『或阿呆の一生』とは?
『或阿呆の一生』は、芥川の死後に発表された遺稿の一つです。
主人公の、二十歳の頃の回想から死の直前までの印象風景が描かれています。
作中には、芥川とゆかりの深い人物や、関係の深かった女性などが包み隠さず描かれているため、芥川の自伝的な小説だといえます。
-解説(考察)-
・『或阿呆の一生』に登場する実在の人物
『或阿呆の一生』には
- 先輩
- 先生
- 友達
といった言葉が出てきます。
先生って誰なんだろう?先輩って誰なんだろう?そう思った方も多いのではないでしょうか?
人物名は出てこずに、彼らと主人公の関係性で語られるので、読むだけでは誰だか分からないと思います。
ここでは、彼らが誰なのかをまとめました。
- 五章に出てくる「先輩」は谷崎潤一郎
- 十章、十一章、十三章に出てくる「先生」は夏目漱石
- 五十一章で発狂した「友達」は作家の宇野浩二
です。芥川の交友関係が分かりますね。
芥川は夏目漱石の門下生であり、漱石を先生と呼んで慕っていました。初期の作品である『鼻』を漱石に褒められた話は有名です。
また谷崎潤一郎は大学の先輩であり、プライベートでの交流も多かったようです。
このように、芥川の周りに実在した人物が描かれているので、交友関係から芥川龍之介という「人間」を見ることができます。
・『或阿呆の一生』に登場する女性
この作品には色々な女性が出てきます。
- 二章の「母」
- 三章の「叔母」
- 十四章や四十三章などの「妻」
また、芥川は多くの女性と関係を持っていた事で有名です。
たとえば、
十七章の「蝶」や、二十一章の「狂人の娘」、三十七章の「越し人」
などは、妻以外の女性と何かしらがあったことを暗に示しています。
彼女たちのモデルについては、様々な憶測が立っていますが、なんにしてもそれだけ多くの女性と交際していたという事です。
芥川は当時文壇のスターでしたから、相当モテていたようです。
そして、少なくとも『或阿呆の一生』に描かれた女性たちとの出来事は、芥川にとって人生を語る上で欠かせなかったということが分かります。
・名が出てくる海外作家
『或阿呆の一生』には作家、哲学者、画家、音楽家など、様々な人物の名前が出てきます。
いずれも芥川が影響を受けた人物ですので、彼らについて少しでも知ることは、作品を読む上で大切なことでもあります。
ここでは簡単に、作中に出てきた人物名と肩書きを一覧形式にしておきました。
章ごとに分けておいたので、これってどんな人だっけ?という方は、ぜひ参考にしてみてください。
- 一章 モーパッサン(作家)、ボードレール(詩人)、ストリンドベリ(劇作家)、イプセン(劇作家)、ショー(劇作家)、トルストイ(作家)、ニーチェ(哲学者)、ヴェルレーヌ(詩人)、ゴング-ル兄弟(作家)、ドストエフスキー(作家)、ハウプトマン(作家)、フローベール(作家)
- 七章 ゴッホ(画家)
- 十六章 アナトール・フランス(作家)
- 十九章 ルソー(哲学者)、ヴォルテール「ガンディード」(哲学者)
- 二十五章 ストリンドベリ(劇作家)
- 四十一章 「魔笛」モーツァルト(音楽家)
- 四十五章 「西東詩集」 ゲーテ(作家)
- 四十六章 ルソー(哲学者)、フランソワ・ヴィヨン(詩人)、スウィフト(作家)
- 五十章 ゴーゴリ(作家)、ラディケ(作家)、コクトー(作家)
こうしてみると、やはり作家が多いですね。
もし興味のある方は、気になった章に出てきた人物を調べてみることをおすすめします。
-感想-
・人間「芥川龍之介」が見える作品
芥川の作風は、『羅生門』や『鼻』などの今昔物語集を原典とした初期から、『地獄変』に代表される芸術至上主義的な中期、『河童』や『一塊の土』『歯車』などの私小説的な後期と分けられることが多いです。
とはいえ、僕は後期の私小説的だと言われる作品でも、フィクションとしての小説が貫かれていたように思います。
芥川自身も私小説という手法には、少し抵抗があったようです。
そんな中、この『或阿呆の一生』は、ほとんど自伝と言ってもいくらい、芥川自身や身辺のことが描かれています。
そうした芥川と小説の関係を踏まえると、この『或阿呆の一生』の終章が「敗北」というタイトルであることは、芥川自身が小説の敗北を感じていたのではないかと考えてしまいます。
しかし、『或阿呆の一生』の面白さは、その「敗北」を、敗北した作者が私小説的な作品に仕上げているというメタ的な構造にしている点にあるような気がします。
ちなみに僕が好きなのは、十一章の「夜明け」や、四十九章の「剥製の白鳥」です。
「夜明け」はタイトル通り希望が描かれている美しい章です。対して「剥製の白鳥」は芥川の鋭い悲しさが描かれている章です。
全部で五十一章からなっているので、読んでみて好きな章を探してみるのもおすすめの読み方です。
以上、『或阿呆の一生』のあらすじと考察と感想でした。
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