芥川龍之介の『桃太郎』とは?
『桃太郎』は日本で最も広く知られている昔話のひとつです。
一般的なあらすじでは、桃太郎が鬼を退治する勧善懲悪の物語となっています。
しかし、芥川版『桃太郎』は、客観的な視点で桃太郎の物語を捉え直しています。
ここでは芥川龍之介の『桃太郎』を解説し、桃太郎を悪者とみる立場の他作品も紹介します。
それではみていきましょう。
-あらすじ-
おおむかし、世界が始まってから一万年に一度実を付ける、天まで届く大きな桃の木がありました。
その桃の実の核は、全て赤子をはらんでいました。
桃太郎はその実の一つから生まれると、犬猿雉を家来に鬼退治に行きます。
鬼ヶ島は楽園のような様子で、穏やかな平和主義の鬼たちが安穏に暮らしていました。
桃太郎は鬼ヶ島に着くと、女子どもを問わず皆殺しにし、鬼の酋長を降伏させます。
宝と人質を国に持ち帰りますが、その後の桃太郎の人生は、鬼たちの反撃を絶えず受ける散々なものでした。
一万年に一度実をつける桃の木は、まだ天才をはらんでいます。次はいつ、その実を落とすのでしょうか。
-概要-
主人公 | 桃太郎 |
物語の 仕掛け人 |
鬼 |
主な舞台 | 日本国→鬼ヶ島→日本国 |
時代背景 | おおむかし |
作者 | 芥川龍之介 |
-解説(考察)-
・芥川版『桃太郎』の特徴
芥川版『桃太郎』と一般的な『桃太郎昔話』の違いは、大きく分けて6つあります。
- 天地開闢以来生えている巨大な桃の木の設定。
- 桃太郎がお爺さんとお婆さんに嫌われている。
- 鬼退治に行く理由は、山や川や畑へ仕事に出るのがいやだったから。
- 鬼ヶ島は平和で楽園のような場所。
- 桃太郎一味が虐殺・陵辱の限りを尽くす。
- 宝を持ち帰った後、鬼の反逆に合う。
一般的な桃太郎の話とかなり違うことが分かりますね。
これらは全て、芥川版『桃太郎』の特徴であると言えるでしょう。
こうしてみると、芥川の桃太郎は、善を行う正義のヒーローとして描かれているわけではないようです。
それは、芥川が”桃太郎”という昔話を、なんの先入観もなく、客観的に読み取っているからでしょう。
鬼に対しても、
瘤取りの話に出て来る鬼は一晩中踊りを踊っている。一寸法師の話に出てくる鬼も一身の危険を顧みず、物詣での姫君に見とれていたらしい。
ということから、鬼は「平和主義者で」で「享楽的」な種族だと結論づけています。
たしかに、その意見には説得力があります。
私たちは、「鬼」と聞くと「悪い生き物」だと勝手に想像してしまいます。
芥川版『桃太郎』では、そうした、
- 一つの視点からものを見ることの危うさ
を、作品から読み取ることができます。
・ほかの『桃太郎』作品
芥川の『桃太郎』では、桃太郎がヒーローとして描かれていないことが分かりました。
とはいえこうした、
- 桃太郎って実は悪い奴なんじゃないか?
という提案は珍しいものではなく、芥川よりも前に、あの福沢諭吉も「桃太郎は悪者だ」と言っています。
また、最近では「2013年度 新聞広告クリエーティブコンテスト」の最優秀賞である、山﨑博司さんもこのテーマを用いています。
下の画像がそのキャッチコピーですが、一時期話題になったので覚えている方もいるかもしれません。
『桃太郎』という物語は、日本人ならほとんどの人が知っている話です。
そうした前提があるからこそ『桃太郎』のパロディは面白く、誰にでも理解出来るメッセージ性を持たせることができます。
芥川版『桃太郎』は、そうした芥川の着眼点の良さが見える作品です。
とはいえ、桃太郎物語は芥川以外にも、
- 菊池寛
- 北原白秋
- 尾崎紅葉
といった作家が、再構築に挑んでいます。
菊池寛は、一般的な桃太郎物語をそのまま本にした普通の桃太郎。
北原白秋は、雰囲気のみを取り出した詩で、童謡にもなった桃太郞。
尾崎紅葉は、桃太郎が鬼ヶ島から帰ったあとの残された鬼を主人公にし、「鬼たちの復讐劇」をメインに描いた小説の桃太郞を書いています。
ちなみに物語としては、尾崎紅葉の『桃太郎』がもっとも読み応えがあります。
→尾崎紅葉の記事一覧はこちら
こうした作家の作品以外にも、桃太郎の昔話はほかにも類型が多く、いろいろな観点の『桃太郎』があります。
おじいさんが桃を食べて若返った『桃太郎』や、女性が川上から流れてきた『桃太郎』など、ほんとうにさまざまです。
また、元をたどれば「吉備津彦命(キビツヒコ)」という人物がモデルになっている、日本古来の征伐物語だったりもします。
ここでは簡単な紹介にとどめますが、気になった方は調べてみると面白いかもしれません。
-感想-
・嫌われていた桃太郎。猿の機転打ち出の小槌
僕が面白いと感じたのは、この物語の冒頭と結末にでてくる「桃の木」の設定です。
むかし、むかし、大むかし、ある深い山の奥に大きい桃の木が一本あった。大きいとだけではいい足りないかも知れない。この桃の枝は雲の上にひろがり、この桃の根は大地の底の黄泉の国にさえ及んでいた。
どんぶらこと流れてきた桃が、どこからやってきたのかという問いの答えを、芥川は用意しています。
つまり桃太郞の桃は、ファンタジー感あふれる巨大な桃の木から落ちた桃だったのです。
このように物語の前後を付け足すことで、既存の物語世界が拡大し、内容にも説得力を持たせることができます。
さらに、最初の一章と最後の六章を桃の木の描写にすることで、物語を両端から閉じるきれいな構成になっています。
芥川の『蜘蛛の糸』でも全く同じ構成が取られており、芥川の得意な構成だったのかなと考えたりもします。
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芥川龍之介『蜘蛛の糸』を考察!読み解くカギは「蓮の花」にある!
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内容の細かいところで言えば、桃太郎がじいさんとばあさんに嫌われていたという設定も面白いです。
作品全体からほんのりにじみ出ている桃太郎の孤独が、彼を完全な悪人にさせていない唯一の要素かもしれません。
以上、『桃太郞』のあらすじと考察と感想でした。
この記事で紹介した作品(ちくま文庫『芥川龍之介全集〈5〉に収録)