『共喰い』のあらすじ・紹介
『共喰い』は田中慎弥さんの第146回芥川賞受賞作。
主人公である高校生の篠垣遠馬は、相手に暴力を振るうことで性的な快感を覚える父親と、血の繋がっていない母親と暮らしている。
自分は父親と同じような人間ではないと思いたい遠馬だが、彼女とセックスを重ねるなかで次第に自分の性癖を自覚していく。
川辺という海に近い小さな町で繰り広げられる、性の欲望をめぐる物語。
ここではそんな『共喰い』の内容・見どころ・感想をまとめた。
-内容・見どころ-
・物語の町並み
『共喰い』は川辺という町が舞台になっている。
町と言っても、描かれるのは汚い川と神社、それから主人公の家と魚屋をしている実母の家、あとは彼女の家やアパートなどで、町のごく一部に過ぎない。
しかし、この小説はそうした一部を描くことで、全体を想像させるような力がある。
たとえば、干上がった川に降り立つ鷺や、壊れた自転車、錆付いて崩れかけのバケツ、潮と川に流される汚水の臭いなども、読者の想像力を喚起している細部だろう。
こうした文章だけで立ち現れてくる川辺の描写が、『共喰い』の見どころの一つだ。
・「川」というアイコン
この物語では、町を流れる「川」が一つの注目ポイントでもある。
主人公の父親が「女の割れ目」と形容しているこの川は、物語の中で重要なアイコンとして機能しているからだ。
川は主人公の実母・仁子さんが商う魚屋の裏手を流れており、彼女は下処理をして出た魚の内蔵などをそこへ流している。
下水設備が整っていないこの町では、汚水は川へ流される。
したがって主人公が風呂場で出した精子も川へ流れ出している。
様々な生き物がいて、あるときはからからに干上がり、あるときは洪水になる。
このように、この物語の「川」には色々なものが流れ出ていて、それらが象徴的に読み取れたりもする。
こうした物語と「川」の関係を読み取ることも、『共喰い』の見どころの一つだと言えるだろう。
『共喰い』の感想
『共喰い』は、川・神社・うなぎ・祭りなどのアイコンが、熟練の囲碁棋士の一手のように、物語上に的確に配置されていくのが面白い作品だった。
時代背景は昭和63年という昭和の終わり。来年には川辺の町の下水設備も整うので、川から漂う異臭もなくなる。
来年というのは昭和64年、つまり平成元年であり、新しい時代の節目でもある。
この物語の「事件」は昭和で終わるのだけれど、主人公は昭和から平成へとまたいでいく。
男性の暴力的な性的欲望という設定から、内容に関して低評価をつける人が多く見られるが、それよりも構成を重視して読まれるべき作品だと思う。
こうしたことから、『共喰い』は文学的なものが好きな方におすすめの作品かもしれない。
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