『俗臭』とは?
『俗臭』は織田作之助の芥川賞候補作です。この小説は、
- 芥川賞候補作となった初出版の『俗臭』
- 『夫婦善哉』の単行本に収録される際に大幅に改稿された改稿版『俗臭』
のふたつの形があります。
ここでは、改稿版『俗臭』のあらすじ・考察・感想をメインに、初出版『俗臭』との違いも解説していきます。
『俗臭』のあらすじ
権右衛門は和歌山の魚問屋の息子として児子家に生まれる。
裕福な家庭であったが、25歳のとき父の散財のために一家離散する。
父の遺言は、一万円儲けて児子家を再興してくれというものであり、権右衛門はその言葉を肝に銘じた。
その後大阪へ出て色々な商売に手を付け、権右衛門は少しずつ成功していく。
妻の政江を娶り、一万円を貯めるために鰯一匹の質素な生活をしていくと、金はみるみるうちに貯まっていった。遺言の一万円は軽く稼いだ。
目標の一万円を超えると、次は十万円。十万円を超えると、次は百万円と目標額を上げていき、離散した家族の面倒も見た。
最後には百万円を超え、父親の墓を紀州の湯浅に建てた。親戚を大勢呼び盛大な二十回忌をして、みんなで写真を撮った。
政江はダイヤモンドの指輪をはめており、権右衛門は前列の真ん中にいたはずなのに、なぜか端にいて首を後ろへ向けていた。
・『俗臭』の概要
主人公 | 権右衛門 |
物語の 仕掛け人 |
妻・政江 |
主な舞台 | 和歌山→大阪 |
時代背景 | 大正時代 |
作者 | 織田作之助 |
-解説(考察)-
・初稿版『俗臭』と改稿版『俗臭』の違い
初稿版の『俗臭』は全四章で構成されており、その第三章だけを抜き出して肉付けしたのが改稿版『俗臭』となっています。
改稿版『俗臭』は織田作之助作品には珍しく、主人公が成功する物語となっています。
しかし、そのような主人公・権右衛門の成功の姿を俗世間的だとして描いている点が特徴的な作品です。
野望通り一万円の金を貯めた権右衛門ですが、昼食は鰯一匹のまま。芝居を見るのも庶民と同じく十銭小屋といった始末です。改稿版の『俗臭』では、そうした彼の俗世間感が強調されています。
一方で、初稿版の『俗臭』では、妻の政江と権右衛門の夫婦関係が主軸として描かれており、どちらかと言えば妻・政江の俗世間感が強調されている作品です。
内容的にも、主人公の成功譚とは言いがたいような物語になっています。
『夫婦善哉』に収録されている『俗臭』も面白いですが、初稿版の方が読みごたえはあります。気になる方は初稿版『俗臭』も読んでみることをおすすめします。
ちなみに、青空文庫にある『俗臭』は初稿版の方ですので気軽に読むことが出来ます。本で読みたい方は、インパクト出版から出ている『俗臭―織田作之助「初出」作品集 』を探してみてください。
・改稿版『俗臭』のストーリー整理
改稿版『俗臭』は、物語の構成が分かりやすくなっている分、読みやすい小説です。
簡単にまとめると、権右衛門は次のようなサクセスストーリーを歩みます。
- 川口の沖仲仕で月給十円
- 冷やしあめの露天商人で月収九円
- 婆さんを雇った霊灸で一週間二十円
- 屑屋になり三年間で三千円
- 銅鉄などの金属類に転向し、一万円達成
- 中国へ渡り十万円。一世一代の賭に出て百万円を儲け億万長者に
ここでは『俗臭』の内容を知りたい人のために、権右衛門のサクセスストーリーを解説していき、物語の構成をみていきます。
大雑把にですが、当時の一円が現在のどれくらいなのか?ということも見ていきますので、参考にしてみて下さい。
始まり.権右衛門、紀州湯浅に生まれる。
権右衛門は魚問屋の長男として生まれます。
父の遺言である「一万円の金を作る」という目的のために物語は進み始めます。
1.川口の沖仲仕で月給十円
沖仲仕(おきなかし)とは、港で船の荷物の積み下ろしをする労働です。
そこの主人が骨身を惜しまず仕事に励む権右衛門を見て、帳場に使ってくれます。
大雑把にですが、明治~大正時代の一円は今の一万円~五千円くらいのようです。
なので、沖仲仕の月給十円は、十万円~五万円くらいだと思います。
このときの所持金は十円です。
2.冷やしあめの露天商人で月収九円
沖仲仕の給料を元手に、冷やしあめの露天商人を始めます。
一日一円ほどの売り上げですが、元手を差し引いたり腐らせたりして、だいたい三十銭の儲け。一ヶ月休みなしで働いて九百銭=九円の計算で、沖仲仕の給料よりも低いです。
これもひと月ほどで見切りを付けて辞めてしまいます。
露天道具を売ったりして十円ほど手元にありましたが、弟に金を半分あげたため、このときの所持金は五円です。
3.婆さんを雇った霊灸で一週間二十円
霊灸は権右衛門が初めて大きく設けた商売です。
日本一の名霊灸!人助け。どんな病気もなおして見せる。△△旅館にて奉仕する!
という宣伝文句からみるに、スピリチュアル的な商売だったことが分かります。
「前後一週間の間に、五円の資本が山分けしてなお八倍になり」と書いているので、5÷2×8=20で二十円の儲けだったと考えられます。
しかし婆さんがあまりの忙しさに身体を壊したので、見切りが肝心と婆さんを和歌山に置いて逃げます。
婆さんの治療費にいくらか使い、このときの所持金は三十円です。
4.屑屋になり三年間で三千円
汽船で大阪に帰る途中、金持ち風の男にどんな商売をしているのかと尋ねて、元は紙屑屋だったことを知り紙屑屋になります。
それから電球の廃球専門の屑屋になり、二年ほど経つと三千円が貯まります。
平均すると年間千円となり、月収は85円ほどです。沖仲仕の給料8倍くらいで、現代換算だと80万~40万円ほどでしょう。
もはや権右衛門も立派な商人ですが、見切りが肝心と廃球屑屋も辞めてしまいます。
5.銅鉄などの金属類に転向し、一万円達成
地金類に目を付けた権右衛門は、欧州大戦の影響で銅や鉄の値が跳ね上がると大儲けします。
目標の一万円はあっさりと突破し、二万円の金が出来るのです。
しかし権右衛門はそれだけでは飽き足らず、十万円の目標を立てます。
それから今まで手を掛けてこなかった兄弟達を呼び寄せ、同じ商売をやらせます。
6.十万~百万円までの道のり
それから権右衛門は中国に渡り、あっさりと十万円を儲け、兄弟たちの利益もあって三十万円に達します。ここで彼は一世一代の賭に出ます。
東京に沈没した船が三十万円で出ていて、成功すれば百万円。失敗すれば全額損失という案件でした。
権右衛門はもちろん勝負に出て、百万円を手にするのです。沖仲仕から鉄商人まで、これが彼のサクセスストーリーです。
終わり.権右衛門、父の墓を建てる。
物語が父の遺言から始まったように、最後も父の供養で終わるという構成になっています。
権右衛門の総資産は、現代の円に換算すると数十億円。見事億万長者になった彼は父の墓を建て、親族総出で二十回忌をします。
以上が改稿版『俗臭』の物語構成です。見ると分かるように権右衛門のサクセスストーリーになっています。
初稿版とは違った物語ですが、織田作之助の味が出ている面白い作品です。
-感想-
・成功すればするほど俗臭が漂ってくる作品
紀州に置いてけぼりにされたお婆さんはどうなったのか。それだけが僕の気がかりです。
『俗臭』は見切りが肝心という持論を持つ児子権右衛門の成功譚。
物語は壮大なはずなのに、鰯一匹の昼食や、十銭小屋の芝居、安い女郎部屋での女買いなど、なぜか質素な場面が印象に残るおかしな作品です。
個人的には初稿版の方が好きですが、最初に『夫婦善哉』に収録されている改稿版の方を読んだので、『俗臭』といえば改稿版を思い出します。
どちらも面白いので、機会があればぜひ読んでみて下さい。
以上、『俗臭』のあらすじ・解説・感想まとめでした。