海外文学

『だれも死なない日』あらすじ&感想!人が死ななければ世界はどうなってゆくのか?

2021年9月28日

『だれも死なない日』のあらすじ・内容

その日、人はだれも死ななかった。

この異常な事態に、人々ははじめ歓喜の渦に巻き込まれていたが、次第に暗い側面も見え始めてくる。

まず、葬儀屋がやっていけなくなった。

次に病院のベッドが埋まっていき、病人を収容しきれなくなった。

さらに宗教も立ちゆかなくなった。死が無ければ、復活もあり得ないのである。

原因は「死(モルト)」だった。人間の死を支配する彼女が、いまや全てを握っていた。

「死なない」ことを描くことで、「死」の輪郭を浮かび上がらせてゆく、ノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴの死と愛の物語。

・『だれも死なない日』の概要

物語の中心人物 モルト(死)
物語の
仕掛け人
チェリストの男性
主な舞台 ある国
時代背景 近現代
作者 ジョゼ・サラマーゴ

『だれも死なない日』の感想

『白い闇』を読んで以降、ジョゼ・サラマーゴは特に好きな作家。

没後20年ということで、おそらく記念的な邦訳なのでしょう。サラマーゴの新たな邦訳となる作品が、この『だれも死なない日』です。

「死なない」ことで「死」を語る

サラマーゴは冒頭で、言語哲学者・ヴィトゲンシュタインの言葉を引用しています。

たとえば死についてもっと考えてみよう・・・・・・そこで新しい表現や、新たな言語の領域に出会わなければ、じつに奇妙なことである。

――ヴィトゲンシュタイン

ジョゼ・サラマーゴ『だれも死なない日』河出書房新社

死は人間が知らない領域なので、「死」を表現するならば、人間がいまだ知らない新しい言葉と出会わなくてはおかしい。死を知りえない人間は、原則的に死を語ることができない、ということを言っているのだと思います。

そこでジョゼ・サラマーゴは、「死なない」ということを語ることで、逆説的に「死」を浮かび上がらせようとしました。

「不死についての」俯瞰的な思考ゲーム

物語の7割程度は、

実際に人が死ななかったら、世界はどうなってゆくのか?

ということが、思考ゲームのように描かれていきます。

翌日、人はだれも死ななかった。人生の規則に絶対的に反するこの事実は、さまざまな状況のもとで、人びとの心にとてつもなく大きな、完全に正当化できる不安を引き起こした。

ジョゼ・サラマーゴ『だれも死なない日』河出書房新社

そのため、誰か個人に焦点があてられるのではなく、世界全体が俯瞰的に書かれていく形です。

たとえば、

  • 葬儀業界や医療業界はどうなるか?
  • 政府の政策や国民感情はどうなるか?
  • 死にたくても死ねない人々はどうなるか?

といったことが物語られていきます。

そのなかでは、森鴎外の『高瀬舟』で語られるような「安楽死」というテーマや、現代社会の「老老介護」問題などにも触れられていきます。

オーケストラの演奏を思わせる小説

残りの3割、すなわち物語の終盤になると、ある個人に焦点が当てられていきます。

すると、これまで描かれていた「死」というテーマが「愛」に取って代わられます。

わたしがどんな見た目か知ってるでしょう。とても美しい。ありがとう。この会話を聞いている人がいたら、みんなぼくたちは男と女の恋のゲームをしていると思うだろうな。

ジョゼ・サラマーゴ『だれも死なない日』河出書房新社

むしろここまで書かれていた「死」は、終盤の「愛」を表現するために仕込まれていた序曲だったのではないかと思うほど。

序曲でくすぶられていた気分が、フィナーレで弾けるような、そんな構成になっています。

読み終わると、良質なオーケストラのコンサートを聴いたような感覚でした。

読み終わると何かが残る

小説のなかには、

どのページも面白くて読む手が止まらないのだけど、読み終わってみると何も残らない

という作品もあります。

『だれも死なない日』は「どのページもずっと面白い」という作品ではありませんが、読み終わってみると心の中に何かが残っている、そんな作品です。

誰かが亡くなったり、あるいは自分に死が近づいたと感じたとき、おそらく僕はこの小説をもう一度手に取るだろうと思います。

ジョゼ・サラマーゴ (著)/雨沢泰 (訳)

『だれも死なない日』の登場人物

○死(モルト)

人間の死をつかさどる女性。

大釜を持ち、人々が予定通り正しく死ねるように見守っている。

○チェリストの男性

楽団でチェロを弾いている男性。とくに有名でもない普通の人間。

予定された死亡日になぜか死ななかったので、モルト自身と直接会うことになる。

『だれも死なない日』を読んで分かること

  • もし人が死ななかったら、世界はどうなるのかということ
  • 死と愛というテーマ

・物語のキーワード

死・生・愛・政府・宗教・葬儀業界・保険業界・介護・医療・オーケストラ・電話

この記事で紹介した本
ジョゼ・サラマーゴ (著)/雨沢泰 (訳)