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『アメリカーナ』のあらすじ&感想!チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの長編小説!

2021年7月16日

『アメリカーナ』のあらすじ・内容

物語は、ブロガー(扱うトピックは「人種」)の主人公・イフェメルがヘアサロンでこれまでの人生を回想しているところから始まります。

ナイジェリア生まれのイフェメルと、そのボーイフレンド・オビンゼ。二人は高校で出会って恋に落ち、同じ大学に進学します。

しかし、大学のストライキによって学業が中断し、先行きが不透明になっていたところ、イフェメルは運良くアメリカへ行くチャンスを得るのです。彼女は渡米し、一方のオビンゼは残って、卒業後にイギリスへ行くことになり、二人は離れ離れになります。

アメリカで暮らすイフェメルと、イギリスで暮らすオビンゼが、それぞれの場所で「移民」として新たな第一歩を踏み出すも、黒人差別という目に見えない壁が二人の人生の局面を難しくしていき、彼女たちの関係は自然に消滅します。

アメリカへ来て13年になるイフェメルは、そんな自分の過去をヘアサロンで思い返していたのです。そして彼女はいま、ナイジェリアへ帰ることを決意していました。まったく連絡を取っていなかったオビンゼにメールを送って。

現代のアメリカとイギリス、そして故郷のナイジェリアという3つの国を舞台にしながら、黒人の「移民問題」を題材に、アイデンティティの揺らぎも描かれた恋愛小説です。

・『アメリカーナ』の概要

物語の中心人物 イフェメル
物語の
仕掛け人
オビンゼ
主な舞台 ナイジェリア、アメリカ、イギリス
時代背景 現代(1990年代~2010年代前半)
作者 チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ
チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ(著)/くぼたのぞみ(訳)/河出書房新社

『アメリカーナ』を読んで分かること

  • アメリカ・イギリスにおける移民・人種問題

・物語のキーワード

移民・恋愛・アフリカン・アメリカーナ・貧困・就職・髪質・ステレオタイプ・階級・第三世界・アイデンティティ・ブログ・アカデミック・スノビズム・友情・アメリカ・イギリス・ナイジェリア

『アメリカーナ』の感想

・移民問題をリアルな声で届ける小説

移民⇔特権階級のリアルな問題

現代の黒人移民が抱えているリアルな問題を知ることができました。ひとえに黒人と言ってもさまざまなカテゴリーがあり、そうした違いや、アメリカにおける彼らの扱われ方などがリアルな描写で書かれていて、興味深く読めました。本書によると、白人は未だ特権階級であり、就職に有利だったり、映画や雑誌などのメインストリームも白人です。ほかにも、たとえば黒人が白人と同じ殺人を犯したとすると、黒人の方がネガティブに取り上げられます。

次世代の日本にも役立つ小説

僕たちの国でも、この問題はそのまま当てはまります。日本への移民は約50万人にのぼり、世界でも第4位(2018年度)の多さ。2019年度では60万人近くになっていて、世界有数の移民大国となっています(出典:OECD国際移住データベース)。今後移民が増えてくるにしたがって、『アメリカーナ』で訴えられている問題は、日本がより当事者意識をもって取り組まなければいけない課題になるでしょう。近年よく見かけるようになった東南アジア系移民の人々や、ポルトガル系移民の人々が、どのような問題や障壁を抱えて日本で生きているのか。特権階級である我々日本人は、どこを改善していかなくてはならないのか。次世代の日本が直面する問題が、『アメリカーナ』では描かれています。

「ブログ」という読みやすさの仕掛け

とはいえ、移民問題というテーマ自体の堅苦しさはありません。小説はあくまでも恋愛がベースで、ウィットに富んだ会話や人間模様が魅力になっています。そのうえで、移民問題がやさしく(重苦しくなく)語られるんですね。そうした柔らかさの秘密は、主人公の書く「ブログ」という形式にあります。

移民問題が語られるのは、主に主人公のブログ『人種の歯、あるいは非アメリカ黒人によるアメリカ黒人(以前はニグロとして知られた人たち)についてのさまざまな考察』のなかです。主人公の直接的な声ではなく、ワンクッション置いた「ブログ」として発信することで、より客観的な声として移民問題を取り上げることに成功しています。

たとえば、アメリカではその人物が何者であっても「肌の色」でカテゴライズされている現実を、主人公はブログで次のように書いています。

「わが同胞たる非アメリカ黒人へ――アメリカではあなたは黒人なのよ、ベイビー」

親愛なる非アメリカ黒人へ、アメリカに来るという選択をするなら、あなたは黒人になる。議論はやめなさい。自分はジャマイカ人だとか、ガーナ人だとかいうのはやめなさい。アメリカにとってはどうでもいいことだから。(中略)だから認めること――あなたが「自分は黒人ではない」というのは、アメリカの人種をめぐる階級で黒人が最下層にあることを知っているからにすぎないのだと。そんなもの、あなたは嫌だから。さあ否定するのはやめよう。

C.N.アディーチェ『アメリカーナ』河出書房新社,p246

こうした語り口調の記事もあれば、非アメリカ黒人がアメリカの生活で知っておくべき事項などをまとめている記事などもあります。

「非アメリカ黒人のためのアメリカ理解――アメリカ式部族主義」

アメリカでは部族主義がみごとに健在だ。種類は四つある――階級、イデオロギー、地域、そして人種だ。第一に階級。これはとても簡単。お金持つの人と貧しい人だ。第二がイデオロギー。リベラルと保守。政治問題で両者の意見が一致することはまずなくて、たがいに相手が悪いと思っている。異人種間の結婚はできるなら避けたいとしながら、まれにそういうケースが起きると、すばらしいと見なされる。第三が地域。北部と南部。ふたつに分裂して内戦になった南北戦争の結果、しつこい遺恨が残っている。北部は南部を見下し、南部は北部を恨んでいる。最後が人種。アメリカには人種によるヒエラルキーがある。最上部は常に白人、明確にいうなら白人のアングロサクソン系プロテスタント、いわゆるWASPで、最下部が黒人、その中間の人たちは時と場合による。アメリカ人はだれもが彼らの部族主義に通じているものとされる。ところがそれらすべてを理解するにはいささか時間がかかるのだ。

C.N.アディーチェ『アメリカーナ』河出書房新社,p206

こうした内容が「ブログ」という媒体を通して書かれるため、地の文で書かれるよりも重苦しさがやわらぎ、親しみやすい効果を生んでいるほか、主人公の内面をリアルで身近なものとして感じられるようになっています。

また、主人公はこのブログを通した講演依頼や広告で生計を立てているほどで、ブログは多くの読者に読まれ、高い評価も受けています。彼女のブログが電子世界のなかだけでなく、現実世界をも拡大していくさまは、読んでいてわくわくするポイントのひとつです。

もちろん、メインストーリーである恋愛要素や、登場人物たちのアイデンティティをめぐる心理的葛藤もみどころです。フェミニズムや人権について、幅広く活動している作者・チママンダさんに興味がある人もぜひ。

この記事で紹介した本

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ(著)/くぼたのぞみ(訳)/河出書房新社