『かか』のあらすじ・紹介
19歳の主人公・うーちゃんは、精神的に不安定な「かか(お母さん)」を憎みながら愛している。
弟のみっくん、いとこの明子、ボケはじめている祖母と祖父、とと(お父さん)、それからSNSの「仲間」たち。
うーちゃんを取り巻く小さな社会が、特有の文体と丁寧な筆致で描かれていく。
第56回の文藝賞を受賞し、いまだ20歳という作者・宇佐見りんさんの『かか』。
ここではそんな『かか』の内容・見どころ・感想までをまとめた。
-内容・見どころ-
・方言と口語が混じる特有の文体
『かか』の魅力的なポイントは、この作品特有の文体にあるだろう。
主人公のうーちゃんは独特な言葉遣いをするのだが、その原因は「かか」にあるという。
かかはほかにも似非関西弁だか九州弁のような、なまった幼児言葉のような言葉遣いをしますが、うーちゃんはそいをひそかに「かか弁」と呼んでいました。
宇佐見りん『かか』河出書房,p11
方言と口語を織り交ぜてつくられる文体は、現代の作家だと川上未映子さんなどが得意とするところだ。
だが、『かか』には良い意味で川上未映子さんのようなリズムがない。
文体のぎこちなさや詰まりのようなものをあえて利用して、それを作品の世界観と上手に調和させている。
それぞれ周囲の柔こい日差しをあつめて鋭い光を放っています。あたたかい春の西日が溜まった台所に酒の匂いがまわったような気いしました。
宇佐見りん『かか』河出書房,p29
短い小説だが、このように素敵な文体を惜しみなく味わえる。
こうした点はなんといっても『かか』という作品の魅力だろう。
・『かか』の痛み
『かか』では様々な痛みが描かれる。
殴られることの痛み、忘れられることの痛み、拒絶されることの痛み、どうしようもなく心が切なくなる痛み。
そうした一つ一つの痛みの積み重なりに、主人公の心が少しずつ裂かれていくのが手に取るように分かる。
うーちゃんは声を上げずに叫んでいる。その叫び声を聞く者が「おまい」であることは、幸福なのか、不幸なのか。
「おまい」はかか弁で「おまえ」、つまり二人称なのだが、実はこの作品は「おまい」に向かっての独白文という構成になっている。
この「おまい」が誰をさしているのか、またうーちゃんは「痛み」をどのように受け入れるのか、それはぜひ本書を読んで確かめてみて欲しい。
『かか』の感想
そいはするんとうーちゃんの白いゆびのあいだを抜けてゆきました。
宇佐見りん『かか』河出書房,p29
方言を用いる作品であることを宣言する強気な冒頭に、一ページ目から期待感が高まる。
「そい」ってなんだ?
こうした疑問は後になって徐々に解消されるのであるが、いまだ理解し切れぬうちに、そい、そいと言いながら物語は進んでいく。
方言であることは分かるけれど、何を示すのか分からない。でも、それがまた面白い。
こうした引っかかりを多分に含ませながら、それでも読ませる文章を作るのが20歳という若さの書き手であるということには、つくづく感心する。
それから「見どころ」には書かなかったけれど、『かか』では
- 信仰
というのも作品の軸となる部分である。
デビュー作ということもあって今回はあまり掘り下げられてはいないが、この「信仰」というテーマが作者の中で今後どう発展していくのかが楽しみなところだ。
この記事で紹介した本