『だれも死なない日』のあらすじ・内容
その日、人はだれも死ななかった。
この異常な事態に、人々ははじめ歓喜の渦に巻き込まれていたが、次第に暗い側面も見え始めてくる。
まず、葬儀屋がやっていけなくなった。
次に病院のベッドが埋まっていき、病人を収容しきれなくなった。
さらに宗教も立ちゆかなくなった。死が無ければ、復活もあり得ないのである。
原因は「死(モルト)」だった。人間の死を支配する彼女が、いまや全てを握っていた。
「死なない」ことを描くことで、「死」の輪郭を浮かび上がらせてゆく、ノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴの死と愛の物語。
・『だれも死なない日』の概要
物語の中心人物 | モルト(死) |
物語の 仕掛け人 |
チェリストの男性 |
主な舞台 | ある国 |
時代背景 | 近現代 |
作者 | ジョゼ・サラマーゴ |
『だれも死なない日』の感想
『白い闇』を読んで以降、ジョゼ・サラマーゴは特に好きな作家。
没後20年ということで、おそらく記念的な邦訳なのでしょう。サラマーゴの新たな邦訳となる作品が、この『だれも死なない日』です。
「死なない」ことで「死」を語る
サラマーゴは冒頭で、言語哲学者・ヴィトゲンシュタインの言葉を引用しています。
たとえば死についてもっと考えてみよう・・・・・・そこで新しい表現や、新たな言語の領域に出会わなければ、じつに奇妙なことである。
――ヴィトゲンシュタイン
ジョゼ・サラマーゴ『だれも死なない日』河出書房新社
死は人間が知らない領域なので、「死」を表現するならば、人間がいまだ知らない新しい言葉と出会わなくてはおかしい。死を知りえない人間は、原則的に死を語ることができない、ということを言っているのだと思います。
そこでジョゼ・サラマーゴは、「死なない」ということを語ることで、逆説的に「死」を浮かび上がらせようとしました。
「不死についての」俯瞰的な思考ゲーム
物語の7割程度は、
ということが、思考ゲームのように描かれていきます。
翌日、人はだれも死ななかった。人生の規則に絶対的に反するこの事実は、さまざまな状況のもとで、人びとの心にとてつもなく大きな、完全に正当化できる不安を引き起こした。
ジョゼ・サラマーゴ『だれも死なない日』河出書房新社
そのため、誰か個人に焦点があてられるのではなく、世界全体が俯瞰的に書かれていく形です。
たとえば、
- 葬儀業界や医療業界はどうなるか?
- 政府の政策や国民感情はどうなるか?
- 死にたくても死ねない人々はどうなるか?
といったことが物語られていきます。
そのなかでは、森鴎外の『高瀬舟』で語られるような「安楽死」というテーマや、現代社会の「老老介護」問題などにも触れられていきます。
オーケストラの演奏を思わせる小説
残りの3割、すなわち物語の終盤になると、ある個人に焦点が当てられていきます。
すると、これまで描かれていた「死」というテーマが「愛」に取って代わられます。
わたしがどんな見た目か知ってるでしょう。とても美しい。ありがとう。この会話を聞いている人がいたら、みんなぼくたちは男と女の恋のゲームをしていると思うだろうな。
ジョゼ・サラマーゴ『だれも死なない日』河出書房新社
序曲でくすぶられていた気分が、フィナーレで弾けるような、そんな構成になっています。
読み終わると、良質なオーケストラのコンサートを聴いたような感覚でした。
読み終わると何かが残る
小説のなかには、
という作品もあります。
『だれも死なない日』は「どのページもずっと面白い」という作品ではありませんが、読み終わってみると心の中に何かが残っている、そんな作品です。
誰かが亡くなったり、あるいは自分に死が近づいたと感じたとき、おそらく僕はこの小説をもう一度手に取るだろうと思います。
『だれも死なない日』の登場人物
○死(モルト)
人間の死をつかさどる女性。
大釜を持ち、人々が予定通り正しく死ねるように見守っている。
○チェリストの男性
楽団でチェロを弾いている男性。とくに有名でもない普通の人間。
予定された死亡日になぜか死ななかったので、モルト自身と直接会うことになる。
『だれも死なない日』を読んで分かること
- もし人が死ななかったら、世界はどうなるのかということ
- 死と愛というテーマ
・物語のキーワード
死・生・愛・政府・宗教・葬儀業界・保険業界・介護・医療・オーケストラ・電話