織田作之助「或る意味で」の処女作『雨』のあらすじから解説まで

投稿日:2019年10月9日 更新日:

『雨』とは?

『雨』は、織田作之助自らが「或る意味で私の処女作」という作品。

お君という女性の変化を中心に物語が進行していきます。

のちの長編小説である『青春の逆説』の下敷きになった作品でもあります。

ここではそんな『雨』のあらすじ・解説・感想をまとめました。

この記事を読んで分かること

  • 『雨』のあらすじ・概要
  • ・解説1 お君の変化
  • ・解説2 豹一の変化
  • 『雨』の感想 ~『雨』の無常観~



『雨』のあらすじ

金助の一人娘であるお君は、小さい頃から裸足になるのが好きだった。

大人になると教員の軽部という男に嫁ぎ、豹一という子をもうけたが、しばらくすると軽部はぽっくり死んでしまう。

それから金持ち野瀬安二郎と二度目の結婚をするが、彼はケチで良い暮らしをさせず、また息子の豹一ともそりが合わない。

豹一は優秀で良い高校にも行くが、母の九郎を思って学校を中退。働いて家を出て行くが、出先で病気になりお君に看病される。

病気が落ち着くとまた家を出るが、遊んでいた女性との間に子が出来たことを知り、豹一は20歳で父となる。

まだ38歳のお君は、そんな豹一と妻の友子を訪ねてしげしげと家に通う。

安二郎から早く帰ってこいと迎えが来ると、の中を傘を差して帰って行った。

・『雨』の概要

主人公 お君
物語の
仕掛け人
豹一
主な舞台 大阪
時代背景 大正時代頃
作者 織田作之助



-解説(考察)-

織田作之助の『雨』は、全三章からなる小説です。

簡単にまとめると、

  • 一章.お君について
  • 二章.豹一について
  • 三章.お君と豹一について

が描かれます。

『雨』の構成をみて分かるのは、一章と二章でそれぞれの性格が提示されつつ、三章でその変化が描かれていることです。

ここではその

  • お君と豹一の性格と変化

をそれぞれ解説していきます。

・お君の変化

お君は始め、裸足になったりすることでの感覚を楽しむのが好きな子として描かれます。

子供のときから何かといえば跣足はだしになりたがった。(中略)

蝸牛を掌にのせ、腕を這わせ、肩から胸へ、じめじめとした感触を愉しんだ。

これは、生のままの生命を楽しむ純粋さが表現されています。

しかし、お君は十八のときに軽部(のちの夫)に身体を掠められ、父が死んだとき見習弟子に襲われ、二度目の嫁ぎ先で召使いに犯されます。

そうした出来事を経て、外見的には悲しさを出さないものの、お君の純粋さは失われていきます。それを象徴するのが最後の一文です。

お君は、また来まっさ、さいならと友子に言って、雨の中を帰って行った。一雨一雨冬に近づく秋の雨が、お君の傘の上を軽く敲いた。

傘という防護膜で雨に濡れまいとしている様子は、水が好きだった当時のお君と対照的です。おそらくは肌を出すことの不純さをも知ってしまったからでしょう。

このように、『雨』では「水と肌」を主軸として、一章から三章にかけてお君の変化が描かれています。



・豹一の変化

豹一は一章の後半から出てきて、二章では話の主軸となる人物です。

彼は二人目の父親である山谷安二郎に卑猥な話を聞かされたことをきっかけに、性的なものへの嫌悪を覚えます。

こっそり見せてくれたのは、あくどい色のついた小さな絵だった。そして山谷は、お君と安二郎にその絵を結びつけ、口に泡をためて淫らな話をした。(中略)

(豹一は)辱かしめられたと思い、性的なものへの嫌悪もこのとき種を植えつけられた。

豹一は端正な顔立ちで多くの女性から好かれますが、接吻以上の関係にはなりません。あわやそんな雰囲気になると、なぜか母親の想出にそそられて相手を突っぱねるのです。

しかし、そんな彼も三章になると女性を知ります。家を出て母の元を去ったことが無意識的な理由かもしれません。

そうして彼は妓に入り浸り、それがもつれて友子という女性に子を孕ませます。

このように、豹一は「性的なものへの受容」を主軸として、二章から三章にかけて変化していきます。

 

以上をまとめると、『雨』はお君と豹一の変化を通して二人の「性」というテーマが描かれている作品であることが分かります。

ちなみにお君は十八で男を知り、豹一も十八で女を知ったことから、十八才という年も何かの意味があるのかもしれません。



-感想-

・『雨』の無常観

お君の初めの夫である軽部がぽっくりと死んだときには、そのあっけなさに思わず笑ってしまった。

人間に必ずおとずれる死の無常観が、『雨』ではとても上手く描かれているように思います。まさに「ぽっくり」という感じが出ているのです。

感傷的になりすぎず淡々と過ぎていく人生が、織田作之助特有の手法で紡がれていきます。

太宰治が『人間失格』で書いたような、

いまは自分には、幸福も不幸もありません。
ただ、一さいは過ぎて行きます。

という感じに似た雰囲気を、この『雨』からは読み取ることが出来ます。

個人的には、代表作といわれる『夫婦善哉』よりも淡泊で好みです。

ここでは他にも織田作之助の作品を紹介しているので、興味があれば見て下さい。

『雨』を元にした長編小説『青春の逆説』のあらすじ・解説はこちら▽

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-評価-

そこはかとない艶やかさ

『雨』のひとことまとめ

  • 「性」というテーマを通して、お君と豹一の変化が描かれる物語。

・作品情報

  • 『雨』(『夫婦善哉正続』岩波書店)
  • 著者:織田作之助
  • 発行者:岡本厚
  • 発行所:岩波書店
  • 印刷所:精興社
  • 製本所:牧製本
  • 発行:2013年

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