芥川賞受賞作

石川達三『蒼氓』あらすじ・解説&感想!地方民と都市民の対比!

2019年11月2日

『蒼氓』とは?

『蒼氓』は石川達三の小説で、太宰治の『逆行』や高見順の『故旧忘れ得べき』を抑えて第一回芥川賞を受賞した作品です。

日本からブラジルに渡航しようとする移民たちが神戸港に集い、彼らが出港するまでの8日間が描かれています。

後年になってから、『蒼氓』はブラジルへ行くまでの船旅を描いた2部、ブラジルでの労働を描いた3部が付け足されています。

ここでは芥川賞を受賞した第1部の『蒼氓』のあらすじ・解説・感想をまとめました。

『蒼氓』のあらすじ

1930年3月8日。神戸港にブラジルへ行く移民が集ってくる。8日後に予定。

移民の多くが地方の百姓で、ブラジルを新天地として再起を図っている。孫市と姉のお夏もそのうちの一人だ。

しかし、孫市は周囲から徴兵逃れの疑いを掛けられ心愉しまず、姉のお夏は故郷にいる男性への思いに後ろ髪を引かれている。

人々は収容所で仲間と打ち解け合い、出航までの8日間を思い思いに過ごしている。

出航の日、神戸の第三突堤には、移民達の親族や地元の小学生が見送りに来た。

船が動き出すと、皆は万歳を叫び、知らず知らずに涙を幾筋もながした。

孫市も離れつつある岸にむかって万歳を唱えていたが、ふと気がつくと姉のお夏が見当たらない

姉を見なかったかと色々な人に尋ねるも、みな万歳に夢中で見なかったという。

孫市は船のデッキや廊下を探し、最後に部屋の中を見てみるとお夏の姿があった。

彼女は半ば伏したままおいおいと泣いていた。孫市はそれを見て、涙がどっと溢れてきた。

エンジンの響く音が聞こえ、船が速度を上げた。

・『蒼氓』の概要

主人公 孫市
物語の
仕掛け人
お夏
主な舞台 神戸港
時代背景 1930年3月
作者 石川達三

-解説(考察)-

・地方民と都市民

『蒼氓』の特徴は、秋田や青森などの地方から来る農民の移民たちと、都会から来ている船員の対比だ。

船員には、監督、助監督、医者などがいて、収容所では権力を持っている。

彼らは移民達を多少なりとも見下しているが、農民達はそうした彼らの態度に気がつかない。

言い換えれば、そのような人間の小さな浅ましさなど思いも付かない、農民の純朴な精神が描かれる。

また、作中では地方の人々は方言を話し、船員は標準語を話している点も、農民と船員を対比的に浮かび上がらせている。

このような、

  • 地方の人々と都市圏の人々の対比

が、『蒼氓』の特徴のひとつと言える。

こうした特徴を踏まえて、この物語では民衆の心境が巧みに描かれていく。

・民衆の心境

タイトルである「蒼氓」とは、

  • 民・民衆

という意味であり、そのタイトルが示す通り、この短い物語の中には様々な思いを持つ民が登場する。

その中でも主軸となって描かれるのが、

  • お夏
  • 孫市

の姉弟だ。

お夏は故郷に結婚を申し込まれた男性がいたのだが、弟とのブラジル行きを先に約束していたため、泣く泣く移民になる。

しかし収容所へ届く男性からの手紙に、お夏は心を揺さぶられていく。

一方、孫市は移民先のブラジルに夢を持っているが、周囲から徴兵逃れではないのかと指摘されて、自問自答に苦しむ。

そんな不名誉なことを思われるくらいなら行かない方がましだ!

と思う孫市だが、やはりブラジル行きを手放したくもない。

出航するまでの八日間に、彼らの気持ちは日本とブラジルの間で揺れ動く。

そんなお夏と孫市の心境の描写をはじめ、他の移民たちの感情や思いが『蒼氓』という物語を面白くしている。

-感想-

・蒼氓の人間性

「ンだなし。・・・ンだどもしゃ、豊年も昔だばえかったどもしゃ、近ごろの豊年は何にもなんねもんなあ。安ぐなって、・・・同じことだ!」

『蒼氓』はこうした方言が随所に見られる。

読んでいるからまだ分かるが、聞くとなると半分くらいしか理解出来ないかもしれない。

だけど、こうした方言にはその人となりを表現する深い魅力がある。

物語の舞台となっている1930年は、今から約90年も前になる。

こうした言葉から読み取れる農民たちの精神の動きを見ていると、果たして彼らのように純朴な精神を持った人間は、現代にもまだいるのだろうかという思いがする。

「人間らしさ」というか、人間の芯みたいなものが、今とは比べものにならないくらいの手触りがある。

僕と彼らはもちろん同じ人間なわけだけれど、その人間性において、大きな隔たりがあるように思う。

このことから考えられるのは、90年先の人間も、今の僕たちの人間性とは大きく異なるのだろうということだ。

僕は『蒼氓』に登場する彼らのような人間性が好きだ。しかし、僕は彼らと同じような人間性を獲得することは出来ない。

だから僕は、物語で彼らに接近する。『蒼氓』はその接近を心地よく受け入れてくれる。

この記事で紹介した本

石川達三 (著)/秋田魁新報社 (編集)