『グスコーブドリの伝記』をあらすじから分かりやすく解説!テーマの自己犠牲も考察!

『グスコーブドリの伝記』とは?

『グスコーブドリの伝記』は、主人公・ブドリの生涯を描いた伝記物語です。

架空の都市であるイーハトーブが舞台で、その不思議な世界観が魅力的な作品。

ここではそんな『グスコーブドリの伝記』のあらすじ・解説・感想をまとめました。

『グスコーブドリの伝記』のあらすじ

ブドリが10才のとき、寒波のせいで村が飢饉に見舞われます。

父と母は姿をくらまし、妹は男に連れて行かれ、家は知らない大人に奪われます。

ブドリは生きるために働き、勉強して、大人になると町に出ました。

そこでクーボーという大博士に会い、火山局で働くことになります。

研究の成果もあって、火山局は火山の活動を操り、噴火の場所も自由自在に動かすことが出来るようになります。

仕事は面白く、ブドリも27才になりました。

しかしその年、ブドリが幼かった頃に来たのと同じ寒波が押し寄せます。

ブドリは火山を活性化させて寒波を止める方法を思いつきますが、それには一人が犠牲にならなければなりませんでした。

ブドリは覚悟し、自分がその犠牲になることを決意します。

次の日、イーハトーヴの人たちは空が緑いろに濁り、日や月が銅いろになったのを見ました。

その年イーハトーブは飢饉にならず、かつてのブドリの一家のような不幸な家庭はひとつも出ませんでした。

・『グスコーブドリの伝記』の概要

主人公 グスコーブドリ
物語の
仕掛け人
クーボー大博士
主な舞台 イーハトーブ
時代背景 大正時代
作者 宮澤賢治

-解説(考察)-

・ブドリの生涯

『グスコーブドリの伝記』を簡単に言えば、主人公・ブドリの生涯が描かれる作品です。

ここでは、

  • 物語を整理したい
  • 物語の内容をざっと知りたい

という方のために、27歳まで生きたブドリの出来事早見表をまとめました。

『グスコーブドリの伝記』は一度読むだけではややこしく、意外と把握出来ていなかったりもします。

年表なら簡単に物語を理解することができます。

年齢 出来事
0才 木樵りの名人・グスコーナドリの息子として生まれる。
3才 妹・ネリが生まれる。
4~6才 妹のネリと豊かな森で遊ぶ
6~9才 学校に行き始める。昼からは妹と森で遊ぶ
10才 寒波が来て作物が実らず、食料が減る。
11才 飢饉になり、両親は心中、妹は知らない男に連れ去られる。
12才 知らない男に家をテグス工場にされ、そこで働く。
本を読み文字を覚える。
13才 噴火が起き、テグス工場はなくなる。
オリザを育てる赤髭の百姓の元で働き始める。
14才 働きながら本を読み、農学の勉強をさせてもらう。
ブドリのおかげで豊作になる。
15才 雨が降らなかったために不作になる。
16才 同じく不作。
17才 同じく不作。
18才 同じく不作。赤髭がブドリに金を渡し、これで好きなところへ行けという。
19才 本の著者クーボー大博士に会いに行く。
去年新設された火山局で働きつつ、勉強する。
20~21才 仕事に慣れ、全ての火山を把握する。
サンムトリの火山噴火の被害を抑える。
22才 イーハトーブ火山を工作して雨を降らす。豊作になる。
勘違いで不作だった村の人々に殴られる。そのことが新聞に載り妹ネリと再開。
22~26才 楽しい五年間。赤髭に礼を言いに行ったり、ネリに子どもが生まれたりする。
両親の墓があることを知り、墓参りもする。
27才 寒波が来る。ブドリは火山を噴火させて温暖化させる案を思いつく。
噴火の犠牲となって死去。

以上がブドリの生涯です。

こうしてみると、本当に存在した人物のように思えてきますね。

賢治によってそれだけ緻密に人物造形がされているということでしょう。

変更点がない限りこの早見表は保存版として置いておくので、ぜひ何かの参考にしてみて下さい。

・物語のテーマ「自己犠牲と科学」

僕は『グスコーブドリの伝記』の主題を、

  • 科学技術の発達への期待

だと考えます。

この物語で特徴的なのは、SFチックな科学の発達です。

クーボー大博士は小さな飛行船を運転していますし、火山局の壁には色々な電気信号とともに光ったり消えたりするイーハトーブの地図が一面にあります。

また、肥料を思いのままに降らせたり、火山の噴火を工作したりと、科学的な技術が物語の全面に出ています。

火山局は日照りで乾いた土地にも、雨を降らせることを可能にしました。

この技術のおかげで、イーハトーブの多くの民が救われたでしょう。

ラストの場面ではブドリの犠牲こそありましたが、やがては遠隔操作などによってその犠牲もなくなるかもしれません。

注意しなければならないのは、ブドリの犠牲は多くの人の幸福に繋がりましたが、彼の幸福ではないということです。

彼は妹・ネリの子どもの成長をもっと見たかったでしょうし、まだまだ長く生きたかったはずです。死にたかったわけはありません。

ですので、僕はこの物語の主題を「自己犠牲の美しさ」や「自己犠牲の精神」と読むのには反対です。

イーハトーブの科学は、彼のような人を二度と出さないためにも前進するでしょう。

そうして誰も犠牲者が出なくなったとき、初めてほんとうの幸福が訪れるような気がします。

『銀河鉄道の夜 初期形三』のカンパネルラはこう言います。

さあもうきっと僕は僕のために、僕のお母さんのために、カムパネルラのためにみんなのためにほんとうのほんとうの幸福をさがすぞ。

ほんとうの幸福というのは、自分を含めた全体のためでなければいけません。

このようなことから、『グスコーブドリの伝記』には自己犠牲を伴わない「科学技術の発達への期待」というテーマが読み取れるのではないでしょうか。

-感想-

・ペンネン老技師と『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』

『グスコーブドリの伝記』には、原作と言われる『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』という作品があります(ネンが多すぎるのは間違いではないです)。

これは、『グスコーブドリの伝記』に出てくるペンネンナーム老技師と同じ名前です。

僕はクロスオーバー作品が好きなので、彼を『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』のペンネン氏と同一人物だと思っています。

たしかに彼はバケモノで、つじつまの合わないこともあるかもしれません。

ですが、それはひとまず置いておきます。

彼らを同一人物だとして読むことで強調されてくるものは、物語の再現性です。

ブドリが11才の頃に世界を襲った寒波は、彼が27才のときに全く同じように再来します。

とすれば、彼が食い止めた寒波も、約20年後には再びやってくるでしょう。

僕はこの再現性が『グスコーブドリの伝記』という物語の主軸だと考えています。

ですので、ペンネン氏は少年時代に飢饉によって家族を失いますが、時を超えて全く同じ状況が、ブドリとその家族に起こったのではないかと考えているのです。

物語を締める最後の一文も、そうした再現性について言及されています。

 けれどもそれから三四日たちますと、気候はぐんぐん暖かくなってきて、その秋はほぼ普通の作柄になりました。そしてちょうど、このお話のはじまりのようになるはずの、たくさんのブドリのおとうさんやおかあさんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖かいたべものと、明るい薪で楽しく暮らすことができたのでした。

要するにこれは、「ブドリのおかげで、かつてのブドリ一家みたいになる家族はいなかった」ということを言っています。

裏を返せば、「ブドリが命を張らなければ、かつてのブドリやブドリ一家みたいになる家族はたくさんいた」ということです。

ですので飢饉に見舞われたペンネン氏とブドリが全く同じ状況だったとしても、なんら不思議ではありません。

こうしたことから、『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』と『グスコーブドリの伝記』は同じような構成であるけれど、それぞれ独立した物語としても読めるのではないか?というのが僕の考えです。

多少強引ではありますが、そのように読めなくはない効果が二つの作品によって生み出されていると思っています。

『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』は『ポラーノの広場』に収められています。

『風の又三郎』の前身である『風野又三郎』や『銀河鉄道の夜』の「初期形」なども入っているので、賢治作品をより多角的に読みたい方におすすめです。

以上、『グスコーブドリの伝記』のあらすじと考察と感想でした。

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