金原ひとみ『ミーツ・ザ・ワールド』の感想&レビュー
10ページあたりでもしかしたらこれめっちゃ面白いかもセンサーが働き、13ページあたりで早くも確信に変わる。
面白い面白いと思いながらどんどん引き込まれていきページをめくる手がとまらず、ページ数が残り少なくなるともう帰らないといけない幼少期の夕暮れ時みたいな切なさを感じた。
金原ひとみさんの『ミーツ・ザ・ワールド』は、ギャルと腐女子が出会って世界が変わるという内容の小説だ。
こうやって書いてみればラノベみたいな設定だなと思うけど、しっかり純文学だからそこも「ラノベ×純文学」というミーツザワールドなわけだ?
ミート・イズ・マインとミーツ・ザ・ワールド
主人公の由嘉里は「焼肉擬人化漫画(ミート・イズ・マイン)」を愛する腐女子として、特異な存在感を発揮する。
彼女の存在・キャラクターが本作の醍醐味と言ってもいいだろう。
「しがらみのない人なんで引かれるのを承知で言いますけど、『ミート・イズ・マイン』は焼肉漫画なんですそれぞれの焼肉の部位がイケメンに擬人化してミノくんとかトモサンとかカイノミンとかがライバル心と仲間意識と自尊心とコンプレックスとの間でゆるっと仲良くしたり仲違いしたりする日常系焼肉漫画なんです。私の推しはトモサンです。一頭につき二キロほどしか取れない希少部位です」
「ああ、そういうやつね。キャバにも結構腐女子いるよ。イケメンの出てくるアプリにハマってる子とか意外と多くて」金原ひとみ『ミーツ・ザ・ワールド』集英社,p13
ここでもう察した人も多いと思うけれど、この『ミーツ・ザ・ワールド』というタイトルはダブルミーニング的でもある。
腐女子とギャル、交わることのなかった両者が出会ってあたらしい世界よこんにちは的な感じと、ミート・イズ・マインが象徴するようなオタク文化の世界よこんにちは的な感じだ。
推しアイドルのために人生を捧げる主人公を描いた『推し、燃ゆ』が芥川賞をサラッと受賞し2021年で50万部以上売り上げたことを見ても、日本のオタク文化は隅々まで浸透し歓迎され1億総オタク社会になりつつあることは誰の目にも明らかだろう。
日本はすでに世界一のオタク国家としての覇道を歩み始めているのだ。
そのありさまを端的に描き鮮やかに成功させてみせたのが『ミーツ・ザ・ワールド』という作品なのである。
市民権を得た腐女子と敗退するギャル
金原ひとみさんは『蛇にピアス』でデビュー後、水商売のギャルやアンダーグラウンドな女性を描き続けてきた。
ハイブランドを身にまとい、挨拶代わりに飛んでくるナンパをいなしてオシャレなカフェで肉またはサーモンを食らい、バーでひとしきり飲んだあと好きな男とホテルへ赴く。
キャリアも十分で恋愛の駆け引きなんて息を吸うみたいにできるリア充の極みのような女の人。すなわち「勝ち組」である。
だが、そんな勝ち組に見える女性たちが抱える闇は意外と深く、その闇と常に向き合ってきたのが金原ひとみという稀有な作家なのだ。
そんな彼女は、常に死にたがっているギャルを『ミーツ・ザ・ワールド』に配置した。
「ずっとこの世界の自分が存在することを肯定しようとしてきた。一時期、もしかしたら存在している私もアリなのかもしれないって思えたこともあった。でもやっぱり違った。私は消えないと私じゃない」
金原ひとみ『ミーツ・ザ・ワールド』集英社,p19
ライという名の彼女は、新宿で酔い潰れていた腐女子の由嘉里を助けて家に招き入れる。
恋愛経験ゼロの由嘉里はキャバ嬢のライに拾われることで新しい世界と出会い、腐女子である自分を肯定していく。
しかしライの方は由嘉里と出会っても希死念慮が消える様子はない。
ここでは腐女子の市民権獲得とギャルの敗退が象徴的に描かれ、時代の隆盛を感じさせる構成になっている。
・恋愛以外の救い
初期の頃には恋愛至上主義的な作品を書きまくっていた金原ひとみさんは、腐女子の由嘉里にこんな脳内セリフを言わせている。
恋愛だったり友達関係だったり、読書だったりスポーツだったり、買い物やホスト、ギャンブルやお酒、あらゆるものが誰かの救いとして機能しているのだろう。だったら別に、恋愛じゃなくてもいいのかもしれない。
金原ひとみ『ミーツ・ザ・ワールド』集英社,p63
恋愛じゃなくてもいいのかもしれない、なんて15年前の金原作品には考えられなかった。由嘉里というキャラクターでなければ、今でも珍しいと言えるだろう。
これまでの主人公がどれほど恋愛に生きていたか、ためしに2006年刊行の『オートフィクション』から一文を引いてみたい。
ああどうして、世界は彼が浮気した瞬間に破滅するシステムになっていないのだろう。そうなっていれば、私は彼が浮気した世界などに生きなくてすむというのに。ああ死にたい死にたい彼が浮気をしている世界なんて破滅すればいい。
金原ひとみ『オートフィクション』集英社
恋愛が持つ地獄性に苦しむ主人公を設定して、金原文学は恋愛の中の救いを模索し続けてきた。
そんな恋愛の存在意義自体をやんわりとはいえ否定したことで、『ミーツ・ザ・ワールド』はにわかに異彩を放ち出す、と同時に悲劇性がグッと高まるのである。
「救いの手段はほかにもあるから、恋愛じゃなくてもいいのかもしれない」ということは、逆説的に、恋愛にのみ生きる希望を見出している人にとって救いは存在しないということだ。
それでも由嘉里は、死にたがりのライを助けようとし続ける。ミーツ・ザ・ワールドの果てにあるものを信じて。
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