『源氏物語』第38帖「鈴虫」のあらすじ
女三の宮の出家を悲しむ光源氏
柏木と関係を持った罪の意識から、女三の宮が出家して一年が経ちました。
光源氏は彼女の尼姿を見ては悲しみますが、今後も変わりなく支えていくことを決意します。
女三の宮の邸に鈴虫を放つ
女三の宮の邸は、尼にふさわしいように、慎ましく作り変えられました。
庭には鈴虫が放たれ、秋の趣きもひとしおです。
鈴虫にこと寄せて光源氏は歌を詠みますが、女三の宮の返歌は張り合いのないものでした。
冷泉帝の召集に応える光源氏たち
8月15日の秋、鈴虫の音を聞きながら、光源氏や夕霧、兵部卿宮らが月を愛でています。
そこへ冷泉院(光源氏の息子)からの召集がありました。
一同は冷泉院のもとへ行き、引き続き秋の音楽の遊びに興じます。
秋好中宮の出家願望
光源氏は冷泉院の邸へ来たついでに、秋好中宮(冷泉院の正妻で光源氏の養子)にも挨拶をします。
彼女は出家の意を光源氏に漏らしますが、彼はそれをなだめて止めようとするのでした。
『源氏物語』「鈴虫」の恋愛パターン
光源氏―女三の宮
- 光源氏:出家した女三の宮に悲しみを訴え、住まいを慎ましく造り変える
- 女三の宮:柏木と関係した罪の意識から出家し、光源氏と別々に住むことを望むがまだ六条院にいる
『源氏物語』「鈴虫」の感想&面白ポイント
二千円札に描かれる「鈴虫」巻
二千円札の裏には、『源氏物語』第38帖「鈴虫」巻の一部が描かれています。
ここでは、
- 描かれている人物は誰か?
- 書かれている言葉は何か?
- 全54帖のうち、なぜ「鈴虫」巻なのか?
について解説します。
財務省の公式見解
二千円札の図柄採用理由には、財務省が出している公式見解があります。
簡単にまとめると、
- 日本を代表する世界に誇るべき古典文学だから
- 文字の美しさの評価が高いから
以下が引用です。
裏面:「源氏物語絵巻」と「紫式部日記絵巻」
源氏物語が、今からおよそ千年前の平安時代中期、紫式部により書かれた、我が国が世界に誇るべき文学作品であることから、採用したものです。
左側には「源氏物語絵巻」の「鈴虫」の絵と詞書を重ねたものが、右側には「紫式部日記絵巻」の紫式部の絵を素材としています。
なお、「鈴虫」の詞書については、絵の場面とは異なりますが、「鈴虫」の冒頭にあたり、「すずむし」の文字がみられ、また、文字の美しさという点で評価が高いことなどから採用したものです。「源氏物語絵巻」の「鈴虫」の絵と詞書及び「紫式部日記絵巻」に描かれている紫式部の絵は、いずれも東京都世田谷区の五島美術館が所蔵しています。
しかしこれだけでは、なぜ「鈴虫」巻なのか?が分かりません。
その理由を、紙幣に描かれている絵と言葉から考えていきます。
二千円札に描かれているのは冷泉院と光源氏の対面シーン
二千円札に描かれている人物は、
- 左:冷泉院
- 右:光源氏
です。
このシーンは、物語の背景を知らなければよく分かりません。
冷泉院は14歳のとき、父親だと思っていた人物が、実は父親ではなかったという経験をします。
そして、本当の父親は光源氏でした。
▽冷泉帝と光源氏の人物関係図。
本当の父子であるにも関わらず、世間的には異母兄弟。
しかも、光源氏が臣下ということもあって、頻繁には会えなかった二人でした。
冷泉帝はずっと光源氏と仲睦まじく話したいと思っていたため、若くして帝の位を退きます。
そうして位の隔てもなく、久々の対面となったのが「鈴虫」巻でのこと。
つまり、二千円札に描かれている『源氏物語絵巻』は、
久しぶりの父子の対面
という感動シーンなわけですね。
ちなみに、光源氏と冷泉院は顔がそっくりなので、二千円札に描かれている二人の顔もほとんど変わりません。
書かれている文字は違う場面
実は、二千円札に描かれている絵と文字は、場面が一致していません。
文字のほうは、
出家した女三の宮のもとに光源氏がやってきて、鈴虫の音を愛でる
というシーンになっています。
二千円札に書かれている言葉&内容
すずむし
十五夜の夕/暮れに仏の御前
に宮おはしては/し近うながめ
たまひつつ念誦/したまふわかき
あまきみたち二/三人花たてま
つるとてならす/閼伽坏の音、水
のけはひなとき/こゆるさま変りたる
いとなみにそ/そきあへる、いとあはれな
るにれいのわ/たりたまひて、虫の音
いとしけく/乱るるゆうべかな意訳:すずむし|八月十五日、中秋の名月の夕暮れのこと、仏の御前に女三の宮が座り、ぼんやりした様子で念仏を唱えている。若い尼君たち二、三人が花を供えようと、器を鳴らしたり水を入れたりする音が聞こえてきて、出家する前とは違った営みに忙しそうにしているのも、しみじみと感ぜられるが、そこへ光源氏がやってきて、「鈴虫の音がたくさん聞こえてくる夕べですね」
(赤文字の部分が二千円札に書かれており、黒文字の部分は見切れています。)
しみじみとした秋を背景に、仏教の雰囲気も強く感じられる場面です。
ここに登場するのは、女三の宮という女性。
彼女は、光源氏が結婚した最後の妻です。
しかし、そんな女三の宮は、光源氏の親友である頭中将の息子・柏木という男性と関係を持ってしてしまいます。
そのうえ、なんと子どもまで出来てしまうんですね。
その子は「薫」といって、『源氏物語』の後半では主人公として活躍します。
心当たりがなかった光源氏は、柏木の手紙を見つけて、すぐに自分の子ではないことを知ります。
女三の宮はその罪の意識から、息子を出産するとすぐに出家。
「鈴虫」巻はそれから二年後の話で、二千円札に書かれているのは、尼になった彼女の部屋を光源氏が訪ねるという内容です。
女三の宮は、柏木との関係が露呈してから恐縮の体ですが、光源氏は世間体もあるため寛容に振る舞っており、普通に部屋に訪れたりします。
なぜ二千円札は源氏物語「鈴虫」巻なのか?
さて、ここまでで気づいた方も多いと思いますが、「光源氏をめぐる人間関係」は、因果応報の形で描かれています。
かつて自分の犯した過ちが、自分のもとに返ってくる。
光源氏がかつて犯した罪は、自分の妻の罪によって間接的に罰せられるわけです。
二千円札に描かれた絵と言葉は、内容こそ一致しません。
しかし、
- 実は血が繋がっている冷泉帝
- 実は血が繋がっていない息子を産む女三の宮
この両者が描かれることにより、『源氏物語』の複雑で面白く奥深い人間模様が、象徴的に表されているのです。
主人公・光源氏の好色物語だと思われがちな『源氏物語』ですが、その結果生じる苦悩や人間ドラマ、また一族同士の栄枯盛衰が、実は本当の見どころ。
- 皇子として生まれたけど大罪人として須磨に流されたり
- モテモテな光源氏が妻を取られたり
- 若かった光源氏も年老いて孫ができたり
このような人間の二面性を、『源氏物語』では繰り返し形を変えて描いていきます。
「鈴虫」巻はこうした『源氏物語』らしい二面性が濃縮している巻であり、日本的な秋の奥ゆかしさも感じられるため、二千円札の紙幣に採用されたのではないでしょうか。
今では見かけることも少なくなった二千円札。
何かの折に見つけたときは、『源氏物語』の世界に想いを馳せてみるのも良いでしょう。
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『源氏物語』「鈴虫」の主な登場人物
光源氏
出家姿の女三の宮に哀惜の念を感じる。
冷泉帝から召集があり久々に対面し、夕霧や兵部卿宮と管弦の遊びに興じる。
女三の宮
尼となったため、邸の前を慎ましく造り変える。
三条宮に引っ越しを考えるが、よくしてくれる光源氏に言い出せない。
秋好中宮
母・六条御息所の物の怪の噂を聞き、供養のために出家を望む。
久しぶりに対面した光源氏に話すと止められる。
冷泉帝
帝の位を退き、光源氏と久しぶりに対面する。
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