『黒い雨』とは?
『黒い雨』は井伏鱒二の代表的な小説です。
広島に落とされた原子爆弾を主軸に、被爆した人々の様子が描かれます。
ここではそんな『黒い雨』のあらすじ・解説・感想をまとめました。
『黒い雨』のあらすじ
閑間重松は、矢須子の縁談が決まらないことが気がかりだ。
それというのも、矢須子があの8月6日に被爆した原爆患者ではないかと思われているからである。
たしかに矢須子は、あの日黒い雨を浴びていた。しかし、今のところ彼女に原爆患者と同じような症例は出ていないし、健康診断も問題ない。
重松は矢須子の身体が健康であることを見合い相手に証明するため、8月6日からの日記を清書し始めた。
その日記の清書から、終戦間近の広島と人々の様子が再び描き出されていく。
日記の清書をする現在と、日記の中の過去の話が同時進行的に進んでいき、8月15日の清書を終えたところで物語は幕を閉じる。
・『黒い雨』の概要
主人公 | 閑間重松 |
物語の 仕掛け人 |
矢須子 |
主な舞台 | 広島 |
時代背景 | 1945年 |
作者 | 井伏鱒二 |
-解説(考察)-
・黒い雨の忌ま忌ましさ
物語は戦後の様子から始まります。
1945年8月6日の出来事が語られるのは、閑間重松の日記や、他の人の回想などからです。
こうした形式が取られるのは、物語が戦争そのものを語りたかったのではなく、戦争の後遺症を――おもに原子爆弾による後遺症を――語りたかったからだと考えられます。
黒い雨は原子爆弾の影響を間接的に与え、広い範囲に放射能汚染を拡大させました。
川の魚や鳥類の鳩や雀はもちろん、物語のヒロインである矢須子も黒い雨に打たれています。
本来は恵みであるはずの雨に打たれただけで被爆してしまう力が、黒い雨にはあります。
『黒い雨』はそうした
- 忌ま忌ましさや無念さ
が描かれている作品です。
・白い虹と遡上する鰻
物語中には、
- 太陽を貫く白い虹
が何か起こる時の前触れとして描かれます。
重松の勤務する工場長は、二・二六事件の前日に白い虹を見て、重松は玉音放送の前日に白い虹を見ます。
それと同じように、この物語では
- 鰻
もきっかけを起こす象徴として描かれています。
玉音放送の日に、重松は綺麗な溝の中に被爆していない鰻を見ます。
「こんな綺麗な流れが、ここにあったのか」
僕は気がついた。その流れのなかを鰻の子が行列をつくって、いそいそと遡っている。無数の小さな鰻の子の群である。見ていて実にめざましい。(中略)被災したらしいのはいなかった。井伏鱒二『黒い雨』新潮社
鰻は海で孵化し、大きくなると淡水にさかのぼってくる生態を持ちます。そのため、鰻は被爆を免れたのかもしれません。
そんな鰻は、ヒロインの矢須子が入院する日にも登場します。
鰻を一尾だけ割いて白焼にする。その前に矢須子さんの蒲団を干す。午後四ごろ、雑貨屋の親爺さんが駆けつけて来る。
「今、お宅のお嬢さんから電話がありました。(中略)容態は大して悪くないから安心してくれとのことでした」井伏鱒二『黒い雨』新潮社
このように見ると、「白い虹」も「遡上する鰻」も何かのきっかけとして機能していることは明らかです。
しかし、それらが良い兆候なのか、それとも悪い兆候なのかは物語の中ではっきりとしません。
それは、当時の人々にとって、
- 終戦という事実が良いことなのか悪いことなのか分からない
という心境と重なって描かれているからだと考えられます。
日本が戦後どのように歩んできたかを現代の僕たちは分かっていますが、当時の人々は未来のことなど分かりません。
『黒い雨』はそうした民衆の心理も描いている作品だと言えるでしょう。
ちなみに、第二次世界大戦が間接的に描かれている作品には、太宰治の『トカトントン』、坂口安吾の『白痴』などがあります。
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坂口安吾『白痴』あらすじ&考察!人間と人間以下の境界線はどこにあるのか?
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また違った視点から戦時下の民衆を描いている作品なので、知りたい人はぜひ読んでみて下さい。
-感想-
・底知れぬ遣る瀬なさ
焼けただれた人々の身体や、無残に転がる死体。肉に群がる蠅と、異様に漂う臭気。
目を背けたくなる惨状が現実として起こったことを伝える井伏鱒二の『黒い雨』。
良く耳にする「原爆反対」という言葉がこの作品の中では痛切に響き、写真や映画や教科書では分からない人々の息づかいがにじみ出ている作品です。
「戦争の恐怖」や「原爆の怖ろしさ」などはどこかアイコン化されているように感じますが、戦争は「怖ろしい」というだけではない、底知れぬ遣る瀬なさや悲しみも横たわっているのだということを再認識させれます。
いわゆる正義の戦争よりも、不正義の平和の方がいい。
井伏鱒二『黒い雨』新潮社
面白いという理由じゃない、全日本人必読の小説です。
以上、『黒い雨』のあらすじと考察と感想でした。
この記事で紹介した本