の終わり、子路は蒯聵の命によって、石乞せききつ盂黶うえんの二剣士に殺されてしまいます。

「見よ! 君子は、冠を、正しゅうして、死ぬものだぞ!」

子路は叫び、勇敢な最期を遂げますが、その後の凄惨な死に姿は読者に鮮烈な印象を残します。

昔の中国には残酷な刑が多くありました。

子路が受けたししびしおとは、死体を塩漬けにすることで腐敗を防ぎ、罪人を長く人目にさらすことを目的とした塩漬けの刑です。

(孔子は)子路のししびしおにされたと聞くや、家中の塩漬類をことごとく捨てさせ、爾後じご、醢は一切食膳に上さなかったということである。

物語中の子路の真っ直ぐな生き方を見ていた私たちも、孔子の気持ちが分かる気がします。

このような刑を与えたのは、衛の国の荘公の座を奪った、

  • 蒯聵(カイカイ)

という人物です。

彼は前の王の息子として生まれるも、理由あって国を追われ、時期を見計らって再び衛国に戻ってきた経緯を持ちます。

実はこの蒯聵ですが、中島敦の『盈虚(えいきょ)』という作品で、主人公として描かれています。

ネタバレになるといけないので詳しく触れませんが、とても面白い作品です。

『弟子』のラストで出てくる蒯聵はどのような物語になっているのか。

気になった方は『盈虚』もチェックしてみて下さい。

-感想-

・『弟子』の子路と『悟浄歎異』の孫悟空

『弟子』では、「形」を嫌う子路と、「形」を重んじる孔子の対立が描かれています。

礼節は形を教えるものであるため、孔子はそれを教えるのに苦労します。

原文が分かりやすいので、少し引用してみます。

形式主義への・この本能的忌避ってこの男に礼楽を教えるのは、孔子にとってもなかなかの難事であった。が、それ以上に、これを習うことが子路にとっての難事業であった。

子路は、孔子という人間の大きさに惹かれたのであって、その教えに惹かれたのではありません。

孔子十哲に入りながら、子路が孔子の言葉を素直に受け止めないのもそのためです。

だから彼はいつも孔子に叱られてばかりいますが、孔子という人間に全幅の信頼を置いているので、一向に気になりません。

そんな彼らのやりとりは、どこか『悟浄歎異』の三蔵法師と孫悟空を思わせるところがあります。

西遊記の孫悟空

『悟浄歎異』とは、中島敦の西遊記物語です。

その物語に出てくる孫悟空も、子路と同じように感情の人であり、形式を嫌い、自分の信じた道をひたすらに進むタイプです。

『弟子』の子路というキャラクターが気に入ったという方は、ぜひ一度、中島敦の西遊記シリーズにも触れてみて下さい。

ここでは『悟浄歎異』と、その前篇である『悟浄出世』の解説もしているので、記事のリンクを貼っておきます。

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以上、『弟子』のあらすじと考察と感想でした。

この記事で紹介した作品(ちくま文庫『中島敦全集〈3〉』に収録)