『おおきなかぶ』とは?
『おおきなかぶ』は、ロシア民話がもとになっている昔話です。
小学校の教科書にも載っており、繰り返しの文章とリズミカルな掛け声が楽しい絵本になっています。
ここでは、そんな『おおきなかぶ』のあらすじ&解説をまとめました。
『おおきなかぶ』のあらすじ
おじいさんが、かぶのたねを植えました。
あまくなーれ。おおきくなーれ。
あまく、おおきいかぶになりました。
うんとこしょ、どっこいしょ。おじいさんがかぶを抜こうとしましたが、おおきいので抜けません。
おばあさんを呼んで一緒に抜こうとしましたが、それでも抜けません。
孫が来ても抜けません。犬が来ても抜けません。猫が来ても抜けません。
猫がネズミを呼んできました。うんとこしょ、どっこいしょ。
とうとうかぶは抜けました。
『おおきなかぶ』ー概要
物語の中心人物 | おじいさん |
物語の 仕掛け人 |
ねずみ |
主な舞台 | 畑 |
『おおきなかぶ』ー解説(考察)
繰り返し構造による面白さ
『おおきなかぶ』は、繰り返しの構造が面白い作品です。
おじいさんがおばあさんを呼び、おばあさんが孫をよび、孫が犬を呼び、犬が猫を呼び、猫がネズミを呼んで、とうとうかぶが抜ける場面は、子どもたちから拍手喝采が起こります。
この構造は下記のようにまとめられます。
- うんとこしょ、どっこいしょ
- 〇〇(接続詞が入る)かぶは抜けません
- AがBを呼びました(繰り返されるたびにBがCを、CがDをと続く)
- 1に戻ってくり返す
腕力の強さはA>B>C>D>E>F・・・・・となる。
読者の期待値はA<B<C<D<E<F・・・・となる。
繰り返しの数は話によって違います。
日本で最も親しまれているのは、アレクセイ・トルストイによる再話を訳した6回繰り返すパターン(祖父、祖母、孫、犬、猫、ネズミが登場)です。
ロシアでは、5回くり返すパターンや4回くり返すパターン。
あるいは5回目に1本足が登場し、6回目に2本足が、7回目には3本足が、、、と無限に繰り返し可能なパターンもあります。
この無限パターンは、羊の数を数えるのと同じく、子どもが眠たくなるように作られたと考えられます。
昔話には繰り返しのパターンが多く(桃太郎や三匹の子豚など)、それだけ人々は繰り返しの話を好むということでしょう。
『おおきなかぶ』は5回も6回もくり返すので、そのなかでも繰り返しに特化した昔話だといえます。
リズム感の良いロシア語原文
原文のロシア語の『おおきなかぶ』には、非常にリズム感があります。
その理由は、おじいさんやおばあさんなどの名詞の語尾が、カ→クで終わる形になっているからです。
- かぶ:Репка(リェープカ)
- おじいさん:дедка(ヂェートゥカ)
- おばあさん:Бабка(バープカ)
- 孫娘:внучка(ヴヌーチカ)
- いぬ:Жучка(ジューチカ)
- ねこ: кошка(コーシュカ)
- ねずみ:mышка(ムーシュカ)
これが語尾変化で、a→yになり、カ→クとなります。
具体的には、ラストだと次のようになります。
Мышка за кошку, (ムーシュカ ザ コーシュク)
кошка за Жучку,(コーシュカ ザ ジューチク)
Жучка за внучку,(ジューチカ ザ ヴヌーチク)
внучка за бабку,(ヴヌーチカ ザ バープク)
бабка за дедку,(バープカ ザ ヂェートゥク)
дедка за репку(ヂェートゥカ ザ リェープク)
— тянут-потянут, вытянули репку!(チャーヌッ-パチャーヌッ ヴィチァヌリ リェープク)ネズミが猫を
猫が犬を
犬が孫娘を
孫娘がおばあさんを
おばあさんがおじいさんを
おじいさんがかぶを引っ張って
うんとこしょどっこいしょ、ようやくかぶは抜けました。
この「カ」や「ク」の脚韻が、読み聞かせにリズムを与え、日本語版にはない魅力を生み出しています。
「うんとこしょどっこいしょ」は日本語オリジナル
かぶを抜くときの掛け声である「うんとこしょどっこいしょ」は、訳者である内田莉莎子さんのオリジナルです。
しかし、原文にも掛け声はあります。
「うんとこしょどっこいしょ」のロシア語は「тянут-потянут(チャーヌッt-パチャーヌッt)」。
「うんとこしょどっこいしょ」は、「しょ」の部分で一呼吸置くイメージがありますが、ロシア語の「тянут-потянут(チャーヌッt-パチャーヌッt)」は2語でひとつの畳語になっています(例:やまやま・いろいろ)。
YouTubeでロシア語版読み聞かせをしている方がいらっしゃるので、リズムや掛け声に興味がある人は見てみてください。
『おおきなかぶ』のロシア語タイトルは『Репка(リェープカ)』
ちなみにロシア語タイトルは、カブを表す『Репка(リェープカ)』。
普通名詞だとカブは「pепa(リェーバ)」ですが、指小形を使って「Репка(リェープカ)」となっています。
指小形とは、ある名詞に対して親しみを込めるときに用いる語尾変化で、この場合は「かぶらさん」という雰囲気があります。
逆に考えると、それだけカブがロシアの人々にとって大切なものだということがわかります。
日本では『おおきなかぶ』、英語では『Gigantic Turnip』となっており、大きさが強調されている形です。
ロシア語タイトルでは、「カ」や「ク」で繰り返されるリズムを重視したために、シンプルな『Репка(リェーピカ)』になったと考えられます。
日本での翻訳は大きくふたつ
日本でよく知られている翻訳は二つあります。
よく知られている絵本は、内田莉莎子さんによる翻訳。
一方で、教科書に載っている翻訳は西郷竹彦さんのものが多いです。
これらの違いは大きく二つあります。
- かぶを引っ張る順番
- 接続詞の違い
内田莉莎子訳と西郷竹彦訳の違い
内田さんの翻訳では「小が大を」引っ張り、西郷さんの翻訳では「大を小が」引っ張ります。
分かりにくいと思うので、クライマックスの文章をそれぞれ引用します。
ねずみがねこをひっぱって、ねこがいぬをひっぱって、いぬがまごをひっぱって、まごがおばあさんをひっぱって、おばあさんがおじいさんをひっぱって、おじいさんがかぶをひっぱってー
うんとこしょ、どっこいしょ
やっと、かぶはぬけました。
内田莉莎子訳『おおきなかぶ』
内田さんの翻訳は、小が大を引っ張るかたちで、だんだんかぶに近づいていきます。
小→大→かぶ
このかたちは、力がどんどん大きくなりながらカブに近づいていくので、迫力のあるクライマックスを演出することができます。
また、絵本の特性上、左から右に進むという構造的な問題があるので、左にいるネズミから、右にあるかぶへと向かっていくのは、絵本として自然な流れといえるでしょう。
一方で西郷さんの翻訳は、大が小を引っ張ります。
かぶを おじいさんがひっぱって、おじいさんをおばあさんがひっぱって、おばあさんをまごがひっぱって、まごをいぬがひっぱって、いぬをねこがひっぱって、ねこをねずみがひっぱって、
「うんとこしょ、どっこいしょ」
とうとう、かぶはぬけました。
西郷竹彦『おおきなかぶ』
大→小→かぶ
このかたちは、引っ張る者がだんだん小さくなっていくことで、読者の不安と期待値が比例的に高まっていきます。
そして、最終的にネズミにスポットライトが当たるため、「ネズミという小さなものの助けで大きなことを成し遂げた」というメッセージ性がより伝わる形になっています。
内田さんは絵本のために、西郷さんは教科書で国語を教えるために訳したので、これらの違いがあるわけですね。
接続詞もそれぞれの文学的効果をより高めるものが使われているため、そのほとんどが違います。
- 内田莉莎子訳:ところが、それでも、まだまだ、まだまだまだまだ、それでも、やっとの順
- 西郷竹彦訳:けれども、それでも、やっぱり、まだまだ、なかなか、とうとうの順
読み聞かせをする場合などは、二つを読み比べてみて、子どもと一緒に効果の違いについて話し合ってみても面白いかもしれません。
『おおきなかぶ』ー感想
『おおきなかぶ』は小学校の教科書で読んだ記憶があります。
どんどん力の弱い助っ人が増えていくのですが、最終的にはなぜか抜けるカブ。あまり釈然としませんでした。
「なんでもっと力のある人を連れてこないの?」と思ったことをよく覚えています。
登場人物はおじいさんとおばあさん、孫娘と犬と猫とネズミ!
ですが大人になったいま読んでみると、いろいろなことが見えてきます。
息子がいない時間帯に起こった出来事
『おおきなかぶ』で見えてくるのは、息子がいない時間帯のロシアの家庭(約100年前)です。
おそらく息子は働きに出ていて、息子の妻も何かしているのでしょう。
要するに力のある人間がいないのです。
そんなとき、なかなかカブが抜けないという問題が発生し、そこにいる者だけでどうにか切り抜けようとする。
そして息子が帰ってきたときにこう言うのでしょう。
「いやあ、今日は大変だったよ。かぶがなかなか抜けなくてね。犬や猫、ネズミにまで手伝ってもらってようやく抜けたのさ。はっはっは」
日本の諺にも「遠くの親戚より近くの他人」とあるように、意外とこのような話はあるあるなのでしょう。
こう考えると、『おおきなかぶ』はユーモラスで暖かい笑いに溢れるお話のように思います。
うがった見方〜農奴制のなかの『おおきなかぶ』〜
うがった見方をすれば、『おおきなかぶ』のお話は息子がいないことの強調とも読めます。
力のある息子がいなければ、主要な食物であるカブを抜くことすらままならず、家族総出で作業しなければいけない。
もっと言えば動物にも手伝ってもらって、それでようやく抜くことができる。
こんなにも大変なのに、息子はどこへ行ってしまったのか?
『おおきなかぶ』の原話は、1863年のアファナーシエフ・アレクサンドル『ロシア民話集』にも「蕪」として収められているので、少なくとも農奴解放令(1861)以前からある民話です。
16世紀から続く農奴制のなかで生まれた話だとすると、「息子」は農奴として領主の地で働かされていたのかもしれません。
農奴制のなかの農民は過酷な境遇であり、決して今のような自由や幸せを享受していたわけではないでしょう。
そう考えると、「大きなかぶ」という存在自体も、まるで宝の山を目にするような、夢のある話として成立していたのかもしれません。
以上、『おおきなかぶ』のあらすじ&解説でした。