小説『婦系図』あらすじ&解説&感想!登場人物から早瀬主税の心理考察まで!

『婦系図』とは?

『婦系図』は、「義理人情」というテーマを軸に、「個人主義」を標榜する主人公と、「家族主義」を標榜する河野家との対立が描かれます。

主人公と関わる様々な女性が登場して物語が進む、泉鏡花の長編小説です。

ここではそんな『婦系図』のあらすじ・解説・感想をまとめました。

『婦系図』のあらすじ

主人公の早瀬主税(はやせちから)は、東京の下町でお蔦という女性と同棲していた。

早瀬はドイツ語文学者であり、翻訳をして生計を立てている。

ある日、彼の師匠である酒井俊蔵の娘、お妙の縁談が持ち上がる。

早瀬は子どもの頃から酒井に育てられたも同然なので、お妙とは長いつき合いだった。

お妙を欲しいと言ってきたのは、早瀬の友人である河野英吉。

彼は静岡の名家である河野家の御曹司であるため、お妙の素性や持病、親友関係などをこと細かに早瀬に聞き出す。

河野家という家族を繁栄させるため、傷のない才気ある女を求めているのだという。

そんな河野の態度が気に入らない早瀬は、「人の大切な令嬢を、裸にして検査するような事を聞くのは無礼だ」と言い、彼の話を退ける。

しかし、河野はやり手の仲人・坂田礼之進を立て、直接縁談を酒井家に話を持ち込もうとする。

これを阻止しようとする早瀬だが、この一件の中でお蔦と同棲していることが、師匠にバレてしまう。

師匠は早瀬を咎め、あんな女とは別れろと言う。なぜならお蔦は芸者だったからだ。「師匠を取るか、女を取るか、どちらか選べ」。

身を切られる思いでお蔦と別れた早瀬は、ひょんなことでスリの仲間だという汚名も着せられ、東京にはいられなくなってしまう。

ただ、お妙の縁談だけは、師匠が仲人に対して、「お妙をやるかやらんかは早瀬に決めてもらう」と言い、取りあえずは保留になった。

静岡に向かうことにした早瀬は、途中の汽車の中で河野家の美しい次女・菅子に出会う。

早瀬はその菅子をきっかけに河野家との交流を深め、河野家の方も長兄・英吉にお妙を迎えるために、早瀬を積極的にもてなした。

静岡で暮らしているうちに、早瀬は偶然河野家の弱みを知っていく。

河野家の母親は若い頃、夫が戦争へ行っている間に馬飼と不貞を働き、長女を妊娠した。

長女や次女は、母親が婿を選び、家族の繁栄のために結婚したので、早瀬がすこしその気になれば、コロッと落とせてしまった。

早瀬が静岡で暮らして一年が経った頃、東京ではお蔦が病に臥せっていた。

時を同じくして早瀬も入院しており、彼は快復したが、お蔦は死んでしまう。

お妙が静岡まで来て、そのことを早瀬に伝えた。

それから少し経ち、河野家一同は皆既日食を見るため、そろって久能山へ出かけた。

先にその山の頂にいたのは、早瀬主税と河野家当主、河野英臣だった。

早瀬は英臣に対して、河野夫人が馬飼と不貞をはたらいたこと、長女と次女が自分とよい仲にあることなどを言い、河野家が穢れ果てていることを伝える。

さらには、自分がかつてスリであったこと、スリだった自分を酒井先生が助けてくれたこと、そのお嬢さんであるお妙は、実は師匠と芸者との娘であることなどを話した。

そして、お妙が芸者の子であることが分かると「いやしい身分の娘は家名に関わるからいらない」といった河野家の考え方を糾弾した。

怒った河野英臣は、ピストルを出して早瀬に向けた。

しかし、頂上に来た長女と次女に阻まれ撃つことができなかったので、妻を撃ってから自殺した。

それを見た美しき長女と次女は、崖から身を投げて死んだ。

その夜、全てを終えた早瀬はお蔦を想いながら毒を仰ぎ、自ら命を絶った。

・『婦系図』の概要

主人公 早瀬主税(はやせちから)
物語の
仕掛け人
お蔦
主な舞台 東京→静岡
時代背景 明治時代
作者 泉鏡花

-解説(考察)-

・登場人物の整理

『婦系図』は長編小説のため、登場人物を整理することで、物語の輪郭がはっきりするでしょう。

ここでは主要な人物から脇役まで、ざっと概略を知ることで、物語の理解を深めていきます。

・早瀬主税

早瀬主税(はやせちから)は、『婦系図』の主人公。

母親はなく、スリをして生活していたところを、13歳の時に酒井俊蔵に拾われます。

芸者であるお蔦との同棲が酒井先生にばれて、東京には居られなくなったため、静岡へ行って河野家の滅亡を試みるようになります。

・お蔦

お蔦は美しい女性で、早瀬と同棲をするために水商売から足を洗った元芸者です。

酒井先生によって早瀬と引き離されますが、「もう会うな」という言いつけを守り通し、死ぬまではやせと会うことはありませんでした。

彼女の義理堅さが、この物語を人情味溢れる作品にしています。

・酒井俊蔵

酒井俊蔵は、文学者の大先生です。

生粋の江戸っ子で、義理堅い人物として描かれます。

早瀬の育ての親でもあり、早瀬は酒井に返しきれない恩を感じています。

・お妙

お妙は才気ある酒井家の令嬢で、河野家に河野英吉の嫁として欲しがられる人物です。

幼い頃から一緒だった早瀬を慕っており、毎週日曜日には早瀬の家へ遊びに行きます。

実は酒井が芸者に生ませた娘ですが、物語の後半になるまでそのことは明かされません。

・河野英吉

河野英吉は、早瀬主税の友人で、お妙を見初めた河野家の御曹司です。

いつも母親の意見に従っており、軟派な人物として描かれます。

早瀬にお妙の縁談を断られてからは自棄気味になり、酒に溺れ、河野家からは勘当同然の扱いを受けています。

・坂田礼之進(道学者)

坂田は、河野家(英吉)と酒井家(お妙)の縁談を取りまとめようとする、やり手の仲人です。

しつこく早瀬を説得しに来たり、酒井家を周辺をかぎ回ったりして早瀬を苛立たせます。

電車で偶然スリに遭いますが、それが原因で早瀬が東京から居られなくなるなど、始終物語をかき回す役割を担っています。

・島山菅子(河野菅子)

菅子は、早瀬が東京を出て静岡へ向かう途中の汽車で、偶然出会う河野家の次女です。

「河野一族随一の艶」と形容されるように、派手好きで美しい貴婦人として登場します。

静岡で早瀬と親しくなり、よい関係になっていきます。

・河野道子

道子はおしとやかで美しい河野家の長女で、医学士・河野理順の妻です。

実は母親が浮気をした際の娘で、早瀬からそのことを聞いて実の父親に会いに行きますが、時すでに遅く父親は死んでいました。

その頃から早瀬と親しくなり、良い仲になっていきます。

・河野富子

富子は河野家の大夫人、つまりは兄妹たちの母親です。

河野家を繁栄させようと、良い婿や良い嫁を子どもにあてがうために奔走しますが、自分は不貞をはたらいたという自己矛盾を抱えています。

・貞造(馬丁)

貞造は、河野家に馬丁として仕えていたおり、富子と恋仲にあった人物です。

長女の道子は貞造の娘であり、娘の姿を一目見たいと死に際に思いますが、望みが叶うことなく死んでしまいます。

死ぬまでは早瀬が介抱をしていました。

・河野英臣

河野英臣は河野家の当主で、「家族主義」を最も信奉している人物です。

物語のラストで登場しますが、早瀬に家族の不貞を暴露され、「河野家はすでに穢れている」と指摘されます。

その後、彼は妻を撃ち、自分も頭を打ち抜いて自殺します。

・その他の登場人物

・宮畑閑耕

宮畑閑耕は照陽女学校の教頭で、河野英吉の友人です。

教頭という立場を利用して、女学生を紹介しています。

お妙も宮畑を通して河野に紹介されます。

・め組の惣助

め組の惣助は生粋の芝っ子(江戸っ子)で魚売り、べらんめえ口調が特徴の人物です。

冒頭からラストまで登場し、物語に活気を与える役割をになっています。

・小芳

小芳は元芸者で、酒井俊蔵との間にお妙を産んだ、お妙の実の母親です。

物語の後半では病気のお蔦を看病しており、そのときに思いがけず、お蔦に会いに来た娘のお妙と再会します。

芸者という職業の哀しさ・切なさを体現する人物として描かれます。

・スリの万太

坂田礼之進のお金をスッた人物です。

後に早瀬の元仲間であることが分かります。

早瀬を「あにい」と言って慕い、静岡では早瀬の小使いとして生活しています。

 

以上が『婦系図』の登場人物です。

次には、この作品の面白さ、特徴を解説していきます。

・開けられていく秘密のフタ

『婦系図』の特徴は、登場人物の「秘密」が明かされていくところです。

この物語で明かされる大きな秘密には以下のようなものがあります。

  • 主人公と同棲していたお蔦が実は元芸者
  • 主人公は子どもの頃スリとして生活していた
  • お妙は酒井と芸者との間に産まれた娘
  • 河野富子は馬丁と不貞をはたらいていた
  • 河野家の長女道子は富子と馬丁の娘
  • スリの万太と早瀬は兄弟分

こうした秘密は、物語が進むにつれて徐々に明かされていきます。

その驚きと納得が、『婦系図』という作品を読み進めさせる小さな起爆剤になっているのです。

すこし謎が残るようなところも、後できちんと回収されていく、娯楽小説の典型的な手法が用いられています。

このような「秘密」が、『婦系図』を面白くしているひとつのポイントです。

・義理人情の物語

『婦系図』の分かりやすい特徴のひとつに、

  • 江戸っ子の義理人情

というものがあります。

冒頭でとりわけ目を引くのが、め組の惣助の「べらんめえ調」です。

ここで、江戸っ子の物語であるということが提示されます。

続いて早瀬の義理堅さが描かれると、義理人情のテーマも見え隠れし始めます。

ちなみに、作者の泉鏡花は幻想小説が有名ですが、実はこうした「人情もの」も得意とする作家です。

なかでも、お妙がお蔦に会いに行く場面、お蔦の臨終場面などでは「お涙ちょうだい」の人情が描かれ、『婦系図』でも屈指の名場面となっています。

お蔦の臨終場面は、酒井俊蔵の江戸っ子らしい男気が発揮され、とくに義理人情を感じさせる場面だといえるでしょう。

早瀬主税が河野英臣と相対するラストシーンでも、酒井の粋な姿が早瀬の口から語られ、江戸っ子の精神が巧みに描かれています。

このような「義理人情」というテーマも、『婦系図』の特徴のひとつです。

・「家族主義」と「個人主義」を超えて

「家族主義」と「個人主義」の対立も、この作品の重要なポイントです。

河野家が体現する「家族主義」とは、家族一族を末代まで栄えさせようとする目論見のことです。

兄弟一家一門を揃えて、天下に一階級を形造ろうというんだ。(中略)そうしてその子、その孫、と次第にこの社会における地位を向上しようというのが理想なんです。例えば、今の代が学士なら、その次が博士さ、大博士さね。君。謂って見れば、貴族院も、一家族で一党を立てることが出来る。内閣も一門で組織し得るようにという遠大の理想があるんだ。

泉鏡花『婦系図』

子どもを「駒」のように扱う河野家の姿勢を、主人公の早瀬は気に入りません。

彼は、「生まれや身分に関係なく、その人自身を見るべきだ」と思っているからです。

こうした彼の考えは、現代的な「個人主義」に近いといえるでしょう。

最終的には、早瀬が家族主義の崩壊を河野英臣に突きつけ、一応は個人主義が勝利した形で物語は幕を閉じます。

とはいえ、早瀬が大事にしているのは「個人主義」ではありません。

彼が「家族」よりも「個人」よりも大事にしているのは「義理」なのです。

実際に、彼は先生に言いつけられたお蔦との離縁を受け入れ、彼女とは会わない約束を固く守っています。

彼が個人主義なのであれば、先生との義理を果たさず、影でお蔦と会って、自分たちの幸せを優先したでしょう。

なので、早瀬は個人主義ではなく、「義理主義」とでもいったほうが正しいかもしれません。

これは、家族や個人という「組織や個人中心」の考えから一歩先へ進み、義理という「精神中心」の考え方だといえます。

このような、

  • 組織や個人中心→精神中心

といったテーマは、泉鏡花の初期作品からずっとみられる傾向です。

有名なところでは、『夜行巡査』や『海城発電』などで同じテーマが描かれています。

こうしたテーマも『婦系図』の特徴のひとつです。

・河野家の滅亡と皆既日食

物語のラストは、皆既日食と河野家の滅亡が重ねられて描かれます。

日食とは、月が太陽と地球の間に来ることで、太陽の光を一時的に遮る現象です。

作中で日食は不吉さを象徴するものとして機能しています。

日蝕は日の煩いとて、その影には毒あり、光には魔あり、熱には病ありと言伝える。

泉鏡花『婦系図』

このように不吉な日食が起こる日に、河野家は日食を見ようと久能山に集います。

そうして彼らが山を登り始める頃、太陽は日食によって翳りはじめるのです。

ちょうどそのころ、河野英臣と早瀬主税は久能山の頂上で対峙していました。

早瀬は河野家がすでに滅んでいることを伝えます。

その内容を聞いてみると、河野一家は早瀬一人によって滅亡させられたと言っても過言ではありません。

そのことを自覚していた早瀬はこう言います。

「お蔦と二人が、毒蛇になって、可愛いお妙さんを守護する覚悟よ。見ろ、あの竜宮に在る珠は、悪竜が絡い繞って、その器に非ずして濫りに近づく者があると、呪殺すと云うじゃないか。呪詛われたんだ、呪詛われたんだ。お妙さんに指を差して、お前たちは呪詛われたんだ。」

泉鏡花『婦系図』

恐ろしいイメージの浮かぶ描写で、彼がいかに「身分」などで人を区別する人間を嫌っていたかが分かる場面です。

このとき雉が高く鳴いて、あたりは完全な皆既食で暗くなり、麓にいた河野家の人々は頂上に来ます。

それから英臣と富子はピストルで、道子と菅子は身を投げて死にます。

このように、皆既日食の動きとともに繰り広げられていくラストも、『婦系図』の見どころだといえます。

-感想-

・鏡花版『金色夜叉』

『婦系図』を読んで思ったのが、鏡花版の『金色夜叉』みたいだな、ということです。

『金色夜叉』は、泉鏡花の師匠である尾崎紅葉の代表作。

紅葉は『金色夜叉』を完結させることなくこの世を去ってしまいます。

ちなみに彼が亡くなったのは1903年で、『婦系図』が書かれたのは1907年なので、師匠の死後に書かれた作品であることが分かります。

『婦系図』では師匠と弟子の関係が書かれていることから、尾崎紅葉が意識されていたのではないかと考えてしまいます。

また、女を巡る主人公の復讐劇という構図や、主人公が孤児で育ての親への義理があるという点も似ています。

ただ、『金色夜叉』の主人公は育ての親に不義理をはたらきますが、『婦系図』の主人公は義理を固く守り通します。

この「育ての親への義理を守るかどうか」という点が、二つの作品の分岐点です。

そして、義理ではなく個人の感情を優先した『金色夜叉』は「真実の愛」をテーマにした作品となり、個人ではなく義理を優先した『婦系図』は「義理人情」をテーマにした作品となりました。

こうしたことから、『婦系図』は『金色夜叉』で「義理を優先したらどうなるか」という鏡花の実験的な小説のように思えたのです。

もちろん、線路そのものが異なる作品ですが、尾崎紅葉の没後間もなくの作ということで、『金色夜叉』との関連を考えられずにはいられない小説でした。

・早瀬主税の魅力的な設定

『婦系図』で印象的だったのが、早瀬主税がスリだったということです。

この設定こそが『金色夜叉』との決定的な違いであり、似て非なる作品たらしめている要因だと思います。

早瀬は作中で、「恋愛に身分や経歴などは関係ない」ということを声高に主張しています。

読者はその主張を、「身分が高い者の教養ある意見」だと、物語の終盤まで認識しているのです。

しかし、ラストシーンで物語にはどんでん返しが起こります。

早瀬主税はかつてスリ稼業をしていた、卑しい身分の出身だったことが分かるのです。

ここで早瀬の「身分や経歴などは関係ない」という主張は、高い身分の教養ある者としての声から、社会的弱者からの切実な声に一転します。

つまり早瀬は、「身分や階級」といった社会的なしがらみに囚われている者に対して、心から訴えかけているのです。

しかし面白いのは、彼自身がそのしがらみから抜け出せていないところにあります。

彼は「個人の恋愛の自由」を信じてお蔦という芸者と同棲していたのではなく、スリ出身である自分は芸者あたりが身分相応だと思っていたのではないでしょうか。

また、良い関係になってもよさそうなお妙とは常に一線を引いて「お嬢さん」として接しています。

もちろん師匠の娘だからという「義理」もあるでしょうが、それ以上に酒井家という「身分」が早瀬を制していたように思います。

ラストシーンでも、スリだった自分のような者が「名家である河野家の令嬢を落とした」ということを、河野英臣に対して強調しています。

これは「恋愛に身分は関係ない」という主張でもありますが、同時に「自分はスリだ」という身分を強く自認している早瀬の姿もうかがえるでしょう。

「恋愛に身分や経歴などは関係がない」という早瀬の主張が本当だとしたら、彼はお妙さんとくっついているはずです。

しかしそうではなく、彼がお蔦という芸者を自分の妻だと決めたのは、誰よりも自身の身分にコンプレックスを抱いていたからではないでしょうか。

以上、『婦系図』のあらすじと考察と感想でした。

© 2020 あらら本店