『天衣無縫』とは?
『天衣無縫』は二十四にして結婚をした女性・政子を通して、天真爛漫な夫・軽部清正の人間性が描かれる織田作之助の短編小説です。
『青春の逆説』の主人公・豹一の友人として出てくる「野崎」の人物像が、軽部のモデルにもなっています。
ここではそんな『天衣無縫』のあらすじ・解説・感想をまとめました。
『天衣無縫』のあらすじ
政子は24才で結婚する。夫は軽部清正。
政子は清正を頼りがいなく思い、実際彼は頼りない。
一番いけないのは、彼がお金を誰彼なく貸すと言うこと。また気が弱く、人に頼まれると断れない性格だ。
しかし、彼は決してへつらっているわけでは無く、本当に友達が困っているのだろうと思い、自ら借金までして貸すのである。そんな清正を、友人達はひそかに尊敬している。
結婚後しばらくすると、そんな清正との間に子どもが出来た。夫にも稼ぎを増やしてもらわねばと思う政子だが、夫の給料はなかなか上がらない。
良い大学も出て、無遅刻無欠勤で真面目に勤めているのに昇給しないのはなぜかと政子が考えあぐねていると、分かった。
彼は持ち前の呑気さから、たびたびタイムレコードを押すのを忘れて、そのたび会社から無断欠勤と見なされているのだ。
政子が清正にそのことをキツく言うと彼は、普段そんなことまでいちいち気をつけて偉くならんといかんのか、といつにない怖い顔をして政子をにらみつけた。
そうして昼間は、友人の仕事をなんでも引き受けるのでひどく疲れるのか、家に帰るとすぐに眠るのであった。
・『天衣無縫』の概要
主人公 | 都出政子 |
物語の 仕掛け人 |
軽部清正 |
主な舞台 | 大阪 |
時代背景 | 大正~昭和 |
作者 | 織田作之助 |
-解説(考察)-
・逆説的な政子の態度
『天衣無縫』の物語は主人公の政子によって語られます。
僕はこの物語を、
- 夫を逆説的に肯定する妻の物語
だと読んでいます。それを以下で説明します。
まず「天衣無縫」とは、飾り気がなく自然体で美しいさまを表します。「天真爛漫」と同義です。
織田作之助の『天衣無縫』では、主人公の夫・軽部清正を「天衣無縫」の人として描いています。
彼は誰に対しても親切で、ときにはその姿が滑稽に映るほどですが、本人はそんなことてんで気にせず、素直な心で生きています。
とはいえ、彼が全くの聖人君子というわけでも無いところがこの作品の面白い部分であり、また彼の面白い部分でもあります。
そうした軽部清正の姿が、妻・政子の視点で描かれているというのが、この作品の特徴的な部分です。
彼女は批判的な口調で夫の素性を述べますが、全てを読み終わった後、読者は夫・清正のことを悪くは思いません。
ただ彼の天衣無縫さに感心し、多くの人が彼を好人物だと思うのです。
特に最後の一文、
その旨あの人にきつく言うと、あの人は、そんなことまでいちいち気をつけて偉くならんといかんのか、といつにない怖い顔をして私をにらみつけた。そして、昼間はひとの分まで仕事を引き受けて、よほど疲れるのだろうか、すぐ横になって、寝入ってしまうのでした。
織田作之助『天衣無縫』
という清正の態度が、彼を好人物にする決め手になっています。
しかし、このような語りをしているのは、妻である政子です。本当に夫を非難しているならば、このような書き方はしないでしょう。
つまり内容こそ夫を卑下するような語りになっていますが、逆説的に夫を受け入れ、肯定しているのだという風にも読み取れるのです。
こうした語りの構成から、『天衣無縫』は夫を肯定する政子の態度が読み取れる作品なのではないかと思っています。
・『青春の逆説』の野崎との関連
冒頭でも述べましたが、『天衣無縫』の軽部清正は、『青春の逆説』の登場人物・野崎と似た人物像になっています。以下がふたりの共通点です。
- どちらも京都の高等学校の学生
- 忘れっぽく頼りない性格
- 京都に親戚がある
- 実家が大阪にある
- 人の頼みを断れない
などなど。
『天衣無縫』の軽部清正はもう高等学校を卒業している大人なので年齢は少し違いますが、素性、性格ともにほとんど同じ人物像になっています。
『青春の逆説』の主人公・豹一はあまり他人に気を許しません。
そんな主人公も、友人の野崎に対しては、
何か底知れぬ野崎の魅力に触れた想いで、にわかに友情が温って来た。
と思っています。
つまり、このような人物像が肯定されるような描かれ方が、『天衣無縫』と『青春の逆説』どちらの作品でもされており、作者の織田作之助が好んだキャラクターであることが分かります。
『天衣無縫』が面白かったという人は、『青春の逆説』も気に入ると思うので、ぜひ読んでみて下さい。
ここでも『青春の逆説』についてはまとめているので、内容を知りたい人は下の記事をどうぞ▽
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織田作之助『青春の逆説』あらすじ・考察・感想まとめ!
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-感想-
・織田作之助の女性像
この『天衣無縫』は、織田作之助の女性語りの代表作でしょう。
太宰治にしてもそうですが、この時代の作家の女性語りには面白い作品が多い気がします。
言い切らずに途中で途切れる言葉遣いなど、女性的な表現が巧みな作品だと思います。
土地柄もあるのでしょうか、太宰治が描くような慎ましく弱い(でも根は強い)ような女性像とは違って、どちらかと言えばさっぱりと気の強い女性像が織田作之助の作品には見られます。
とはいえどこか芯で共通している部分もあって、その時代の男性が捉えた女性像を知れる作品でした。
ちなみに、『天衣無縫』は24才で結婚する政子が描かれ、太宰治の『きりぎりす』では24才で離縁する女性主人公が描かれます。
「女性語り」や「夫への不満」といった共通点もありますので、このテーマに興味がある人は読んでみて下さい。
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太宰治『きりぎりす』の鳴き声は何を表すか?あらすじから解説まで!
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以上、『天衣無縫』のあらすじと考察と感想でした。
この記事で紹介した本