『源氏物語』第12帖「須磨」のあらすじ
須磨行きを決める
弘徽殿女御の勢力が増し、謀反の罪を着せられて官位を剥奪された光源氏。
これ以上の辱めを受けないよう、自ら須磨へ身を隠すことに決めます。3月20日頃のことでした。
女性たちに別れの挨拶をする
心残りなのは、京に残すことになる恋人たち。
もしかすると、これを限りに一生会えないかもしれない。
妻の若紫をはじめ、花散里、朧月夜、藤壺など、彼女たちとのいつまでとも分からない別れに、嘆く光源氏なのでした。
須磨へ着き、恋文を送る
ごく少数の従者と須磨へ着いた光源氏。
侘しい住まいをととのえると、すぐに都が恋しくなります。
京にいる女性たちに文を送り、その返事に心を慰めます。
明石入道の思惑
須磨の近くには、播磨守である明石入道がいました。
実は彼は、光源氏の母・桐壺のいとこだったのです。
明石入道はこれを機会に、娘・明石の君を光源氏のもとへ嫁がせようと考えます。
頭中将(宰相中将)の訪問
約一年が過ぎた2月20頃。
親友である頭中将が、弘徽殿女御の怒りを買うことも顧みず、須磨まで源氏を訪ねてきます。
源氏は感激し、二人は友情を温めあいますが、帰る頃にはいっそう寂しい思いを募らせるのでした。
突然の大嵐
三月の上巳(3月3日にお祓いをする行事)、海ではらいを行っていると、突然大雨大風が吹き荒れて、雷を伴う大嵐となります。
そしてその夜、源氏は竜王を夢に見て、海辺の暮らしの不気味さを思うのでした。
『源氏物語』「須磨」の恋愛パターン
光源氏―京にいる女性たち
- 光源氏:須磨に流され、京にいる女性たちと恋文を交わし合う
- 藤壺:息子の後見人である源氏がいなくなってしまったことを不安視する
- 若紫:生き別れとなった夫の不在に嘆き悲しむ
- 花散里:源氏の援助がなくなり今後が不安
- 朧月夜:人目に憚れる恋愛なので心苦しい
- 六条御息所:思いも寄らぬ源氏の境遇を嘆く(彼女だけは伊勢にいる)
『源氏物語』「須磨」の感想&面白ポイント
光源氏はなぜ須磨へ退去したのか?
ついに須磨行きが決定した光源氏。
須磨行きが決まった過程は以下の通り。
- 朱雀帝の妻である朧月夜(右大臣の娘)と光源氏の逢瀬が右大臣に知られる(「賢木」巻)
- 朱雀帝の祖父・母親として権力を握っていた右大臣と弘徽殿女御の怒りが爆発
- 光源氏は「謀反(帝への裏切り)」の濡れ衣を着せられ、官位を剥奪される
- 謀反の罪人であれば、最悪「島流し」になるため、それは避けたい光源氏
- 自ら須磨へ行くことで、謀反の意志がないことを示そう&東宮(藤壺との息子)にも危害が及ばないようにしようと考える
- 弘徽殿女御がことを大きくする前に、こっそりと須磨へ旅立つ
こんな感じで泣く泣く都の人々と別れて、光源氏は一晩で須磨へと着きます。
6人ほどの従者だけ(しかも男ばかり)を連れて、女性は誰も連れて行きませんでした。
世間の人々は真相を見抜いている
こうして光源氏は謀反の罪で憂き目に遭ったのですが、世間の人々はそうは捉えていません。
そのことは、明石入道とその妻の会話から分かります。
本文
「桐壺更衣の御腹の源氏の光君こそ朝廷の御かしこまりにて、須磨の浦にものしたまふなれ。吾子の御宿世にて、おぼえぬことのあるなり。いかでかかるついでにこの君に奉らむ」と言ふ。母「あなかたはや。京の人の語るを聞けば、やむごとなき御妻どもいと多く持ちたまひてそのあまり、忍び忍び帝の御妻をさへ過ちたまひてかくも騒がれたまふなる人は、まさにかくあやしき山がつを心とどめたまひてむやと」言ふ。
『源氏物語』「須磨」
謀反の罪というのは建前で、朧月夜に手を出したことが朝廷の反感を買ったと認識されているわけですね。
この点は光源氏にとって、少しの慰めにはなりそうです。
女性関係の整理。5人+1人
葵上の出産でバタバタとしてからこっち、光源氏の女性関係は様々なことがあって、慌ただしいままでした。
- 今、みんなは光源氏をどう思っているのか?
- そもそも光源氏と交流のある女性は誰か?
こうした読者の疑問に整理をつけるかたちで、「須磨」の巻では京にいる女性との手紙のやり取りがおこなわれます。
「須磨」の巻時点で、光源氏と懇意にしている女性は以下の5人です。
- 若紫:正妻として光源氏を想い続ける
- 藤壺:出家したが光源氏には冷たくしすぎたかとも思う
- 朧月夜:朱雀帝に愛されているものの光源氏を想う
- 花散里:経済的な援助とマメな愛情をありがたく思う
- 六条御息所:伊勢にいるが光源氏への想いは捨てきれない
この5人に加えて、明石入道の娘である「明石の君」との関係が匂わされています。
手紙の内容からは、藤壺も態度を軟化させていますし、六条御息所とも絶縁とはならなさそうです。
つまり「須磨」の巻は、『源氏物語』第二章の始まりを示すような回となっていることが分かります。
頭中将の友情
この巻で一番感動的に描かれていたのは、頭中将(宰相中将)がやってくる場面。
そんな折、頭中将は「弘徽殿女御なんて知ったこっちゃねぇやい!」と光源氏を訪ねてきます。
頭中将は今は宰相となって、人柄もたいへん優れているので、世間からの人望も厚くいらっしゃるが、くそったれな世の中が面白くなく、何かにつけて光源氏に会いたいなぁと思っているものだから、たとえこのことが知られて罪を受けたとしても良いと考えて、にわかに須磨までお越しになる。着いて源氏の君の顔を見るなり、あまりの嬉しさに涙が一筋こぼれるのだった。
(大殿の三位中将は、今は宰相になりて、人柄のいとよければ、時世のおぼえ重くてものしたまへど、世の中あはれにあぢきなく、もののをりごとに恋しくおぼえたまへば、事の聞こえありて罪に当たるともいかがはせむと思しなして、にはかに参でたまふ。うち見るより、めづらしううれしきにも、ひとつ涙ぞこぼれける)
『源氏物語「須磨」』
これには光源氏も感謝感激で、二人は友情を温め合うわけです。
彼らは語りあい、歌を詠み、琴を鳴らしながら過ごし、境遇を忘れるようなひとときを楽しみます。
光源氏は形見にと素晴らしい黒馬を送り、頭中将はすぐれた笛をプレゼントします。
そしてついに帰って行くのですが、非常な悲しさに打ちひしがれる源氏でした。
みんな泣きすぎ「須磨」の巻!水のイメージと幻想性
「須磨」の巻は、光源氏の境遇をめぐって泣くシーンがかなり多いです。
最初の方はしみじみもしますが、段々「また泣いてる・・・」と思ってしまうほど。
泣くシーンがどのくらい多いのかためしに数えてみたところ、なんと21箇所もありました。
- 光源氏が左大臣家で夕霧(光源氏の息子)を見て泣く
- 左大臣が光源氏との別れのときに泣く
- 左大臣家の中納言が源氏と別れるときに泣く
- 光源氏が夕霧と別れるときに泣く
- 左大臣家一同が源氏を見送るときに由々しいほど泣く
- 若紫が源氏との別れを思って泣くが涙は見せまいとする
- 朧月夜が光源氏の境遇を思って泣く
- 父・桐壺院の墓の前で、光源氏が自身の身の上を思って泣く
- 若紫が源氏との別れの際に泣き沈む
- 光源氏が須磨から若紫と藤壺に手紙を書きながら泣く
- 光源氏が朧月夜からの手紙を読んで泣く
- 六条御息所の従者が須磨へ来て、源氏を見て泣く
- 朧月夜が朱雀院と話しているときに源氏を思って泣く
- 秋の夜中に琴を弾きながら歌い出した光源氏に感化されて従者たちが泣く
- 十五夜に光源氏が歌を詠んで一同が泣く
- 大弐の一行が須磨の浦を通るときに源氏の琴の音を聞いて泣く
- 須磨にとまった大弐と迎えの人々が源氏の境遇を思って泣く
- 都の東宮が光源氏がいないのを寂しく思って泣く
- 須磨へ来て一年が経とうとしている折、光源氏が都を思って泣く
- 光源氏のもとへ思いがけず親友・頭中将(宰相中将)が訪ねてきて泣く
- 宰相中将と時間をすごしながら哀しくて一同で泣く
この異常なまでの涙に加えて、「須磨」の巻末ではその涙の悲しみを象徴するかのような大雨が降り注ぎます。
そしてその晩、光源氏は海の中の竜王の夢を見ます。
- 涙
- 須磨の海
- 大雨
- 海の竜王
最初から最後まで「水」のイメージで尽くされたこの巻は、不思議な幻想性をもって幕を閉じるのです。
さて次は「明石」の巻です。ここで描かれた水のイメージは、どのように引き継がれてゆくのでしょうか。
『源氏物語』「須磨」の主な登場人物
光源氏
弘徽殿女御の企てにより、朱雀帝謀反の罪を着せられて官位剥奪。
これ以上の辱めを避けるべく、自ら須磨へと下った。
若紫
夫との生き別れに嘆き悲しむ。
彼女が人と別れるのは、祖母、母、父、夫と4人目。
藤壺
息子・東宮の後見人である光源氏が須磨に行ったため、先行きを不安に思う。
朧月夜
源氏が追い落とされる原因となった彼女。
世間の人々はみな源氏との仲を知っており、朱雀帝からも恨み言を言われる。
花散里
一途に光源氏のことを思うが、源氏は彼女の経済的な部分を心配している。
六条御息所
伊勢にいる彼女は、光源氏の境遇を聞いて驚き悲しむ。
明石入道
明石にいる播磨守で、源氏の母・桐壺とは従姉妹。
娘の明石の君を源氏に嫁がせたいと考える。
頭中将(宰相中将)
左大臣家の長男だが、妻が右大臣の娘・四の君なので、現政権でも着実に昇進していく。
弘徽殿女御の怒りを買うことも顧みず、須磨まで源氏を訪ねてくる友情を見せる。
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