ジブリ『風立ちぬ』の原作は二冊!
ジブリ『風立ちぬ』は、大きくふたつの原作から作られた作品です。
ひとつが堀辰雄の小説『風立ちぬ』。もうひとつが堀越二郎の自伝『零戦-その誕生と栄光の記録』です。
ここでは、ジブリ『風立ちぬ』のどの部分が自伝で、どの部分が小説なのかを明らかにしながら、原作を紹介していきます。
原作その1:堀越二郎『零戦-その誕生と栄光の記録』
まずは、堀越二郎の自伝『零戦-その誕生と栄光の記録』から見ていきます。
ジブリ『風立ちぬ』のストーリーの骨格となっているのが、この堀越二郎の自伝です。
・内容はジブリ『風立ちぬ』とほとんど同じ
自伝のなかでは、堀越二郎という人物がどのようにして飛行機に携わり、どのようにして零戦を作るに至ったのかが書かれています。
その経緯は、ジブリ『風立ちぬ』で描かれていることとほとんど同じで、映画の世界を原作でも楽しみたいという方は、堀辰雄が書いた小説の『風立ちぬ』より、こちらの自伝をおすすめするくらい、映画と内容が同じです。
・名古屋の工場に勤めたところからスタート
自伝は、二郎が名古屋の工場に勤め始めたところからスタートします。ジブリでいうと上の場面です。
同級の本庄と同じ会社に入社したシーンですが、本庄のモデルとなった本庄季朗(ほんじょうきろう)というエンジニアは、年齢が堀越二郎よりひとつ上で、実際は同期ではありません。
映画では詳しく描かれていませんが、二人が入社したのは「三菱重工業名古屋航空機製作所」で、名古屋市の南、港区大江町の埋め立て地にありました。
作中でも海沿いに仕事場があるので、同じ場所をモデルにしていることが分かります。
・初の戦闘機。鈍重なアヒル
この会社で、堀越二郎は入社五年目にして、最初の戦闘機の設計を任されます。
名称は「七試艦上戦闘機」。自伝では、この飛行機の全体の形を「美しくない」と不満に思った堀越が、「鈍重なアヒル」と形容していて、この「アヒル」という形容は映画でもそのまま使われています。
この戦闘機の製作は失敗に終わりますが、堀越二郎はこの経験を糧に、零戦へと繋がる次の戦闘機を作り出すのです。
・ジブリでメインに描かれていた「九六式一号艦上戦闘機」
そうして作られた次の戦闘機が「九六式一号艦上戦闘機」。
二郎がラストシーンで試験飛行を成功させた、あの戦闘機です。実は、ジブリの『風立ちぬ』で二郎が「零戦」を作っているシーンはないんですね。
ラストにカプローニの夢の中で出てきますが、物語のクライマックスになっているのは、「九六式一号艦上戦闘機」の製作です。
・世界最速&世界最強
最高時速は450キロメートル。映画でも「240ノットです」と報告されており、上司の黒川さんが、「240!?」という嬉しい悲鳴を上げています。
これは当時の世界中の戦闘機の中でトップの速さでした。さらに、模擬空戦で各国の戦闘機にも勝てることが判明し、強さでも世界一ということが分かりました。
堀越二郎の自伝『零戦-その誕生と栄光の記録』には、この「九六式一号艦上戦闘機」が世界的にどのような影響を与えたのか、というところまで詳しく書かれてあります。
・仕事のなかの芸術
この自伝で個人的に面白いと思った部分は、堀越二郎という技術者が、時代や世の中が求めているものを仕事として作っていき、それと同時に、自分の満足いく美しい飛行機をも目指しているというところです。
そして、結果的に彼が美しいと思った飛行機が、求められていた能力を満たすものだったというところに、仕事のなかの芸術を感じます。
・庵野秀明という適役
そうした意味で、ジブリ『風立ちぬ』の堀越二郎の声優が庵野秀明さんだったことは、非常に適役だったのではないかと思っています。
彼もまた、アニメ・映画監督として、時代の求めるものを作りながらも、自分のクリエイティビティを出していくという点で、堀越二郎と似通っている部分があるように思います。
・ジブリ『風立ちぬ』が好きな方は自伝がおすすめ!
堀越二郎の自伝は、ジブリ『風立ちぬ』で描かれた「九六式一号艦上戦闘機」だけでなく、のちに開発された「零戦」の製作や、零戦が世界に及ぼした影響などが、設計者目線で赤裸々に、分かりやすく書かれています。
ジブリ『風立ちぬ』が好きな方なら、自伝も物語を追うように読めると思うので、興味がある方はぜひ読んでみて下さい。
原作にあたりたいと考えている方もこちらの本がおすすめです。
原作その2:堀辰雄『風立ちぬ』
次は、堀辰雄の小説『風立ちぬ』をみていきます。
こちらはストーリーではなく、要素を取り入れたようなかたちなので、堀越二郎の自伝よりは話すことが少ないです。
・映画に取り入れられているもの
具体的には、以下のようなものが映画に取り入れられています。
- ポール・ヴァレリーの詩
- 避暑地でのひととき
- ヒロインの油絵趣味・白樺とキャンバス
- 結核患者の恋
- 富士見高原病院というサナトリウム
- 家で休んでいる菜穂子を庭から訪問する場面
などです。
・菜穂子との恋愛部分は小説から
簡単に言えば、菜穂子との恋愛部分は、小説『風立ちぬ』の要素が取り入れられているということになります。
映画のなかで言えば、二郎が飛行機作りに挫折して避暑地にいく場面や、菜穂子が喀血した場面などですね。
・『美しい村』や『菜穂子』などからも
また、堀辰雄は『美しい村』という小説も書いていて、菜穂子と再会する泉のある小道などは、その小説の雰囲気があるように思います。
さらに、菜穂子が雪のなか富士見高原病院を抜け出し、列車に乗って東京に来るシーンや、ヒロインの名前などは『菜穂子』という小説から取られています。
こうしてみると、『風立ちぬ』だけでなく、堀文学全てを凝縮して取り入れているといった方が正しいのかもしれません。
宮崎駿監督は堀辰雄が好きだと公言もしているので、原作にを読んでみようかなという場合は、『風立ちぬ』をメインにしながら、それ以外の作品も視野に入れておくと良いかもしれません。
・ジブリ『風立ちぬ』と小説『風立ちぬ』は別物!
ただし、堀辰雄の小説は繊細な美しさ(僕個人のイメージでは霧がかった白い美しさ)やサナトリウムを背景にした恋を描いているのに対し、宮崎駿の映画はより多くの人に分かりやすく、受け入れられやすい恋を描いている、といった違いがあります。
そのため、ジブリの『風立ちぬ』を想像して、堀辰雄の『風立ちぬ』を読むと、多くの人が「なんだか少し違うな」となると思います。
もちろん小説には小説の面白さがあるので、宮崎駿の『風立ちぬ』とは少し違う『風立ちぬ』なのだと、頭のすみに置いておきながら手に取ってみて下さい。僕はとても好きな小説です。
堀越二郎×堀辰雄×宮崎駿
ここまでをまとめると、ジブリ『風立ちぬ』のストーリーや、飛行機という夢という部分は、堀越二郎の自伝で。
菜穂子との恋愛や物語の要素は堀辰雄の小説から取り入れられています。
・ジブリオリジナルな部分も
一方で、ジブリオリジナルの場面は、二郎の少年期から名古屋の会社に入社するまでと、黒川家での出来事など。
サバの骨の話なんかも原作には無い部分です。もちろん、カプローニの夢の世界などもオリジナルになっています。
物語を追う形で原作を読みたいなら、自伝『零戦-その誕生と栄光の記録』がおすすめです。ストーリーではなく、結核患者の恋や避暑地の雰囲気を味わいたいという方は、堀辰雄の小説を読んでみて下さい。
以上、ジブリ『風立ちぬ』の原作二冊についてお話ししてきました。
零戦という戦闘機を作った堀越二郎という人間に、堀辰雄のサナトリウム文学を当てはめて、宮崎駿監督が仕上げた映画なんだなぁということがわかってもらえれば嬉しいです。それでは。
この記事で紹介した本