書評

『21Lessons』現代小説好きにおすすめしたい一冊

2021年9月12日

『21Lessons』書評 -現代の物語-

人間、または社会の問題を的確に捉え、浮かび上がらせ、そこに書き手なりの答え・解決策を提示する。

優れた小説には、多かれ少なかれ、そうした側面があると思います。

小説にそうした「答え」を求めている人にとって、ユヴァル・ノア・ハラリの『21Lesson』は、小説よりも多くの真実を語ってくれる一冊になるかもしれません。

現代の物語

この本は、グローバルな視点で、現代社会における21の問題点を提示し、それに対する著者の見解がまとめられたものです。

1つの問題点だけで一篇の小説のテーマになり得るので、それぞれが「現代の物語」といってもよいでしょう。

たとえば1章の「幻滅」では、第二次世界大戦から現代にかけて、3つの社会システムのせめぎ合いが描かれます。

すなわち、

  • 結束主義(ファシズム)
  • 共産主義
  • 自由主義

の3つです。

敗北したファシズム

ご存じの通り、第二次世界大戦でファシズムは敗北します。

敗北したファシズム国家

  • ナチス率いるドイツ
  • ムッソリーニ率いるイタリア
  • 天皇信仰を利用した軍国日本

そうして世界の物語は、共産主義と自由主義のふたつが残ります。

自由主義の勝利

戦後、世界はふたつの陣営に分かれます。

  1. 自由主義の西側陣営:アメリカ・ヨーロッパなど
  2. 共産・社会主義陣営:ロシア・中国・アフリカ諸国など

各地での代理戦争、両陣営の軍拡がどんどん進み、様々な局面を経て1980年代まで続きます。

しかし、1990年前後、世界的な民主自由主義の波が広がり、1990年前後に社会主義陣営の国々が次々と崩壊。

冷戦は終結を迎えて、世界は自由主義というひとつのシステムを信じて動き始めるのです。

歴史の終わりと人々の幻滅

こうした歴史をざっと概観して、著者のユヴァル・ノア・ハラリはこう言います。

ところが、二〇〇八年のグローバルな金融危機以来、世界中の人々が自由主義の物語にしだいに幻滅するようになった。(中略)イギリスでは国民投票でEU離脱が是認され、アメリカではドナルド・トランプが大統領に選出された二〇一六年は、この幻滅のうねりが西ヨーロッパと北アメリカの中核的な自由主義国にまで達したことを告げる年となった。

ユヴァル・ノア・ハラリ『21Lesson』

第二次世界大戦時には3つあった選択肢が、戦後には2つになり、1990年代末には1つになり、2018年には1つもなくなってしまった。

これが、現代の混迷と虚無感を生み出している大きな原因であると、著者は指摘します。

自由主義の問題

さらに、経済成長に依拠していた自由主義は、生態系の破壊や温暖化、富の集中といった問題にも直面しています。

こうしたグローバルな問題から、多くの個人に直接迫る問題もあります。

すなわち、自動化・機械化による雇用の縮小です。

  • 機械やAIによって仕事を奪われた人々は、どのような選択肢が残されているのか?
  • 自動化が進んだ世界で、われわれはどのように生きるのか?

といったことが、続く2章の「雇用」では述べられていくます。

『21Lessons』で書かれていること

このように『21Lessons』では、21の問題点と著者の見解がまとめられていきます。

著者の文章は明快で、たとえはユーモラスで、大変読みやすいです。

全てを読んだあとは、現代の人類が直面する問題や、それに対するの思考の一助を、あなたは手にしているでしょう。

『21Lessons』で書かれているテーマは以下の通りです。

  1. 幻滅
  2. 雇用
  3. 自由
  4. 平等
  5. コミュニティ
  6. 文明
  7. ナショナリズム
  8. 宗教
  9. 移民
  10. テロ
  11. 戦争
  12. 謙虚さ
  13. 世俗主義
  14. 無知
  15. 正義
  16. ポスト・トゥルーズ
  17. SF
  18. 教育
  19. 意味
  20. 瞑想

これらの章を読んで得られる知識や思考は、それぞれのテーマで書かれた小説を読むのと同じか、あるいはそれ以上のものです。

現代小説の読解にも好影響

また、こうした現代の思考をインプットしておくと、現代の小説を読んだときの反応も違ってきます。

たとえば、2017年にセンセーションを巻き起こし、27ヵ国に翻訳された『カンバセーションズ・ウィズ・フレンド』。

「ミレニアム世代の代弁者」と言われた、1991年生まれの作者、サリー・ルーニーの中編小説です。

サリー ルーニー (著)/山崎 まどか (訳)

内容は、二人の若い女性の友達関係を描いた、他愛のない物語。

ふつうに読めば、なんてことのない小説です。

しかし、主人公のぼんやりとした虚無感や、労働に対する消極的な態度からは、『21Lessons』の「幻滅」や「雇用」で書かれてあることが見てとれます。

それ自体でも、小説を読む手助けでも有用

現代の問題を知っておくと、現代小説のなかにある問題も見いだしやすくなり、作品の深い理解にも繋がります。

『21Lessons』は現代小説を読むうえでの前提知識として、かなり役立つ一冊です。

小説が好きで、広いテーマを探求したいという方は、ぜひ読んでみて下さい。

ユヴァル・ノア・ハラリ (著)/柴田裕之 (訳)