『夜行巡査』のあらすじと感想&考察!観念小説や「仁」の意味まで徹底解説!

2020年6月6日

『夜行巡査』とは?

『夜行巡査』は、規律を重んじる八田義延という巡査と、彼をに恋するお香という二人の悲恋を描いた短編小説です。

泉鏡花の初期に書かれた作品で、「仁(思いやり・愛)」についての観念的なテーマが物語の主軸となっています。

ここではそんな『夜行巡査』のあらすじ・解説・感想をまとめました。

『夜行巡査』のあらすじ

主人公の八田巡査は、規律に厳しい人物だった。

たとえどんな事情があろうとも職務通りに事を進めるので、冷酷な人間だと思われることも少なくない。

たとえば、あるときには貧しい老車夫を見苦しいと叱責し、あるときは寒さを他人の軒下で凌いでいる母子を容赦なく追い立てたりした。

そんな彼がいつもの通り夜回りをしていると、彼の好いていたお香という女性と、酔っ払った老人が目に入った。

女に伯父と呼ばれている老人は、彼女にこんなことを言っている。

「おれがお前を今日の婚礼に連れて行った理由はな、お前を苦しめるためさ。

おれはお前の母親が好きだったが、それをお前の父親に横取りされた。

以来、復讐を夢見てきたが、お前の母と父は死んでしまったので、お前に当たるしかない。

だから、お前が好きなあの八田とかいう巡査と結婚させないのも、ひとえにこの復讐のためなのだ。

おれが死ぬまでお前を苛め抜いてやる。そして死ぬときはきさまも一緒だ」

それを聞いた瞬間お香は走り出した。

川へ入って自殺すると思った伯父は、慌てて後を追いかけようとしたが、酔眼に足下をあやまり、すべって川へ落ちてしまった。

見ていた八田はすぐさま駆けつけたが、お香に「私たちを引き裂くあの男を助けるのか、それに何よりあなたは泳げない」と言われる。

しかし八田は「諦めろ、これも職務だ」と言い川へ飛び込む。

彼は愛と生命を捨てた。そして後に彼の話を聞いた人々は、彼を「仁なり」と称した。

だが、はたして彼の行為は仁だろうか。

しかも、老車夫を懲罰し、母子を叱責するのを称賛する者がいないのはなぜだろう。

・『夜行巡査』の概要

主人公 お香
物語の
仕掛け人
八田義延
主な舞台 東京千代田区
時代背景 明治二十七年十二月十日
作者 泉鏡花

-解説(考察)-

・『夜行巡査』のテーマを簡単に

『夜行巡査』は、八田巡査とお香の悲恋を描いた物語です。

八田巡査は精励恪勤ではあるものの、それゆえに人間味が乏しく、社会的意義を尊重する人物として描かれます。

たとえば彼は、貧しい老車夫を見苦しいと言って咎めたり、浮浪者の母子を「規則だから」といって寒い夜空に放り出したりするのです。

前半の章では、どのような状況でも規則に忠実な八田巡査の姿が入念に描かれます。

一方のお香は、親代わりである伯父に恋愛を邪魔される「縛られた」女性として描かれる人物です。

そんな二人の恋を邪魔する伯父は、物語のキーパーソンです。

彼が誰もいない川に落ちることで、八田巡査は選択を迫られます。

伯父を見捨てれば、八田巡査はお香と幸せになれるという場面です。

しかし、八田は巡査という職務上、伯父を助ける方を選びます。

彼は泳ぐことが出来ないので、伯父を助けに川へ入ることは死を意味します。

それでも八田は川へ飛び込み、職務のために愛と生命を捨ててしまうのです。

このような結末を持ってくることで、

  • こうした彼の「規則第一」の行動は、はたして正しいことなのか?

という筆者の主張が伝わってきます。

この問題提起は、ラストシーンで「仁」という中国思想と絡めて書かれています。

ですが、「仁」というのは少しあやふやな概念です。

次にはそんな「仁」の解説をもとに、『夜行巡査』が観念小説と呼ばれる理由をみていきます。

・『夜行巡査』が観念小説と呼ばれる理由

観念小説とは、作者の観念(主義主張)が前面に出ている小説です。

『夜行巡査』も観念小説の代表的な作品のひとつであり、ここでは八田巡査の行為と「仁」という世間の評価を通して作者の主張が描かれます。

・仁とは何か?

まず、「仁」とは中国思想のひとつで、孔子という思想家が説いた概念です。

ただし、孔子の説く「仁」は明確な基準がなく、あくまで抽象的な概念になります。

簡単に、

  • 他人を思いやる心

と捉えておくと問題はありません。

『夜行巡査』で使われる「仁」も、「他人を思いやる愛」という認識でよいでしょう。

八田巡査がお香の伯父を助けようと川へ飛び込んだため、彼は後の人々に「仁なり」と賞されることになります。

・『夜行巡査』=観念小説の理由

『夜行巡査』を観念小説たらしめているのは、八田巡査の行いは本当に「仁」なのか?ということを、語り手が問題提起しているところです。

八田巡査の行動は三つあります。

  1. 股引の破れた老車夫を注意した
  2. 軒下で寝ていた浮浪者の母子を追い立てた
  3. 溺れた老人を助けに川へ飛び込んだ

この三つの行動には共通点があり、それは「彼が規則に則って行動した」ということです。

八田巡査は職務を全うする過程でいかなる事情があろうとも、また誰にどう思われようとも、「規則」を第一に行動しています。

たとえ他人のために命を投げ出したという事実があるにしても、彼の判断基準は「規則」であり、愛や思いやりではありません。

それは、八田巡査が一章と二章で見せた、老車夫や母子への対応でも分かります。

こうしたことから、語り手は八田巡査について「ああはたして仁なりや(彼の行為を仁だと言えるのだろうか)」と言っているのです。

つまり、八田巡査は愛や思いやり(仁)ではなく「規則」で行動しているので、答えは「仁ではない」ということになります。

このような八田巡査の行為と、「仁」の問題提起があるために、『夜行巡査』は観念小説と呼ばれています。

・『夜行巡査』を成立させる重要な出来事

八田巡査は職務を全うするために川へ飛び込みました。

ところが、彼は全く泳げないので、そのまま寒い冬の川で溺れて死んでしまいます。

泳げない彼が人を助けるために川へ飛び込むというのは、一見美しくもみえるでしょう。

一方で、泳げないのに川へ飛び込むという行為はただの無謀であり、無意味だとの見方もできます。

『夜行巡査』の物語においては、彼の行為には意味がなかったと考えるのが妥当です。

結果的に、彼は伯父を助けることが出来ず、自らも命を落とし、愛する人を幸せにすることもできなかったからです。

先ほど書いたように、彼は愛や思いやりではなく、規則を守る人物として描かれています。

そんな彼が無駄死にするという結末は、彼のような生き方・考え方を、『夜行巡査』という物語は否定しているということです。

逆に言えば、

  • 「規則」ではなく「仁」を重んじた方が良い

と主張しているともいえるでしょう。

規則にとらわれた人間を、その規則によって死なせることで、何が一番大事かを考えさせるような仕掛けになっています。

このようにみると、八田巡査が川へ飛び込むという出来事は、『夜行巡査』で描かれる観念の主張を支えるもっとも重要な出来事だといえます。

-感想-

・伯父の恋愛という視点

お香の伯父は『夜行巡査』の中心人物です。

彼はお香の母親に失恋したため、復讐を誓ってお香と八田巡査の恋路を邪魔します。

伯父の執念深さは恐ろしいほどで、

「おれももう取る年だし、死んだあとでと思うであろうが、そううまくはさせやあしない、おれが死ぬときはきさまもいっしょだ」

泉鏡花『夜行巡査』

という彼のセリフには狂気じみたものがあります。

しかし、個人的にはこの伯父が悪い人間だとはあまり思えません。

伯父とお香の会話を聞くに、二人は決して悪い仲ではなさそうです。

それに、いくら復讐のためだとはいえ、好いていた女性と恋敵の男の間に生まれた娘を、性根の悪い人間が育てることなどできるでしょうか?

彼はこの年になるまで、自分の恋心を誰にも打ち明けずにきています。

「今までおまえにもだれにもほのめかしたこともない」というので、よっぽど心の内に秘めていたことが分かります。

そんな伯父が冬の寒い晩の日に、酒の勢いもあってか思わず言ってしまったのは、近くに八田巡査がいたことがきっかけです。

伯父はお香が八田巡査を見て嬉しそうにしたのに気づき、腹が立ったのでしょう。

こうした伯父の態度から考えるに、彼はお香のことを愛していたのではないかと思います。

お香と八田巡査が近づくたびに、彼は過去に失恋したことを思い出し、今の状況と重ね合わせていたのでしょう。

(また好いた女を奪られる。)

この思いは、彼の心に眠る恋の炎を一層焚き付けたはずです。

とはいえ親子ほども年が離れているお香を妻に貰うなどできず、それに、もとより好いたなどと言えるわけもなく、またまわりの評判も悪い。

そう考えた伯父は、誰にも打ち明けなかった過去の失恋話まで持ち出して、お香をなんとしてでも傍に置いておきたかったのではないでしょうか。

そんな想像の決定打になったのは、お香が走り出したときの伯父のうろたえ方です。

お香が身を投げるのではないかと思った伯父は、慌てて引き戻そうと飛び出しています。

この姿が、どうしても復讐に取り憑かれた人間の様子だとは思えません。

『夜行巡査』は八田巡査とお香の恋愛だけでなく、実ることのない伯父の歪んだ恋愛という観点からも読むことのできる作品だと思います。

・作品の立体感と空気感

泉鏡花の初期作品には、

  • 『外科室』

という有名な小説があります。

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『夜行巡査』は『外科室』と同じく初期の作品で、大きな共通項はどちらも男女の悲恋を扱ったものだということです。

一方、小さな共通項はたくさんあります。

その中ひとつは、「具体的な時間の描写」です。

『外科室』では、高峰という医学士が、手術を麻酔無しで行う場面があります。

セコンドにして渠が手術は、ハヤその佳境に進みつつ、メス骨に達すと覚しきとき

泉鏡花『外科室』

ここで注目したいのは、三秒という時間を用いている点です。

『夜行巡査』でも、八田巡査が伯父を助けようとする場面で同じような描写があります。

八田巡査はこれを見て、躊躇するもの一秒時、セコンド

泉鏡花『夜行巡査』

『外科室』では三秒、『夜行巡査』では一秒。

どちらも物語の山場ともいえる場面で、緊迫感が漂うところです。

小説内の時間というのは、ほとんどの場合現実世界よりも早く進み、またスキップされることが多いという特性を持ちます。

そんな小説内世界の中で、1秒や3秒といった具体的な時間はリアリティがあります。

泉鏡花はそうした特性を利用し、「秒」という単位を使うことで、場面に緩急をつけると同時に、その映像に明瞭さを与えています。

『外科室』にしても『夜行巡査』にしても、場面の切り替えが比較的少ない作品です。

そんななか「時間」で場面を区切ることで、『夜行巡査』や『外科室』といった作品には立体感と空気感が出ているように思います。

以上、『夜行巡査』のあらすじと考察と感想でした。

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