芥川龍之介『歯車』を解説!目に見える歯車と目に見えない歯車とは?

投稿日:2019年8月29日 更新日:

『歯車』とは?

『歯車』は、晩年の芥川自身を主人公とした私小説です。芥川の死後発表された遺稿の一つで、精神的な苦悩と陰鬱な生活が描かれています。

タイトルの「歯車」は、晩年の芥川の視界に歯車のようなものが実際に映っていたことから付けられました。

芥川の最高傑作と言う作家も多く、隠れた名作でもあります。ここでは、その『歯車』のあらすじから読解ポイント・感想を見ていきます。



-あらすじ-

主人公は、知り合いの結婚披露宴に行く途中、車に乗り合わせた理髪店の主人と話をします。

その話の中で、レインコートを着た幽霊の話が出ます。

それ以来、主人公はなぜかレインコートを着た人間を頻繁に目にするようになり、憂鬱な気持ちになります。

また、街を彷徨する中で、「死」に関する言葉や象徴をよく目にしたりすることで、次第に主人公の心は暗く沈んでいきます。

それに呼応するかのように、主人公の視界には歯車のようなものが見え始め、ついに自分は狂ってしまうのではないかと懼れます。

物語の終盤、精神の安静のため妻の実家にいきますが、妻にさえ「あなたがんでしまいそうな気がする」と言われ、主人公はやりきれない思いになります。

そうして最後は、「だれか僕の眠っているうちにそっと絞め殺してくれるものはないか?」という言葉で物語が終わります。

・-概要-

主人公
主な舞台 東京
時代背景 昭和初期
作者 芥川龍之介



-解説(考察)-

・『歯車』というタイトルの二つの意味

冒頭でも述べたように、『歯車』というタイトルは、芥川の目の中に見えていた歯車からきています。

芥川は母の精神病を遺伝的に受け継いでいると思っており、自分もいつ発狂するか分からないという恐怖が常にありました。

視界に歯車が見えだしたころ、芥川はそれを発狂の前兆だと考え、もうすぐ自分も頭がおかしくなってしまうと強くおそれていました。

しかし、芥川のみた「歯車」は、「閃輝暗転」という偏頭痛に伴う症状だという説が一般的で、実際、当時の医者にもそう言われています。

とはいえ、芥川はその恐れを払拭することはできませんでした。

それを示すかのように、『歯車』では次のような言葉の連想が多く見られます。

  • 「イライラする――tantalizing(イライラする)――Tantalus(永遠に苦しむ神話の登場人物)――Inferno(地獄)・・・」
  • 「モオル――Mole(もぐら)――la mort(死・[仏語])」

作中の連想は、全て「死」に関連することに繋がっていきます。

こうした連想自体がまるで「言葉の歯車」でもあり、芥川が視界に見えた歯車を「連想」の象徴として捉えていたことが分かります。

いくら偏頭痛によるものだといわれても、その「歯車」から言葉の繋がりを連想してしまうほど感受性が強すぎたために、芥川は精神的に追い詰められたのだと考えられます。

そうした歯車による不安や強迫観念を、意識的に物語にしたのがこの『歯車』という作品です。

このように、『歯車』というタイトルには「閃輝暗転」によって実際に見える歯車と、「連想」の象徴としての歯車という、二つの意味が込められていると考えられます。

まとめると、『歯車』という物語は、目に見える歯車と目に見えない歯車に主人公が追いつめられる話だと言えるでしょう。



・『歯車』から芥川の作家としての悩みを読み取る

作中には「寿陵余子(じゅりょうよし)」のという中国古典の話が出てきます。

そして主人公は、「これは自分だ」と言います。

「寿陵余子」の話を簡単に説明すると、「田舎者の若者が都会の歩き方を学ぼうと村を出たものの、結局都会の歩き方は学べず、田舎での歩き方も忘れてしまった」という説話です。

人の真似をしても自分のものにはできないばかりか、かえって自分の持ち味も損なってしまうという意味の故事になっています。

では、なぜ芥川龍之介が寿陵余子なのでしょうか?その答えは彼の作風の変化にあります。

芥川龍之介は前期・中期・後期と作風が変わる作家です。

前期と中期は芸術至上主義的な傾向が強く、作品も芸術的な作風でした。

しかし後期の芥川は、当時の風潮もあって、私小説風の作品を書いていくようになります。

とはいえ、作家の身辺を描く私小説にすくなくない抵抗があった芥川は、私小説という小説ジャンルを自分のものにすることできませんでした。

けれども、私小説にふれた今では芸術至上主義的な作風に戻ることもできない。

こうした芸術至上主義→私小説という作風の変化を、「寿陵余子」の話に当てはめて表しているのだと考えられます。

このように、芥川の作家としての悩みを『歯車』では見ることができます。



-感想-

・『歯車』で内面を描き、『或阿呆の一生』で外面を描いた芥川龍之介

『歯車』と同時期に執筆された『或阿呆の一生』も芥川の私小説的な作品ですが、あちらは内面とは少し距離を置いて、客観的に芥川龍之介という人物を描きました。

一方でこの『歯車』は、主人公の主観による内面的な苦しさが全面に押し出されています。

つまり、『或阿呆の一生』は芥川の外面を、『歯車』は芥川の内面を描いた作品だといえると思います。

どちらの作品も、芥川自身のことが知りたいという方や、私小説が好きだという方におすすめできる作品です。

個人的には前期や中期の作品に好きなものが多いですが、後期の『歯車』『或阿呆の一生』『河童』などもとても面白いと思います。

読んでみようか迷っている方は、ぜひ読んでみてください。

-評価-

陰鬱とした雰囲気

芥川の感受性と連想力

今日のポイント! 『歯車』の要点

  • 目に見える歯車と目に見えない歯車に追いつめられる話。

作品情報

◆『歯車』(『羅生門 蜘蛛の糸 杜子春 外十八篇』文春文庫)◆

◆ 著者:芥川龍之介
◆ 発行者:花田朋子
◆ 発行所:文藝春秋
◆ 印刷所:凸版印刷
◆ 製本所:加藤製本

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