又吉直樹『人間』のあらすじと感想!台頭する個人と名のない大衆を描いた長編小説!

2019年10月10日

又吉直樹さんの三作目『人間』

『人間』は、『火花』『劇場』に次ぐ又吉直樹さんの三作目の小説です。

又吉さんは太宰治の愛読者ですので、タイトルは『人間失格』を連想させます。

ちなみに太宰治が『人間失格』を発表した年が38歳。又吉さんが『人間』を発表した年齢も同じく38歳です。

物語の中にも『人間失格』の要素は随所に見られ、関連を意識して書かれたことが分かります。

『人間失格』で葉蔵と堀木が『罪と罰』について語ったように、『人間』でも主人公の永山らによって『人間失格』について語られる場面があったりして、そうしたクロスオーバーも面白い作品です。

ここではそんな『人間』を、ネタバレなしで紹介していきます。

・作品の概要

主人公 永山(38歳の男性)
物語の
仕掛け人
ハウスの住民
主な舞台 東京
時代背景 現代
作者 又吉直樹

-内容の紹介-

・一般人から有名人へ ~描かれる現代的な問題~

又吉作品に見られる特徴的な点といえば、「台頭する個人と名のない大衆」という構造でしょう。

『火花』では芸人として、『劇場』では劇作家として、一個人だった主人公が著名人へと移り変わります。

『人間』でもその構造が見られ、主人公の永山も絵本作家として台頭していきます。

SNSの普及によって、一般人が有名人になるハードルはぐんと下がりました。

社会的にも「個人」の活躍の場が広がり、公の人として活躍する方も多いでしょう。この傾向はどんどん進んでいくと考えられます。

作品に見られる「苦悩する有名人の姿」は、今やテレビの向こう側の話ではなくなっきています。

又吉さんは、そこで生じる問題や人間の感情を凝視します。

ただの一人の人間だぞ。どいつもこいつも、ただの一人の人間にすぎないんだよ。

『人間』に出てくる影島はこう言います。この言葉は果たして当たり前に受け取られているでしょうか。

有名人と一般人の境界線が近接する現代の問題を見事に描いた作品です。

・太宰治の『人間失格』と又吉直樹の『人間』

冒頭では『人間失格』との関連性を述べましたが、ここでは二つの作品の違いを紹介します。

2つの作品で決定的に異なっているのは、神という存在の認識についてでしょう。

具体的には、

  • 『人間失格』=西洋的一神教
  • 『人間』=東洋的シャーマニズム

というふうに考えることができます。

こうした違いがあるからこそ、『人間』と『人間失格』の着地点は大きく離れていったように思います。

そのような形而上の存在や精神世界といったテーマは『人間』で色濃く表れており、本作品の見どころのひとつだと言えるでしょう。

現実と虚構の狭間で描かれる不思議な世界観を、『人間』でぜひ体験してみて下さい。

『人間』の感想

自分の心の中で棲んでいた怪物が、少しずつ死んでいく感覚のような。縋りたいけど頼りない個性が、少しずつ削られていく感覚のような。ある種の人間が経験するのであろう感情が描かれていました。

「でもな、もう俺には宇宙が見えへん。クリント・イーストウッドに触れられへん」

又吉直樹『人間』毎日出版,2019,247p

作中の人物が発する言葉はわけが分からなくて面白いのですが、なぜかその「感じ」だけは分かる気がします。

作品を貫いているのは、静かな怒りと声にならない叫び。もやもやする塊。そうしたものが失われていくことによって、掴めたものと零れ落ちたもの。

良作に出会ったときよくあるように、読後しばらくは心が重いですが、おすすめです。ぜひ一度読んでみてください。

ちなみに個人的な予想では、又吉直樹さん4作目の小説のテーマは「友情」だと思います。

『火花』で先輩と後輩の関係を描き、『劇場』では恋人を、『人間』では家族を描いているので次は友達かなと。

もちろん『人間』でも友人はたくさん描かれますが、物語の主軸ではないような気がしました。いずれにせよ早くも4作目を期待してしまうような良作です。

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