小説『ニムロッド』の解説と感想!「価値」を通して描かれる人間存在

2019年11月16日

『ニムロッド』のあらすじ・紹介

第160回芥川賞を受賞した上田岳弘さんの『ニムロッド』。

主人公の中本は、サーバーセキュリティ会社で働く37歳の男性会社員だ。

彼はある日、仮想通貨をマイニングする業務を言い渡された。

そんな仕事と並行して、友人の荷室仁や、交際相手の田久保紀子との関係が描かれていく。

仮想通貨というアイテムを用いて、人間存在を掘り下げていこうとする試みの物語。

ここではそんな『ニムロッド』の解説から感想までをまとめた。

-内容・見どころ解説-

・「価値」を通して描かれる「人間存在」

『ニムロッド』のテーマはいくつかあるが、中でもとりわけ大きく扱われているのは、

  • 価値

ということについてだろう。

この小説内では分かりやすく「仮想通貨」が用いられているが、言っていることは「国家」にも「法律」にも「リアルマネー」にも当てはまる。

要するに人間は実体のないものに「価値」を付け、その価値を信じる。そしてみんなが信じるからこそ、そのモノに本当に価値が生まれる、ということだ。

裏を返せば、そのもの自体に価値は無いという考えだとも言える。

『ニムロッド』が面白いのは、そのような価値基準を人間存在にも当てはめているところだろう。

人間は自らの存在を証明しようと、様々な手法でこの世に痕跡を残そうとする。そしてその痕跡を「価値」だと信じることで、自己肯定しながら生きていく。

しかし『ニムロッド』の小説構造に当てはめると、自分という存在の価値を認めようとすればするほど、自らに価値など無いことに気が付くということになる。

人間存在の「有」を描きつつも、結果的に正反対の「無」が現前してくるという構成が、作品に独特な空虚さを漂わせている。

このような「価値」を通して描かれる「人間存在」が『ニムロッド』の見どころのひとつだ。

・コンピューター×SF

サーバーの音がする。CPUを冷やすファンの音が幾重にも合わさって、虫の音のように高く低く響く。

上田岳弘『ニムロッド』講談社,p3

引用したのは『ニムロッド』の冒頭。

このように、物語は現実的な機械音の描写から始まる。

それから次第にSF的な様相を帯びていくのだが、その移行が極めて自然で違和を感じさせない。

芥川賞選考委員である吉田修一さんの選評は、そんな作品の様子を見事に言い表していると思う。

「地上から塔の頂上へと、軽々と読者を運んでいく垂直の跳躍力こそがこの作家最大の魅力である。」――吉田修一

「地上から塔の頂上へ」というのは、「現実から超現実へ」という物語構造にも当てはまる言葉だろう。

こうした、

  • 現実×超現実(SF)

という物語の進み方も見どころポイントだ。

最後はネタバレなしの感想で終わりにしようと思う。

『ニムロッド』の感想

序盤はミシェル・ウエルベックの『闘争領域の拡大』に似ていて、終盤はディストピア小説的な雰囲気があった。

似ているから駄目だと言いたいわけではない。僕が言いたいのは、この小説が良い意味で日本離れしている作品だということだ。

例えば田久保紀子がもう少し内面を語らない知的な女性だったら、例えば荷室の内向的な性格に透明性のある簡潔な説明が付けられていたら、例えば主人公の中本があと一歩ドライな人間だったら、その傾向はより顕著になっていただろう。

しかし全体のバランスを見たときに、作者はあえて登場人物にそのラインを超させなかったという感があって、コントロールが上手な人だと思った。

「塔」という分かりやすいシンボルを軸とした社会構造や、仕事、恋愛、友情、夢、SFまで、『ニムロッド』には小説を楽しむ要素が詰めこまれている面白い小説だった。

作者の上田岳弘さんには、「コンピューターによる実現可能な未来」というテーマを純文学的に描く姿勢を、このまま掘り下げていって欲しいような気がする。

以上、『ニムロッド』のあらすじと考察と感想をみてきた。

ほかにも近代日本文学や海外文学について、また他の作家の作品考察などもあるので、よかったら見ていってほしい。

上田岳弘:単行本 – 2019/1/26

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