『背高泡立草』とは?
『背高泡立草』は、第162回芥川賞を受賞した古川真人さんの小説。
主人公の実家がある島への帰省を軸に、「人間」と「島」の出来事が描かれていく。
ここではそんな『背高泡立草』のあらすじ・解説・感想までをまとめた。
『背高泡立草』のあらすじ
主人公の大村美穂は、年に数回実家のある島に帰る。
実家といっても今は誰も住んでおらず、建物の維持をするために帰るようなもので、今回は納屋の草を刈るのが主な目的だった。
この帰省には美穂の兄妹や、その娘たちも一緒に同行する。
娘達もすでに家を出て働いているため、大人ばかりの活動となる。
ときおり島の風景などと関連して、それらにまつわる過去の出来事が物語られる。
そうした具合で、現在と過去の出来事が交互に描かれていき、物語は進む。
家の手入れも終わり、美穂達が島から帰るところで、物語は終わりを迎える。
・『背高泡立草』の概要
主人公 | 大村美穂 |
主な舞台 | 島 |
時代背景 | 現代(交互に過去が挿入される) |
作者 | 古川真人 |
-解説(考察)-
・物語の人物相関図
この小説は短いのだが、登場人物が多いので、人物関係が掴みづらいかもしれない。
ここでは分かりやすいように、『背高泡立草』の人物相関図をまとめた。
吉川家というのは、物語に出てくる、
- 新しい方の家
- 古か家
- 納屋
などの建物を所有する美穂の実家だ。
今では誰も住む者がいないため、島の住民である内山敬子が引受人になっている。
美穂は吉川で育ったとはいえ、幼い頃から実の母である敬子の家にも頻繁に遊びに行っていたので、もちろん兄姉とも仲が良かった。
物語はこの美穂を中心に進んでいくのだが、ここに出てくる吉川家の人々以外も作中には出てくる。
・現在と過去を通して描かれる「島」と「人生」
この物語の特徴のひとつは、現在と過去を交互に描いていく手法だろう。
物語は全部で8つの章二分けられている。
- 船着き場
- 雄飛熱
- 昼
- 芋粥
- 納屋
- 無口な帰郷者
- 夕方
- カゴシマヘノコ
- 帰路
奇数章は美穂たちがいる現在の時間軸で物語が進み、偶数章では島で起こった(それも吉川家や内山家と関連している)過去の出来事が描かれる。
物語的には美穂たちが島に行った1日のことしか描かれていないのだが、過去の章で「島」や「吉川家・内山家」のことが掘り下げられていく。
『背高泡立草』は生きる人間の様子が描かれていくが、彼らを描くことで浮かび上がってくる「島」の様子も面白い小説だ。
・詩的なリズムのある文体
『背高泡立草』は文章のリズムが良く、ときには詩的な趣さえ感じさせる。
たとえばこの部分を読んでみて欲しい。
母と伯母はどちらとも、せっかちかと思えばだらしなく、またそうかと思えば、ここぞのときにはやるにしても諦めるにしても決着が良く、概してあまり悩むことなく、とはいえ全く悩まないわけでもなかったが、それを自分一人の占有にして大切に扱うことを好まず、忘れっぽく、良く怒りもすれば笑いもし、何につけても言葉に出してみなければ気が済まず
古川真人『背高泡立草』,すばる,二〇一九年十月号,p17
宮澤賢治の『雨ニモ負ケズ』を連想させるような小気味よいテンポの文章がまだあと数行続くのだが、いつまでも読んでいたくなるような感覚に陥る。
さらに、文章中に注釈を加えるときに用いる「――」の使い方も絶妙で、作者なりの言葉のリズムを持っていることが窺われる。
このような、
- 言葉の楽しさ
も『背高泡立草』の魅力だろう。
・作中に出てくる草・花・言葉など
『背高泡立草』にはたくさんの草や花が出てくる。
また、現代ではあまり使われていない言葉などもあったので、物語の補填としてここにまとめた。
草・花
※花は多くの色があるため、ここで紹介した花が作中に出てくる花の色と同じとは限らない。
言葉
刃刺:くじら漁において、指揮をとったり、クジラに飛び乗って銛を突き刺したりする役目の人。
雄飛熱:雄飛とはオスの鳥が飛ぶごとく活躍すること。そうした言葉に「熱」を加えて、志高く野心的に活躍したいと思っている様を表している。
-感想-
・島と人間の輪廻
物語的には、
- 実家のある島へ行く
- 家の手入れをする
- 住んでいる家に帰る
という非常にシンプルな構成なのだけど、挿入される過去の物語が小説世界をグッと豊かなものにしている。
それから、なんといっても物語最後の描写は印象的だ。
未読の方のために詳しくは言わないが、時間と空間を超えた心象風景が広がっていくような感じがして、実に気持ちが良かった。
『背高泡立草』は人間が軸に描かれるものの、たしかな生命力を持って現前する「島」も魅力的な一篇だった。
この記事で紹介した本