『たぬきの糸車』とは?
『たぬきの糸車』は、たぬきとおかみさんの暖かい関係性が特徴的な、伊豆の昔話です。
岸なみさんによって編集され、国語の教科書教材にも採用されています。
ここでは、そんな『たぬきの糸車』のあらすじ・解説をまとめました。
『たぬきの糸車』のあらすじ
むかし、あるところに木こりの夫婦が住んでいました。
山奥の一軒家なので、たぬきが毎日のようにやってきては、イタズラをします。
困った木こりはワナを仕掛けました。
ある月の綺麗な晩のこと、おかみさんが糸車を回していると、障子の影にたぬきが写っています。
たぬきはおかみさんの真似をしながら、キークルクルと糸車を回すのでした。
おかみさんはいじらしくなって、「いたずら者だが、可愛いな」と思います。
ある晩、たぬきが罠にかかっていました。
見つけたおかみさんは可哀想に思い、たぬきを逃してやります。
冬になると、木こりは村へ降りていきました。
そして春になり小屋へ戻ってくると、白い糸のたばが山のように積んであったのです。
たぬきが糸を紡いでいたのでした。
たぬきはおかみさんに見つかると、嬉しくてたまらないといったふうに、ぴょんぴょこ踊りながら帰っていきましたとさ。
『たぬきの糸車』ー概要
物語の中心人物 | たぬき |
物語の 仕掛け人 |
おかみさん |
主な舞台 | 山小屋 |
作者 | 岸なみ |
『たぬきの糸車』ー解説(考察)
伊豆の民話『たぬきの糸車』
『たぬきの糸車』は伊豆の民話で、児童文学作家である岸なみ氏による再話です。
たぬきは「イタズラ好き」として、日本の昔話にはよく登場します。
有名なところでは『カチカチ山』のたぬきや、『ぶんぶく茶釜』のたぬきなどがそうです。
和尚さんとセットで登場することも多く、『たぬきのしっぽ』や『たぬき和尚』がそれに当たります。
たぬきが懲らしめられる、あるいは殺されて狸汁にされるケースもありますが、『たぬきの糸車』はほのぼのとしたハッピーエンド。
小学校の教科書にも載っており、子どもたちにも親しまれているお話です。
編者の岸なみさんは、伊豆民話の特徴について次のように述べています。
昔から伊豆は罪人遠流の地とはいいながら、森林あり鉱山あり温泉あり、水田は豊かに、海の幸、山の幸にめぐまれ、したがって、領主の搾取とか、百姓一揆とかいう百般人事の相克は他国にくらべてきわめて薄く、「伊豆の民話」のありようは、めぐまれた国のよさで、きびしい生活条件の中のもり上がる感動には欠けていますが、人間本然の哀愁の中に、のんびりとした明るさがあり、私は伊豆人のひとりとして、それをこよなくよしと思うものでございます。
岸なみ編『伊豆の民話』未来社,p2
『たぬきの糸車』に見られるのびのびとした明るさは、このような伊豆の風土が生んだものかもしれません。
おかみさんとたぬきの交情
『たぬきの糸車』で特徴的なのは、おかみさんとたぬきの交情です。
はじめはイタズラたぬきとして登場しますが、たぬきがおかみさんを真似て糸を紡ぐシーンを経て、おかみさんはたぬきに対して情が湧いてきます。
それはまるで影絵芝居をみているようで、おかみさんは、山奥のさびしいくらしにそんな風なあいきょうをみせてくれるたぬきを、にくめなくなってきました。
岸なみ編『伊豆の民話』未来社,p64
ちなみに教科書に採用されている文章では、「いたずらもんだが、かわいいな」という表現のみに留まっています。
そんな情から、おかみさんはたぬきが罠にかかっても「狸汁にされてしまうで」と言いながら、逃してあげるのです。
たぬきを愛らしく思ったおかみさんが、罠にかかったたぬきを助け、たぬきはおかみさんに恩返しをする。
『たぬきの糸車』は動物が恩返しをするパターンの昔話、いわゆる動物報恩譚です。
例を挙げると、『鶴の恩返し』や先ほどの『ぶんぶく茶釜』もそうですね。
『たぬきの糸車』がこれらの報恩譚と異なる点は、報恩行動の前に、おかみさんがたぬきをいじらしく思っている点にあります。
- 一般的な報恩譚:困っていたから助ける→恩返しをされる
- 「たぬきの糸車」:たぬきが可愛い→困っていたから助ける→恩返しをされる
これは、お話の設定が「木こりの夫婦」であることと関係してきます。
ピアジェの発達段階で読み解くたぬきの「マネ」行動
『たぬきの糸車』の登場人物は、おかみさんと木こりです。
この夫婦には子どもがいませんでした。
そこへおかみさんの真似をするたぬきが現れ、おかみさんは思わず「かわいいな」と感じるわけです。
発達心理学者のピアジェによれば、子どもは生後8ヶ月には模倣行動が始まり、マネをすることで世界のことを知っていくそうです。
2歳や3歳になると、子どもは親のことをなんでも真似する「マネマネ期」がやってきます。
『たぬきの糸車』のたぬきも子どもと同じように、かなり真似をしています。
赤ん坊のなきごえをまねしたり、わっしょい、こらしょいと、人間が荷物をしょってあるくまねをしたりしてみせるのでした。
おかみさんの手つきをそっくりそのまま、たぬきが糸をつむぐまねをして、くるくると糸車をまわす格好をしているのが、障子にはっきりとうつっているのでした。
月の美しい夜は一そう浮かれて、わっしょい、こらしょいと荷物をしょいあるき、それにあきると、くるくるからからと糸車をまわすまねをくり返しました。
岸なみ編『伊豆の民話』未来社,p64
こうしたたぬきの子どもらしい模倣行動に、おかみさんは母性本能をくすぐられ、たぬきを助けたのではないでしょうか。
ここに、ただの動物報恩譚にはない物語の暖かさがあり、それが子どもにとっても親しみやすい魅力になっていると考えられます。
たぬきが紡いだ糸はいくらになるか?
『たぬきの糸車』は、たぬきがおかみさんに恩返しをするお話です。
その恩返しの内容は、木こりの夫婦が村におりている冬の間中、糸を紡ぐというものでした。
おかみさんはあっと声をあげました。
小屋の座敷の上には、白い糸が山のように束ねて、つんでありました。岸なみ編『伊豆の民話』未来社,p66
教科書版には具体的なことは書かれてありませんが、『伊豆の民話』には次のようにあります。
たぬきは、おかみさんのために、一年中の糸を、みんなつむいでおいてくれたのでありました。
岸なみ編『伊豆の民話』未来社,p67
冬から春までの間で一年中の糸を紡いだということは、たぬきはおかみさんと比べて二倍の生産性があることになります。
もしこの後もたぬきが手伝ってくれるのだとすれば、おかみさんと力を合わせて、以前の3倍の収入を得ることができるわけです。
こうなると、木こり夫婦の生活は上向くことでしょう。
実は木こりの夫婦は、里に住みたいという願いを持っています(教科書版ではその一文は削除されています)。
一日の仕事がおわると、おかみさんは夜おそくまで糸車をまわして、糸をつむぎました。いっしょうけんめい働いて、いつかお金がたまったら、里にすむようになりたい、というのが夫婦の願いでした。
岸なみ編『伊豆の民話』未来社,p62
もしかすると、夫婦に子どもがいなかったのも、経済的な理由があるのかもしれません。
糸を売りお金を得て里に住むことができたら、夫婦は「里の家」と「子ども」の両方を得ることになります。
それは全ておかみさんの「かわいいな」という感情からくるものであり、母の愛の偉大さというテーマも浮かび上がってくる気がします。
しかし、そうなるとたぬきとは離れて暮らすことになるでしょう。
このジレンマがどういう結末を迎えるのか、お話の続きを想像してみるのも楽しいですね。
『たぬきの糸車』ー感想
キークルクルキークルクルのリフレイン
『たぬきの糸車』では、おかみさんが紡ぐ糸車の音が効果的に使われています。
キーカラカラ キーカラカラ
キークルクル キークルクル岸なみ編『伊豆の民話』未来社,p62
昔話の世界に一気に引き込まれるこの場面。
黙読していても、ここだけは頭の中で勝手にリズムをつけてしまいます。
もっといえば、そのリズムはかつて誰かが読んでくれたであろうお話のリズムをもって再現されるので、どこか懐かしささえあります。
物語の後半、このリフレインは再び登場します。
しかし、それはおかみさんの紡ぐ糸車ではなく、たぬきが紡ぐ糸車でした。
ここにおいて、読者は『たぬきの糸車』というタイトルの意味に思い至り、お話はクライマックスを迎えるのです。
短いながらも、効果的な構造を持った優れた民話だと思います。
ちなみに糸車の音は池田市立歴史民俗資料館がYouTubeで配信しているので、興味がある方は聞いてみてください。
以上、『たぬきの糸車』のあらすじ&解説でした。