『大つごもり』とは?
『大つごもり』は、金持ちの家に女中として奉公する主人公・お峰の物語。
旧時代的な勧善懲悪を構図に据えながら、現代的な「悪」もテーマに取った作品です。
ここではそんな樋口一葉の『大つごもり』の、あらすじ・解説・感想をまとめています。
『大つごもり』のあらすじ
主人公は女中として奉公中のお峰。
美しい彼女ではあるが、早くに親を亡くし、あるのは伯父ただ一人。
お峰の奉公先はお金持ちで、まだ年端もいかない一人息子・石之助がお金を湯水のように使っているありさまだ。
ところである秋のこと、お峰の伯父が病に倒れた。
奉公先の奥様は厳しく、滅多には帰らせてもらえないのだが、折を見て運良く帰ることができた。
伯父の家へ着くとなんとも貧乏な暮らしぶりで、年の瀬の借金にも間に合わない状態だという。
どうにかして年の瀬までに2円だけ、奉公先に貸してもらえないだろうかと言うので、お峰はそれを引き受けた。
約束の年の瀬、お峰は前からかけ合っていた2円を下さいと奥様に言うと、なんと奥様は知らぬふりをする。
例の石之助が年末に遊ぶ金をせびりに来ていて、そちらには50円も貸しているのに、たった2円くらいとお峰は憤るが、どうしようもない。
玄関の先には八つになる伯父の息子がお金取りに来ていて、これが無ければ伯父の家族はろくに暮らすことが出来ないと、お峯は困り果てる。
とその時、ある引き出しに20円が置いてあることを思い出し、自分はどうなっても良いと、お峰は意を決してその中の2円を盗み出した。
伯父の息子にお金を渡した後のお峯は放心状態で、罪を犯したことを思って暗澹とした気分に包まれる。
その日の暮れ方、お峰ともう一人の女中が奥様に呼びかけられ、引き出しの20円を取ってきてくれと申しつけられた。
引き出しのある部屋に向かいながら、このことは正直に言った方が身のためだと考え、お峰は自分の罪を奥様に告白する決意をする。
しかし、引き出しの部屋に着いてみると、そこには「引き出しの分も拝借致しそうろう 石之助」との置き手紙があった。
本当にあいつには困ったものだと家の人々は口々に言って、なんとお峰に疑いがかかることは無かった。
石之助は知らずにお峰の罪をかぶったのか、それとも知っていてかぶったのか、もしそうなら石之助はお峰を守ったことになる。
この後のことが知りたいものだ。
・『大つごもり』の概要
主人公 | お峯 |
物語の 仕掛け人 |
石之助 |
主な舞台 | 東京 |
時代背景 | 明治中期 |
作者 | 樋口一葉 |
-解説(考察)-
・結末で石之助はお峰をかばったのか?
樋口一葉の『大つごもり』最大の読解ポイントは、物語の結末にあります。
はたして石之助はお峰の罪を知っていたのか、それとも知らなかったのか?その真相が気になるところです。
この点は学者の間でも意見が割れており、
- 石之助は知らず、偶然お峰が助かった
- 石之助は知っていて、お峰は彼によって助けられた
などの説があります。
個人的には、石之助は知っていて、お峰をかばったというのが素直な読み方ではないかと考えています。
その理由は、語り手のあえて匂わせるような文章にあります。
以下がその箇所です。
(盗んだお金を)三之助に渡して帰した一部始終を、見た人はいないと思ったのは愚かだったろうか。
樋口一葉『大つごもり』
これは、お峰がお金を盗み、伯父の息子に渡している現場を、誰かが目撃しているということをほのめかしているような文章になっています。
もしそうでなければ、この一文は不要でしょう。
この「誰か」が石之助だとすれば、石之助がお峰をかばったと考えるのが妥当ではないかと思うのです。
・お峰の罪
もし石之助がかばっていようが、その反対であろうが、お峰が金を盗んだ事実は変わりません。
彼女はこの先、罪の意識に苛まれながら生きていくことになるでしょう。
その罪に堪えかねて、あるいは奥様に過ちを白状するかもしれません。
自分で罪を償わない限り、彼女が救われることはないのです。
なので、石之助の行為は根本的にお峰を救ったことにはなりません。
伯父は相変わらず借金に苦しみ、お峰もいくら頑張っても認められない女中という立場なのは変わらないのです。
このように『大つごもり』には、
- 後ろ暗い罪の意識
という現代的なテーマも背景に横たわっています。
そうした主題を楽しめることも、この作品の魅力的なポイントのひとつです。
・石之助の反抗
『大つごもり』の中で、石之助は重要な登場人物です。
彼は放蕩三昧をしてお金を使いまくる駄目な人間として描かれますが、その原因は彼の産まれに関係があります。
石之助は父が妾に産ませた子で、本妻である母親とは血が繋がっていません。
そのため、物語に出てくる「奥様」は石之助の本当の母親ではないのです。
この家には男の子が石之助しかいないために、長男として多少の自由が許されています。
しかし、父と母(奥様)は彼をどうにかして遠ざけたいと考えています。
石之助は頭が回るので、そのような企みは見透かしていて、養子に出すなら裕福な暮らしを保証してくれと、多少の無理難題を押しつけています。
つまり、石之助は両親の愛情に恵まれておらず、彼の家族関係は最悪です。
そうした反動として、遊んで散財したり、放蕩三昧に耽っていると考えられます。
-感想-
・ラストの一文の破壊力
『大つごもり』のラストはこのような一文で締めくくられています。
もしかすると、石之助は知っていながら罪を被ったのかもしれない。それなら石之助はお峰の守り神だったのだろうか、この後が知りたいものだ。
樋口一葉『大つごもり』
物語上では石之助についての真相は明らかにされず、「この後が知りたいものだ」と終わっているのです。
もしこれが、以下のような文章で終わっていればどう感じるでしょうか?
もしかすると、石之助は知っていながら罪を被ったのかもしれない。それなら石之助はお峰の守り神だったのだろうか。
樋口一葉『大つごもり』
どことなく締まりがない印象を受けるのではないでしょうか。
この、「この後が知りたいものだ」という一文を付けることによって、読者を強制的に想像の世界に連れ込み、石之助の真相を考えさせているのです。
また、ラストで物語を閉じるのではなく、むしろぐんと広げている、そんな仕掛けでもあります。
このように強力なラストの一文も、『大つごもり』の魅力的なポイントの一つだと言えるでしょう。
・「この後」どうなるのか?
それでは「この後」どうなるのでしょうか?
物語の「その後」を想像することは、文学の定番的な楽しみ方でもあります。
不毛ではありますが、僕は好きです。
特に『大つごもり』は「この後が知りたいものだ」とまで書かれてあるので、想像せずにはいられません。
僕の考えでは、石之助に助けられたお峰は、彼に恋心を抱くようになります。
身分の差があるものの、石之助はあの通りの無頼漢なのであまり気にせず、二人は良い仲になります。
それを種に、両親は石之助とお峰を追い出すでしょう。
二人は貧しい暮らしを強いられますが、石之助に我慢できるはずもありません。
お峰が内職をして手に入れた僅かな金も、石之助がすぐに呑んでしまいます。
お峰は苦しみますが、これもあのとき犯した罪の報いだと諦め、辛い世の中を生きていくのです。
あまり捻りもありませんがこんな感じかな、などと考えます。
以上、『大つごもり』のあらすじ・解説・感想でした。
この記事で紹介した本