『源氏物語』第1帖「桐壺」の簡単なあらすじ
誕生から元服(成人式)まで
母の桐壺&息子の光源氏
いつの天皇の時代のことだったか、帝の愛を一身に受けていた桐壺という女性がいました。
二人の間には、とてもこの世の人とは思えないほどの美しい男の子が産まれます。
これがのちに、「光源氏」と呼ばれるようになる、『源氏物語』の主人公です。
嫌がらせを受けて死んでしまう桐壺
さて、そんな光源氏の母・桐壺は、あまり身分が高くありません。
そのため、都にいる他の女性たちから、
「帝の愛を独り占めにするなんて!ずうずうしい女ね!」
と嫉妬を買い、廊下にうんこをまき散らされたりするなど、さまざまな嫌がらせを受けました。
彼女は心身ともに疲れて、光源氏が3歳の頃に死んでしまいます。
帝はとても悲しんで、何も手が付かないほどでした。
桐壺に似た「藤壺」登場
しかし年月が経ち、光源氏も少年になったころ、桐壺に似た藤壺という女性が見つかり、帝は藤壺を愛するようになります。
都にいた誰もが、
「今のは桐壺さんじゃなくて藤壺さん?不思議なくらいそっくりね」
と言うほど容姿は似ており、それでいて身分も高い(前の天皇の娘)ので、誰も不満を言うようなことはありませんでした。
光源氏は、みんなが「藤壺は桐壺に似ている」と言うので、心の中で藤壺を母のように慕っていました。
彼は12歳で元服(成人式)をして、大人の仲間入りになりました。
住まいで一人いるときなどは、「いずれはここで、美しい妻と幸せに暮らしたいものだ」と思いにふけるのでした。
『源氏物語』「桐壺」の恋愛パターン
帝――桐壺
- 帝:最愛の人を亡くす悲しみに暮れる
- 桐壺:嫉妬深い女性たちに恋を阻まれる
『源氏物語』「桐壺」の感想&面白ポイント
「桐壺」の巻では、桐壺と帝の身分違いの恋が描かれます。
そんな「桐壺」の面白かったポイントは以下の通り。
- 嫉妬に殺される桐壺
- 容姿が同じでも身分が違えば待遇が変わる
- 桐壺更衣の思惑
それぞれ詳しくみていきます。
嫉妬深い貴族女性たちの下品な攻撃
帝の愛を独り占めにした桐壺更衣は、嫉妬に燃えるほかの女性たちから、たちの悪い嫌がらせを受けます。
- うんこ攻撃
- 扉閉め攻撃
などですね。
あやしきわざ=うんこトラップ
桐壺は身分が低いので、帝のいるところから、一番離れた所に住んでいました。
そのため、帝に呼ばれて部屋へ行くのに、桐壺より身分の高い女性が住む部屋の横を、何部屋も通っていかなければならないんですね。
その廊下に、うんこトラップが仕掛けられています。
通ると着物の裾が汚れ、もう一度着替えなければいけない、という悪質ないたずらです。
打橋、渡殿のここかしこの道にあやしきわざをしつつ、御送り迎への人の衣の裾たへがたくまさなきこともあり
『源氏物語』
この「あやしきわざ」というのが、うんこトラップのこと。めっちゃ嫌ですよね。
扉閉めトラップ
廊下には扉と扉があり、鍵をかけることができます。
普段は開いているのですが、桐壺が通ると、誰かが後ろの扉を閉めます。
さらに、行く手の扉も閉められて、桐壺はその廊下に閉じ込められてしまい、帝のもとに辿り着けない。
え避らぬ馬道の戸を鎖しこめ、こなたかなた心を合はせてはしたなめわづらはせたまふ時も多かり。(桐壺が廊下を通るとき、女たちが示し合わせて両端の扉を閉め、彼女を閉じ込めて困らせたことも多かった)
『源氏物語「桐壺」』
こうしたいたずらが頻繁に起こり、桐壺はストレスで衰弱し、最後には死んでしまいます。
怨みに殺される桐壺
こうしてみると、桐壺が亡くなったのは、ひとえに宮中の女性たちの嫉妬・怨みによるものです。
女性の怨みが、見えない共同体となって彼女を殺したんですね。
現代でも、男性アイドルの彼女や妻となる女性に、ファンが悪質な嫌がらせをすることがありますが、全く同じことですね。
不変の「桐壺型」ドラマ
近年のドラマでは、
という設定が多く、中盤で主人公がファンに攻撃され、精神的に憔悴する場面がよくあります。
こうした、「女性の嫉妬で主人公が傷つく」という「桐壺型」のドラマは、千年経っても人々の感情に訴えかけるものがあるようです。
容姿が同じでも身分が違えば待遇が変わる
そんな桐壺が亡くなると、藤壺という女性が登場します。
彼女は桐壺にそっくりなので、帝はこの女性を同じように愛します。
ただ、藤壺が桐壺と違うのは、身分がかなり高いということ。
容姿が全く同じであっても、身分が違えば片方(桐壺)は死に、もう片方(藤壺)は中宮となって後の帝となる子を産みます。
平安時代の当時、いかに身分というものが、人生に大きく関わっていたのかということが「桐壺」の巻からはうかがえます。
桐壺更衣の思惑〜按察使大納言の遺言〜
とはいえ桐壺の人生は、比較的成功したものだったともいえます。
彼女は帝との悲恋に生きながらも、後のことを光源氏に託すことで、結果的に一族を繁栄に導いたのです。
▽桐壺更衣の一族
桐壺の孫は冷泉帝という帝となり、あのままでは没落していたであろう桐壺の血筋を、見事に盛り返しているのです。
以下は桐壺更衣の父親が遺言したセリフです。
按察大納言「娘を宮仕えにしたのは一族の繁栄のためであるから、必ず成し遂げよ。わたしが死んだとしても、志を捨ててはならんぞ」
(「この人の宮仕への本意、かならず遂げさせたてまつれ。我亡くなりぬとて、口惜しう思ひくづほるな」)
『源氏物語「桐壺」』
実は桐壺の父親は、一族の未来を桐壺に託していました。
そして桐壺は、結果的には見事にその思いを成就させたのです。
帝との恋の裏に、こうした桐壺の思惑があったことも、「桐壺」の巻を面白くしているポイントです。
『源氏物語』「桐壺」で詠まれる歌
「桐壺」で詠まれる歌は以下の通り。
- かぎりとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり
- 宮城野の露吹きむすぶ風の音に小萩がもとを思ひこそやれ
- 鈴虫の声のかぎりを尽くしても長き夜あかずふる涙かな
- いとどしく虫の音しげき浅茅生に露おきそふる雲の上人
- あらき風ふせぎしかげの枯れしより小萩がうへぞ静心なき
- たづねゆくまぼろしもがなつてにても魂のありかをそこと知るべく
- 雲のうへも涙にくるる秋の月いかですむらん浅茅生の宿
- いときなき初元結ひに長き世をちぎる心は結びこめつや
- 結びつる心も深き元結ひに濃きむらさきの色しあせずは
それぞれの意訳や、歌の意味をまとめました。
1.「かぎりとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり」の意訳&意味
意訳:死にゆく別れの道を悲しいと思うにつけても、わたしが行きたいのは死の道ではなく、命を生きる道でした。
桐壺が死の間際で、帝に詠んだ歌。
桐壺の切迫した気持ちが伝わってきて、悲壮感が漂う歌です。
「いかまほしき(いきたい)」は、「行きたい」と「生きたい」が掛けられています。
2.「宮城野の露吹きむすぶ風の音に小萩がもとを思ひこそやれ」の意訳&意味
意訳:宮城の野(萩の名所)のように遠いこちらの宮中に吹く風の音を聞いて、涙を催されるにつけて、小萩(若宮《光源氏》)はどうしていることかと思いやられます
帝が桐壺の母親(北の方)に贈った歌。
宮中から遠い里で、祖母(北の方)と暮らしている幼い光源氏の身を案じている、帝の心境が詠まれています。
「露吹きむすぶ」は、風が吹いて萩に露が付くことで、帝の涙を表しています。
宮城県にある遠くの小萩と、宮中から遠くの里にいる若宮(光源氏)が重ねられており、距離の遠さと悲しさが主題になっています。
3.「鈴虫の声のかぎりを尽くしても長き夜あかずふる涙かな」の意訳&意味
意訳:いま鳴いている鈴虫(松虫)のように声のかぎり鳴き尽くしても、秋の夜長も足りないくらい、とめどなく落ちる涙ですこと
帝の言葉を預かって、北の方の住まいまでやって来た命婦が、北の方に詠んだ歌。
涙を誘うような鈴虫の声が、秋の夜長でさらに心に染みて悲しい様子を詠んでいます。
「ふる」は涙が「降る」を表していますが、鈴を「振る」という言葉とも共鳴させています。
4.「いとどしく虫の音しげき浅茅生に露おきそふる雲の上人」の意訳&意味
意訳:たくさんの虫が鳴くような侘しい住まいまでおいで下さり、さらに悲しみの涙を置きそえるお方であること
命婦が詠んだ「鈴虫の~」に対する、北の方の返歌。
桐壺を亡くし、光源氏のことも考えるとただでさえ悲しいのに、これ以上悲しませないでくれ、と切り返した歌です。
浅茅生はススキのような草の総称で、ここでは荒れ果てた庭を指しています。
相手の歌を含ませて、浅茅生に露を置く(すでに荒廃したこの庭の情趣にいっそう涙を添える)というメタファーがきいています。
5.「荒き風ふせぎしかげの枯れしより小萩がうへぞ静心なき」の意訳&意味
意訳:荒い風を防いでいた大木が枯れてしまったように、桐壺が亡くなってしまったので、小萩(光源氏)の身が案じられ、心が安まりません
帝の「宮城野のぶ~」に対する、北の方の返歌。
光源氏を守る役割として、桐壺を大木になぞらえ、小萩を光源氏にたとえた帝の歌を返しています。
帝の存在を無視したような歌になっていることを、作者は読者に注意させています。
6.「尋ねゆくまぼろしもがなつてにても魂のありかをそこと知るべく」の意訳&意味
意訳:『長恨歌』にあったように、人の魂を捜しにゆく幻術士がほしいものだ。人づてにでも、魂の在処を知ることができるように
桐壺の「かぎりとて~」に、死後おくれて返した歌。
「まぼろし」は『長恨歌』に登場する幻術士を表していて、帝の悲しみに暮れる心を、楊貴妃を亡くした玄宗皇帝のとも重ねています。
7.「雲のうへも涙にくるる秋の月いかですむらん浅茅生の宿」の意訳&意味
意訳:雲の上と言われる宮中でさえも、涙によって雲って見えない月であるというのに、どうしてあの荒れた宿で澄んで(住んで)見えるというのか
帝が自信の気持ちをのせて詠んだ歌。
「雲のうへ」は宮中を指し、「すむらん」は「澄む」と「住む」がかかっています。
息子の光源氏と、その祖母・北の方が、あの荒れた宿でどのように過ごしているのだろうかと、気にやんでいる様子が詠まれています。
8.「いときなき初元結ひに長き世をちぎる心は結びこめつや」の意訳&意味
意訳:幼い光源氏がはじめて結んだ元結いには、あなたの娘との男女の縁を約束する気持ちも一緒に結んだろうか
帝が右大臣に酒を注ぎながら詠んだ歌。
息子の光源氏と、右大臣の娘である葵の上を結びつけようとする、帝の思いがあります。
9.「結びつる心も深き元結ひに濃きむらさきの色しあせずは」の意訳&意味
意訳:深く心をこめた元結いですから、濃い紫色がいつも濃い紫色であるように、源氏の君のお心変わりがなく娘と長く添い遂げてくれれば、どんなにうれしいことでしょうか。
帝の「いときなき~」に対する右大臣の返歌。
帝の気持ちに応えて、二人が仲良く添い遂げることを願っている内容になっています。
右大臣の娘と光源氏はこのあと結婚しますが、あまり上手くはいきません。
源氏物語「桐壺」の主な登場人物
・桐壺
帝の寵愛を受けた更衣の女性。
光源氏を産むも、3年後に亡くなる。
・帝
朝廷の最高権力者。
愛する桐壺を亡くして悲嘆に暮れるが、藤壺という桐壺によく似た女性を后として迎え入れる。
・光源氏(0歳~12歳)
桐壺と帝の一人息子で絶世の美男子。
元服して葵の上と結婚するも、母に似ているという藤壺に強く惹かれる。
・北の方
桐壺に母親で、光源氏の祖母。
光源氏6歳のときに死去する。
・弘徽殿の女御
帝の后で右大臣の娘。物語で唯一の悪女。
桐壺のことを良く思っておらず、帝が悲しんでいるときも琴など奏でて知らん顔をする。
・左大臣
光源氏が結婚した葵の上の父親。
帝に光源氏と葵の上の結婚を督促される。
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