どうも、近代文学好きの小助です。
この記事では、小説の名文冒頭を紹介していきます。
- 美しい日本語に触れたい
- 有名な小説の冒頭を知りたい
という方は参考にしてみてください。
小説の名文冒頭まとめ!
・『草枕』夏目漱石
山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。夏目漱石『草枕』
テンポの良い冒頭。主人公の考えが読み手にスッと入ってくる秀逸な名文です。
『草枕』は芸術論の物語なので、冒頭から言葉のリズムを大切にしたことがうかがえます。
ちなみに漱石の作品はどれを読んでも、冒頭へのこだわりが強く見られます。
・『舞姫』森鴎外
石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと静にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜毎にこゝに集ひ来る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて、舟に残れるは余一人のみなれば。
森鴎外『舞姫』
石炭を早くも積み終わって、いつもは賑やかな場所が今はひっそりと静かだ、という様子が描かれています。
始めに石炭を積むという動作を持ってくることで、後の”ひっそりとした様子”が一層際立っています。
「舟に残っている一人の自分」を表現するため工夫が凝らされてる冒頭です。
・『五重塔』幸田露伴
木理美しき槻胴、縁にはわざと赤樫を用いたる岩畳作りの長火鉢に対いて話し敵もなくただ一人、少しは淋しそうに坐り居る三十前後の女、男のように立派な眉をいつ掃いしか剃ったる痕の青々と、見る眼も覚むべき雨後の山の色をとどめて翠の匂いひとしお床しく、
幸田露伴『五重塔』
独特なリズム感のある文体で、このまま一段落400字ほどを一息に駆け抜ける冒頭です。
五・七・五という風に決まった言葉数ではないのですが、後になればなるほど読んでいて心地が良くなってきます。
・『雪国』川端康成
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。
川端康成『雪国』
一文だけで読者を雪国へと連れていくテクニカルな冒頭。
「あった」「なった」「止まった」という脚韻も、読み手を物語にグッと引き込んでいきます。
タイトルとも呼応しているので、読んですぐにどんな物語かが分かるところも良いですね。
・『化鳥』泉鏡花
愉快いな、愉快いな、お天気が悪くって外へ出て遊べなくっても可いや、笠を着て、蓑を着て、雨の降るなかをびしょびしょ濡れながら、橋の上を渡って行くのは猪だ。
泉鏡花『化鳥』
幻想的な作風で知られる泉鏡花。
「猪だ」という表現はもちろん比喩ですが、愉快そうな主人公の気持ちと相まって、とても不思議な感じがします。
一文目から鏡花世界がパッと広がっているような冒頭です。
・『細雪』谷崎潤一郎
「こいさん、頼むわ。―――」
鏡の中で、廊下からうしろへ這入って来た妙子を見ると、自分で襟を塗りかけていた刷毛を渡して、其方は見ずに、眼の前に映っている長襦袢姿の、抜き衣紋の顔を他人の顔のように見据えながら、
「雪子ちゃん下で何してる」
と、幸子はきいた。谷崎潤一郎『細雪』
『細雪』の冒頭で特徴的なのは、主軸となる3人の登場人物が一気に出てきているという点です。
セリフから始めることで説明的になりずぎるのを防ぎ、自然な感じで登場人物を紹介しています。
ちなみに「こいさん(小娘さん)=末娘」は大阪の言葉で、物語は大阪の4姉妹が軸となって進んでいきます。
・『鼻』芥川龍之介
禅智内供の鼻と云えば、池の尾で知らない者はない。長さは五六寸あって上唇の上から顋の下まで下っている。形は元も先も同じように太い。云わば細長い腸詰のような物が、ぶらりと顔のまん中からぶら下っているのである。
芥川龍之介『鼻』
たとえ非現実的な話でも、「知らない者はない」という一文を冒頭に持ってくることで、皆が認知していることを強調し、現実感を増しています。
続けて鼻の形容を具体的にまくしたてることで、変な「鼻」をフィクションの中のノンフィクションとして、読者にイメージさせることに成功しています。
1寸は3cmなので、禅智内供の鼻は15cm~18cm。ありえない話ですが、それがたまらなく面白い物語です。
・『走れメロス』太宰治
メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
太宰治『走れメロス』
感情は人間味を表現するうえで欠かせないものです。
「メロスは激怒した」という一文、簡単なメロスの人物説明、激怒した理由。これらが冒頭でまとめられていることで、メロスの人物像を簡単に知ることができます。
ちなみに『走れメロス』のラストは「勇者は、ひどく赤面した。」であり、始めと終わりがきれいな対比になっています。
・『檸檬』梶井基次郎
えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。焦躁と言おうか、嫌悪と言おうか――酒を飲んだあとに宿酔があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。
梶井基次郎『檸檬』
一文目から物語のムードを一気に決めています。
この暗く陰鬱な雰囲気に対して、タイトルの「檸檬」という果物からイメージされる特徴は正反対。
ここがどう繋がっていくのか、という好奇心をくすぐられる冒頭になっています。
・『風の又三郎』宮沢賢治
どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう宮沢賢治『風の又三郎』
冒頭で風を擬人化することで、物語に非現実性を帯びさせています。
それでいながら、序盤~中盤は現実的な描写が続くので、読者は幻想と現実の間で揺さぶられ続けます。
このように幻想と現実を織り交ぜる手法は宮沢賢治の得意とする手法ですが、そのことがよく分かる冒頭です。
・『山月記』中島敦
隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。
中島敦『山月記』
冒頭という縛りがなくとも、名文としてよく知られる『山月記』の始まり方。
中島敦にしか書けないような、漢文調の美しい文章です。
「r」「k」「t」「s」の子音が心地よく、何度でも口に出して読みたくなる一文になっています。
気に入った冒頭があれば読んでみよう!
以上、11名11作品の名文冒頭を紹介してきました。
気に入ったものはあったでしょうか?
ほとんどが青空文庫で読める作品なので、もし面白そうだと思ったものがあれば、ぜひ読んでみて下さいね。
それでは!