「昨日、私は拳銃を拾った。あるいは盗んだのかもしれないが、私にはよくわからない」
中村文則,『銃』新潮社,2003,p3
中村文則の『銃』とは
『銃』は作家・中村文則のデビュー作であり、第128回の芥川賞候補でもあります。
銃をひろった主人公が、銃に人生を翻弄される物語です。
ここではそんな『銃』を分かりやすく解説していきます。それではみていきましょう。
-あらすじ-
まずは起承転結でみる簡単なあらすじ
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起主人公が殺人現場から拳銃を拾う。
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承猫を撃ち快感を覚える。
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転人間を撃とうと計画するが失敗する。
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結拳銃を捨てようと思うが、電車に乗り合わせた苛立たしい男を思わず撃ってしまい、自殺を試みるが果たせずに終わる。
-概要-
主人公 | 西川 |
物語の仕掛け人 | 銃、トの女、ヨシカワユウコ、刑事 |
舞台 | 東京板橋区周辺 |
時代背景 | 現代 |
作者 | 中村文則 |
『銃』-解説(考察)
主人公の欲望から『銃』を読む
この小説は主人公の気持ちが恣意的で、そのために昨中にもはっきりとしないぼんやりとした感じが広がっています。したがって、主人公が何を考えて何をするかは彼の気分次第なのだろうという考えが自然とはたらきます。ですが、実は主人公の行動にはパターンがあります。それを今からみていきましょう。
『銃』 トの女とヨシカワユウコ
主人公は作中で二人の女性と関係を持ちます。「トの女」は遊びの関係で、主人公が名前を知らないので連絡先を「ト」にしています。
一方で「ヨシカワユウコ」は主人公が「長い時間をかけ、順序よく親密になっていく」ことを楽しんでもよいと考える女性で、同じ大学の学生です。
主人公はヨシカワユウコを本命の相手としつつも、作中ではトの女と4度肉体的な関係を持ちます。遊び人だと言えばそれまでですが、注意深く読むとその度の行為が主人公の心理を反映していることに気がつきます。つまり、トの女との行為は主人公の心理を描く舞台装置になっているのです。
一方で、本命のヨシカワユウコと関係を持つことはありません。そういうふうな雰囲気になる場面は2度描かれるのですが、どちらの場面も関係を持つには至りません。ここで注意したいのが、そのチャンスが描かれた後の主人公の行為です。
作中では主人公が銃を発砲する場面が2度あります。もうお分かりかもしれませんが、どちらもヨシカワユウコとのチャンスが描かれた後の場面なのです。
拳銃の発砲前には、ヨシカワユウコという女性を意識するというきっかけが彼の中に間違いなくあります。そしてそれは肉体を伴わずに、拳銃の発砲という行為によって昇華される彼の欲望でもあるのです。いささか直接的すぎるメタファーではあるけれど、きちんとした因果関係のあるきれいな構成で作品が作られていることが分かります。
「銃」に含まれた意味や役割は?
男性的象徴としての「銃」
精神分析学では「銃」は男性的な象徴であると考えられています。この考えを『銃』という作品にも当てはめて読むことは可能でしょうか?それはおそらく可能です。
その根拠は作中にあります。以下は物語の後半で、銃を放り投げる場面です。
「そして、遠くに転がった拳銃を眺めながら、なぜか、もうすぐ死ぬだろう父親のことを連想した」
中村文則,『銃』新潮社,2003,p179
転がる拳銃が死に瀕している父と重なっていることは明らかで、「銃」という存在が主人公の中で男性的なものとして映っていることが読み取れます。したがってこの作品では銃=男性的な象徴という図式を当てはめて作品を読んでいくことが可能だと思います。
銃の象徴が当てはまるからなんだという話ですが、実はこうした方程式を当てはめて読むことは、作品を想像して楽しむちょっとした手助けとなります。
小説をどう読めばいいか分からない!という方は参考の一つとして頭の隅に残してみてください。
-感想-
中村文則『銃』とアルベール=カミュ『異邦人』の相似性
『銃』と『異邦人』の冒頭の比較
「昨日、私は拳銃を拾った。あるいは盗んだのかもしれないが、私にはよくわからない」
中村文則,『銃』新潮社,2003,p3
この記事の最初にも引用しましたが、『銃』の冒頭はこのようにして始まります。ぼんやりとして霧がかかっているような感じは作品全体にわたって消し去りがたく覆われています。この冒頭の一文が『銃』の全てを物語っていると言っても過言ではないでしょう。
そして、読書家さんの多くはこの文章にフランス人作家・カミュの『異邦人』を見出すかもしれません。以下がその冒頭です。
「きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かもしれないが、私にはわからない」
カミュ,窪田啓作訳『異邦人』新潮社,1954,p6
『異邦人』を読んだ人が『銃』の冒頭を一目見れば、意識するとしないに関わらず『異邦人』の雰囲気が脳裏をかすめて、『銃』という作品により入り込みやすくなります。
中村文則氏はそうしたことを狙ったわけではないかもしれませんが、この効果が『銃』に漂う雰囲気を高めるのに有利に働いていることは確かでしょう。いずれにせよ冒頭から引き込まれる作品になっています。
・『銃』の見どころは?
主人公と刑事の応酬場面
僕が『銃』を読んで一番の見どころだと感じたのは、物語中盤にある主人公と刑事の応酬場面です。
刑事は一章分しか出てこない短い登場ですが、非常にインパクトのある存在で、主人公を内面から脅かします。彼には『罪と罰』のスヴィドリガイロフに似たゴツさがあると思います。
中村氏はこの場面で、間違いなく読者にその場に居合わせているかのような緊張感を与えることに成功しています。
結末部の電車での場面も同じくらい好きですが、ネタバレを極力避けたいのでこちらの場面を選びました。
『銃』―読みの可能性
ここでは精神分析学の力を借りて、恋愛を軸とした人間関係の観点から『銃』を読んでみました。
ですが、この物語をよく読むと「家族」というのも重要なテーマであることが分かります。
主人公は施設育ちで実の両親と暮らしていません。
しかし、作中には実の父親の登場や危篤など、家族のエピソードがちりばめられています。「家族」に焦点を当てて『銃』を読んでみるのも面白いのではないでしょうか。
最後になりますが、カミュの『異邦人』は『銃』に興味がある人ならばきっと気に入る小説だと思います。まだ読んだことがない人には強くおすすめしたいです。
以上、『銃』のあらすじと考察と感想でした。
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