石川淳『普賢』あらすじ・解説・感想まとめ!二人のヒロインと饒舌な文体

2019年11月10日

『普賢』とは?

『普賢』は第四回芥川賞を受賞した石川淳の小説。

饒舌体と呼ばれる怒濤の文体で、主人公と関わる人々や身の回りに起こる出来事が語られていく。

ここではそんな『普賢』のあらすじ・見どころ解説・感想をまとめた。

 

『普賢』のあらすじ

仕事でクリスティヌ・ド・ピザンの伝記を書いている主人公の「わたし」は、ボロいアパートで暮らしている。

知り合いの家でたまたま旧友の庵文蔵と出会い、主人公は彼と交流を温め直す。

庵文蔵とは学生の頃からの知り合いで、彼にはユカリという妹がいた。

主人公は庵文蔵の妹であるユカリをかつて出会ったままの姿で思っているが、最後に姿を見てから10年は経とうとしている。

彼女は左翼の夫と結婚しており、警察に追われる身だったので、なかなか会うことは出来ない。

そんな折、庵文蔵がどうにか妹と会う約束をこぎつけ、主人公はそれを頼りにユカリに会おうとする。

・『普賢』の概要

主人公 わたし
物語の
仕掛け人
庵文蔵
主な舞台 東京
時代背景 昭和初期
作者 石川淳

-解説・考察-

・クリスティヌ・ド・ピザンの伝記

『普賢』の主人公は、クリスティヌ・ド・ピザンの伝記を書いている。

クリスティーヌ・ド・ピザンは14世紀フランスの女流詩人で、フランス文学最初の女性文筆家とされる人物だ。

主人公は彼女の伝記を書こうとするのだが、そのためにはまずジャンヌ・ダルクの伝記を書かなければならないという。

歴史家は何というか知らぬが、わたしはジャンヌ・ダルクの伝記を書くことなしにクリスティヌ・ド・ピザンの伝記を書くことができない。

これは要するに、ある人物のことを書くには当人のことだけを書くのではなく、関連・影響した人物のことも書きたいという主人公の気持ちである。

このことを『普賢』に当てはめると、物語の最初は垂井茂市という人物の描写から始まり、田部彦介、庵文蔵、と描かれる人物が変遷していく構成と全く同じだと言える。

最後に焦点があてられるのは主人公なのだが、こうしてみると『普賢』は主人公の「わたし」のことを書くために、様々な人物を数珠つなぎに描いていく手法をとった作品だと言えるかも知れない。

こうした物語の独特な描かれ方が、『普賢』の見どころの一つだろう。

・二人のヒロイン。ユカリとお綱

この物語には二人のヒロインが登場する。

庵文蔵の妹・ユカリと、料理屋の女・お綱だ。

ユカリは主人公の心の中にいて、彼女のことを思うと魂が消える思いがする。

お綱は主人公と肉体関係を結ぶ料理屋の女で、友人の浮気相手でもある。

言わば、ユカリは主人公が精神的に求める女で、お綱は主人公が肉体的に求める女だといえる。

こうした二人の女のほかにも、

  • モルヒネ中毒で死ぬお組
  • 病がちな久子
  • 下宿の主である安子

など、『普賢』には特徴的な女性達が登場する。

そんな彼女たちが物語りに与える影響も、『普賢』を面白くしているポイントだろう。

・第四回芥川賞選評者の言葉

ここでは三名の選評をピックアップした。

選評者の言葉は全て文藝春秋『芥川賞全集一』から引用する。

・瀧井孝作

持前の饒舌の筆の上に図太く根を据えた作者がうかがわれてた。この作者の成長に先ず感心した。

・小島政二郎

混沌を通して形象される幾人もの人間の姿は、石川君の啄む嘴の逞しさに、衣を剥がれ肉を剥がれた裸身像の妖しき魅力を放っている。

・室生犀星

この長たらしい百五十枚の小説はどこもかしこも一杯に詰った近代小説学を体得し、油断なき熟練によって更に一層この作家のごちゃごちゃした天分を生かしたものであった。

第四回芥川賞を受賞した作品は

  • 石川淳の『普賢』
  • 冨澤有爲男の『地中海』

の二作品だった。とりわけ『普賢』は多くの文士から高い評価を受けている印象だ。

また、作者の成長を讃える声も多く、石川淳の作家としての立場が確立された作品だとも言えるかもしれない。

-感想-

・饒舌体と呼ばれる文体

普賢という言葉にはこの小説で初めて出会った。

調べてみると、釈迦如来の脇にいることの多い二人の菩薩のうち一人が「普賢菩薩」であるらしい。

もう一人は「文殊菩薩」で、普賢と文殊二人の真ん中に釈迦如来がおわすということだ。

それはともあれ、『普賢』で何よりも特徴的なのは、息も継がせないほどの怒濤の文章だと思う。

饒舌体と呼ばれるこの石川淳の文体は、同じく饒舌とされる高見順の文体よりもねちっこくて長い。

そんな独特の文体と、構成的な人物の配置が重なり合いが魅力深い作品となっている。

芥川賞が卓越した文章を讃える賞であるならば、これぞ芥川賞だというような小説だ。

石川淳:(講談社文芸文庫) 文庫 – 1995/4/28

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