『イワンのばか』とは?
『イワンのばか』は、ロシアの文豪・トルストイが書いたロシア民話です。
ばかなイワンを主人公に、社会システムに目を向けた寓話的な物語が描かれていきます。
ここではそんな『イワンのばか』のあらすじ・解説・感想をまとめました。
『イワンのばか』のあらすじ
ある国のあるところに、自信家のセミョーンと、強欲なタラースと、ばかのイワンという三兄弟がいました。
セミョーンは軍人になり、タラースは商人になりましたが、イワンはばかだったので、鍬を振るって貧しく両親と妹を養っていました。
そこへ三人の悪魔が、この三兄弟を罠にはめようとやってきます。
悪魔はセミョーンを戦争で惨敗させ、タラースのお金を無一文にしました。
しかし、イワンは馬鹿なので、悪魔に何をされてもなんとも思わず、むしろ悪魔がやっつけられる始末です。
イワンは悪魔のお詫びにもらった力で、セミョーンとタラースを王様にして、自分も王様になりました。
そんな様子を見ていた悪魔の親分である老悪魔が、またもやこの三兄弟を罠にはめようとやってきます。
セミョーンとタラースの国は、老悪魔の策略によって滅んでしまいますが、イワンの国民はみんな馬鹿だったので、老悪魔の思い通りになりません。
ついには老悪魔も懲りて、イワンの国は守られたのでした。
イワンの国の約束事はただひとつ。
働き者なら食事にありつけるが、働いていない人は他の人の食べ残りを食べなければならない、ということです。
・『イワンのばか』の概要
主人公 | イワン |
物語の 仕掛け人 |
老悪魔 |
主な舞台 | ある国のある所 |
時代背景 | 近代 |
作者 | レフ・トルストイ |
-解説(考察)-
・民話としての『イワンのばか』
『イワンのばか』は、トルストイによって創られたロシア民話です。
しかし、まるっきりの創作というわけではありません。
正確には、もとよりロシアに語り継がれていた、
- ばかなイワンと狡猾な兄たち
という構図を、トルストイが利用して創りあげた物語になります。
文豪がしたためた物語なので、その単純明快な構成や芸術性の高さから、世界的にも非常に評価の高い作品です。
ちなみに「イワン」という名前は、日本の「太郎」と同じように、ロシアではスタンダードな名前になります。
だからといって、『桃太郞』や『浦島太郎』とは違い、近代になって創られた民話ですので、その内容は近代社会システムなどの影響が見られます。
次には、『イワンのばか』の登場人物の整理をし、描かれる社会への寓話を見ていきます。
・三人の兄弟と悪魔と老悪魔
『イワンのばか』は、
- 3人の兄弟
- 3人の悪魔
が仕掛け人となって、物語が進んでいきます。
まずは3兄弟の特徴と、それぞれの兄弟にまとわりついた3人の悪魔の行為を整理していきます。
1.セミョーン
セミョーンは一番上の兄で、軍人になった人物です。
彼は大将まで上り詰めるものの、悪魔の策略によって戦争に負けてしまいます。
イワンのおかげで一度は王様になれますが、彼の国は軍事国家で独裁的でした。
彼の国は、老悪魔の策略によってインドに滅ぼされてしまい、王様の彼は命からがら逃げ延びます。
そんなセミョーンは、最後にはイワンの国で養ってもらうことになります。
2.タラース
タラースは二番目の兄で、太っちょの商人です。
彼は大富豪になったものの、悪魔にそそのかされて欲張りになり、破産してしまいます。
イワンのおかげで一度は王様になれますが、彼の国は超資本主義社会で、労働者がひどい搾取を受けていました。
彼の国は老悪魔の策略によって、人も物も全て買い取られ、彼はお金があっても飢えてしまい、自分の国を捨てて出て行きます。
そんなタラースも、最後にはイワンの国で養ってもらうことになります。
3.イワン
イワンは三男で、真面目で馬鹿な農夫です。
彼はその愚直さゆえに、悪魔の策略が通用せず、逆に悪魔の魔術を手に入れます。
その魔術と天運のおかげで、彼は王様になることができましたが、イワンはばかだったので、賢い国民はみな彼の国から出て行きました。
イワンと残った国民で、無政府の平和主義国家が生まれました。
彼の国にも老悪魔が来ましたが、ばかなイワンと国民には、老悪魔の策略は通じませんでした。
彼の国は長く続き、二人の兄も一緒にイワンの国で暮らしました。
・それぞれの国の社会システムと作品の教訓
見てきたように、『イワンのばか』はキャラクターの違う三人の兄弟が出てきます。
彼らの国や性格からは、
- セミョーン=軍事独裁国家
- タラース=超資本主義国家
- イワン=無政府平和主義国家
という社会システムが意識されて描かれていることが分かります。
こうした物語の設定から、『イワンのばか』を寓話的な物語だと捉えることも出来るでしょう。
そうした視点で『イワンのばか』を読むと、
- 軍事国家や資本主義国家の批判・平和主義国家の称揚
が教訓的に読み取れます。
ちなみに、作者のトルストイは「トルストイ運動」などでも知られるように、無政府主義かつ平和主義的な思想の持ち主です。
日本やアメリカなどの資本主義国家は、法などの力で人道的に成り立っていますが、やはり格差は存在します。
『イワンのばか』はそのような社会に生きる僕らへ向けて、強いメッセージ・教訓を放ってくる物語です。
-感想-
・小国寡民やユートピア
『イワンのばか』を読んでまず思い浮かぶのが、
- 老子『小国寡民』
- トマス・モア『ユートピア』
といった理想郷を描いた本でした。
イワンの国も含めて、こうした理想郷に共通するのは、「人々が欲張らない」ということのように思います。
とはいえ、人間は欲望を感じてしまう生き物です。
行動の制限や禁欲をしながら争いのない生き方を選ぶか、欲の赴くままに自由を求めて争いの世界に生きるか。
現代日本社会の良いところは、どちらの生き方も(個人単位では)選択できるところでしょう。
個人的には、イワンの国のような社会も理想的だと思いますが、欲望に耽る楽しさも捨てられないというのが正直なところです。
・イワンの「ばか」という意味
アニメや漫画の影響からか、「イワンのばか」という言葉は、
- イワンのばか!もう知らない!
のような言葉のニュアンスを思い浮かべてしまう印象があります。
しかしお分かりの通り、このタイトルとしての「イワンのばか」は、
- イワンというばか
という意味です。
また、物語の中で、「ばか」であることは良いこととして描かれています。
もちろん、イワンは兄弟や世間から「ばか」だと侮辱されるのですが、彼はそれをなんとも思っていません。
見返してやりたいだとか、口惜しいだとかは全く思わず、ただ、「ばか」であることを受け入れています。
言葉の上ではネガティブな意味合いが強い『イワンのばか』というタイトル。
ですが、読み終わってみると、イワンが愛すべき人物であることが分かるようになっているのです。
以上、『イワンのばか』のあらすじと考察と感想でした。
晩年のトルストイは民話にも力を入れていましたが、『イワンのばか』はその中でも特に評価の高い物語です。
もちろん他のトルストイ民話も面白いので、読んでいない人はぜひ読んでみて下さい。
この記事で紹介した本