太宰治『きりぎりす』の鳴き声は何を表すか?あらすじから解説まで!

2019年10月14日

『きりぎりす』とは?

『きりぎりす』は、夫の変貌を嘆く妻の視点で描かれる太宰治の短編小説。女性語りが上手い太宰の隠れた名作です。

きりぎりすという虫を効果的に用いた物語になっています。

ここではそんな『きりぎりす』のあらすじ・解説・感想をまとめました。

『きりぎりす』のあらすじ

お別れいたします。あなたは変わってしまったからです。

売れない絵描きだったあなたの方が好きでした。

今ではお金は入ってきますが、あなたはなんだか、きたないお心になってしまったようです。

但馬さんのおかげで世に出られたというのに、あの方の悪口なんかも言うようになって、私は恥ずかしい。

あなたが高くしていらっしゃるお鼻も、今に折れてしまうでしょう。

先日ラジオであなたの声が聞こえてきたとき、まるで他人の声のようでした。

その夜、私は早くに寝ました。背筋の下で、小さなきりぎりすが懸命に鳴いていました。

この世ではきっと、あなたが正しくて、私が間違っているのでしょうが、私にはどこが、どんなに間違っているのか、どうしても分かりません。

・『きりぎりす』の概要

主人公
物語の
仕掛け人
主な舞台 東京
時代背景 昭和・秋
作者 太宰治

-解説(考察)-

・きりぎりすの鳴き声が表すものとは?

きりぎりすは、その鳴き声の侘しさや秋の雰囲気などから、

  • 孤独

を表す役割として文学的に用いられることが多い虫です。

たとえば芥川の『羅生門』には、

ただ、所々丹塗にぬりげた、大きな円柱まるばしらに、蟋蟀きりぎりすが一匹とまっている。
(中略)
丹塗にぬりの柱にとまっていた蟋蟀きりぎりすも、もうどこかへ行ってしまった。

芥川龍之介『羅生門』

ときりぎりすを描写することで、羅所門の下で雨宿りをしている下人の孤独や寂寥感を、大きな柱にぽつりと存在するきりぎりすに重ねて表現しています。

また、

きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む
(きりぎりす鳴いている。霜が降りる寒々しい夜に、むしろ上に衣の片袖を敷いて、ひとりで寂しく寝るのだろうか)

後京極摂政前太政大臣

という短歌などでも、詠み手の嘆きをきりぎりすの寂しい鳴き声に合わせて表現しています。

もちろん太宰治の『きりぎりす』でも、きりぎりすは主人公の寂しさや孤独を表す象徴として描かれています。

なんだか私の背骨の中で小さいきりぎりすが鳴いているような気がするのでした。この小さい、幽かな声を一生忘れずに、背骨にしまって生きて行こうと思いました。

太宰治『きりぎりす』

寝ている主人公ときりぎりすの姿が重なる場面です。

また、きりぎりすの小さな声は、孤独な主人公の精一杯の声でもあります。

このように、きりぎりすは孤独や寂寥感を表す象徴です。

ですので太宰治の『きりぎりす』は、主人公の侘しい境遇を小さなきりぎりすを通して描いた作品だと言えるでしょう。

・『きりぎりす』の語り-二人の主人公-

『きりぎりす』の夫は人気が出てきたからといって、周りの人を悪く言ったり、横柄に振る舞ったり、大家のようなポーズを取ってみたりします。

この作品が面白いのは、そうした夫の姿が、その妻の視点から描かれていることです。

作者である太宰治は、『きりぎりす』について次のように語っています。

自戒の意味でこんな小説を書いてみた。(中略)私の心の中の俗物根性をいましめただけの事なのである。

これは多少、発表当初の『きりぎりす』が「某作家を攻撃したものだ」という噂があったことに対して、太宰が否定するコメントを書いたということもあると思います。

ですが、この言葉を素直に受け取るならば、太宰は主人公の夫に、未来の自分の姿を重ねて描いたということになるでしょう。

そのような「なってはいけない自分」と、そんな自分を視る他者の目をメタ的に描く太宰の態度からは、常に他者の目を意識していた彼の様子がうかがえます。

『きりぎりす』は女性が主人公の小説ですが、そのような女性の目を通して、夫である男性の姿も浮かび上がってくる構造になっています。

このような語りの構造は、織田作之助の『天衣無縫』などでもみられます。このふたつの作品は似通っているところがあるので、気になる方は読んでみて下さい。

【小説】織田作之助の『天衣無縫』ってどんな話?あらすじ・解説・感想まとめ

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-感想-

・太宰の描く女性像

太宰が好んで描く女性像は、清くさとく心が美しい人が多い気がします。

処女崇拝というのでしょうか。女性の汚れていない真っ直ぐな心みたいなものを信じて、取り出して、それを太宰の中で創りあげているような。

特に、『ヴィヨンの妻』のさっちゃん、『葉桜と魔笛』の妹、『人間失格』のヨシ子のような女性はその傾向が強い気がします。

これが太宰の理想像なのか、それとも実際に女性という存在をこのように捉えていたのか、それは分かりません。

『きりぎりす』の主人公もそのような気質はありますが、細かく言えば彼女たちよりも少し気が強いかもしれません。

たとえば『斜陽』のかず子や、『女生徒』の主人公のような人物です。

こうしてみると、太宰の描く女性はほんとうにたくさんいることが分かります。

男の主人公はたいがい同じような(太宰自身を思わせる)気質で描かれますが、女性の主人公には多様性がみられます。

ここでは太宰治の女性語り作品をまとめているので、気になった方はチェックしておきましょう。

サムネイル
太宰治特有の文体!「女性語りの小説」ベスト5!

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以上、『きりぎりす』のあらすじと考察と感想でした。

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