『源氏物語』第4帖「夕顔」のあらすじ
「空蝉」の巻から3ヶ月後の8月~10月の話
乳母のお見舞いに行く光源氏
光源氏が、六条御息所という上流階級の女性のもとに通っているころのことです。
彼の乳母だった「大弐の乳母」が身体を悪くしていたので、五条にあるその家を訪ねていきました。
すると、その家の隣の女性が、光源氏に歌を書いた扇をプレゼントします。
夕顔との出会い
その扇と歌に心を惹かれた源氏は、その女性と会いたいと思い、部下に命じて様子を探らせました。
すると、どうやら彼女は、かつて頭中将が「雨夜の品定め(「帚木の巻」)」で話していた、常夏(夕顔)という女性ではないかと察せられるのです。
がぜん興味が湧いた源氏は、身分を隠して彼女に接近します。
殺される夕顔
ある日、夕顔と一日中過ごしたいと思った光源氏は、廃墟に彼女を連れ込みます。
しかしその夜、怖ろしい夢を見て飛び起きた源氏は、隣で夕顔が死んでいるのを発見します。
この廃墟の物の怪に取り殺されたのかもしれません。
光源氏の回復と空蝉の手紙
光源氏は、あまりのことに驚き悲しみ、自らも重い病を患います。
20日ほどで回復すると、夕顔の供養を内密に済ませ、鬱々とした日々を過ごします。
ちょうどその頃、空蝉から手紙が来て、心を少し慰められる源氏ですが、彼女は夫の伊予介とともに田舎へ行ってしまいます。
「帚木」「空蝉」「夕顔」で描かれた「中の女」とのお話しは、ひとまずこれでおしまいです。
『源氏物語』「夕顔」の恋愛パターン
光源氏―夕顔
- 光源氏:あどけなく純粋でおっとりとした様子の夕顔に心惹かれる
- 夕顔:自分からアタックして光源氏を射止めるも、嫉妬の怨霊に取り殺されてしまう
『源氏物語』「夕顔」の感想&面白ポイント
夕顔を取り殺す怨霊
『源氏物語』第四帖に登場する「夕顔」。
彼女は「雨夜の品定め」で頭中将が話していた、常夏(夕顔)という女性でした。
物語上では、光源氏と関係を持っていることが分かる6人目の女性です。
- 藤壺(第一帖「桐壺」)
- 葵の上(第一帖「桐壺」)
- 空蝉(第二帖「帚木」&第三帖「空蝉」)
- 軒端荻(第三帖「空蝉」)
- 六条御息所(第四帖「夕顔」)
- 夕顔(第四帖「夕顔」)
光源氏は彼女を「下の下の品」だと思いながらも、純粋でおっとりとしていて邪念が全くないような性格に惹かれていきます。
その原因は、廃屋にいた「物の怪」に取り殺された、というもの。
急にホラーを入れ込んでくる『源氏物語』。
ともかく、浮気した女性がその日に死ぬなんて、かなり大変な状況ですよね。
物の怪は誰か?
この「物の怪」は、かつて六条御息所だという説がありました。
事件前後の文章に、六条御息所を連想させる言葉がたくさんあるからですね。
僕も個人的には、廃屋にいた物の怪(昔なんらかの未練がましいことがあって、生き霊となった化け物)の仕業だと考えるほうが、自然な読みなのではないかと思います。
夕顔の女性像
夕顔という女性は、多くの男性が望むような素質を備えています。
それは以下の三点です。
- おとなしくて華奢で可愛い
- 着飾る心もなく、いつもおっとりしている
- 小言も言わず、男を一途に思い続けている
光源氏なんかは、「もっと気どりけがあっても良いくらいなのに」と言っています。
先日まで熱を上げていた空蝉には、ずっと撥ね付けられていた光源氏。
素直に愛を受け入れてくれる可愛らしい夕顔は、彼の心にグッときたのでしょう。
空蝉がお姉さんタイプなら、夕顔は妹タイプの女性だといえます。
身分は下の下
しかし、夕顔の身分は下の下です。
かの下が下と人の思ひ捨てし住まひなれど、そのなかにも、思ひのほかに口惜しからぬを見つけたらばと、めづらしく思ほすなりけり。(前に頭中将が相手にしないと言っていた下の下の品の家だけれども、「このようなところに思わぬ良い感じの女性がいたら」と、光源氏はテンションが上がってくるのだった。)
『源氏物語「夕顔」』
それに対して、冒頭で出てくる源氏の彼女の六条御息所は、上の上の品。
彼女の住まいは豪勢ですが、夕顔の住まいは侘しい様子が描かれています。
空蝉の手紙
「夕顔」巻の終盤には、病から快復した光源氏のもとへ、空蝉から手紙が届く場面があります。
空蝉は光源氏を拒絶し続けたので、彼に憎い女だと思われて終わるのが嫌だった様子。
- ご病気でいらっしゃったのに、お便りも差し上げられない私の身の上ですので、この頃は思い乱れておりました。生き甲斐もなく生きている私です。
このような、光源氏の気を試すような手紙を送っています。
とか言っているわりに、心はもう完全に靡いています。
帚木三帖で喪失を知った光源氏
「帚木」「空蝉」「夕顔」をまとめると、以下の恋が描かれていることが分かります。
- 空蝉との恋
- 軒端荻とのアクシデントの恋
- 夕顔との恋
ともかくこの三つの帖が、「雨夜の品定め」で提示された「中の品」の女性たちと、光源氏の恋模様になります。
空蝉には拒絶されて生き別れになり、夕顔には死なれて永遠の別れとなります。
母親の桐壺から始まり、北の方(祖母)、空蝉、夕顔と、女性を失ってゆく光源氏。
『源氏物語』の序盤は、主人公にとってあまり幸せな幕開けではないように思います。
『源氏物語』「夕顔」で詠まれる歌
「夕顔」で詠まれる歌は以下の通り。
- 心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花
- 寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔
- 咲花にうつるてふ名はつつめどもおらで過ぎうきけさの朝顔
- 朝霧の晴れ間も待たぬけしきにて花に心をとめぬとぞ見る
- 優婆塞が行ふ道をしるべにて来む世も深き契たがふな
- 先の世のちぎり知らるる身のうさに行く末かねて頼みがたさよ
- いにしへもかくやは人のまどひけん我まだ知らぬしののめの道
- 山の端の心も知らでゆく月はうはの空にて影や絶えなむ
- 夕露に紐とく花は玉鉾のたよりに見えしえにこそありけれ
- 光ありと見し夕顔の上露はたそかれ時のそら目なりけり
- 見し人の煙を雲とながむれば夕べの空もむつましきかな
- 問はぬをもなどかと問はでほど経るにいかばかりかは思ひ乱るる
- 空蝉の世はうき物と知りにしをまた言の葉にかかる命よ
- ほのかにも軒端の萩を結ばずは露のかことを何にかけまし
- ほのめかす風につけても下萩のなかばは霜に結ぼほれつつ
- 泣く泣くも今日はわが結ふ下紐をいづれの世にかとけて見るべき
- 逢ふまでの形見ばかりと見しほどにひたすら袖の朽ちにけるかな
- 蝉の羽もたちかへてける夏衣かへすを見ても音はなかれけり
- 過ぎにしも今日別るるも二道に行くかた知らぬ秋の暮かな
それぞれの意訳や、歌の意味をまとめました。
1.「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花」の意訳&意味
意訳:光源氏様だと当て推量をしております。白露の光のようにあなたが美しいので、こちらの夕顔の花までいっそう美しくなります。
車の中から顔を出した源氏に向けて、夕顔が扇に歌を書いてよこしたものです。
わざと字を走り書きして、誰が書いたのか分からないようにしており、そこも含めて光源氏は奥ゆかしいと思います。
2.「寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔」の意訳&意味
意訳:近くによって見てこそ誰なのか分かるというものです。黄昏時にぼんやりとみた花のように美しい夕顔を。
夕顔にもらった扇に対する光源氏の返歌。下の下の品に興味が湧いた源氏の好色さがうかがえる場面です。
「たそかれ」は「誰そ彼れ(あなたは誰?)」と「黄昏」がかかっています。
3.「咲花にうつるてふ名はつつめどもおらで過ぎうきけさの朝顔」の意訳&意味
意訳:咲く花のようなあなたに、心が移るという噂が立つのは憚られることだけれど、このまま手折らずに通り過ぎるのはつらいほど美しいあなたの朝の顔であることだ
朝、六条御息所の家から発とうとしている源氏が、そこで仕える女房の中宮に向けて、きれいな朝顔を見ながら詠んだ歌。
夕顔と出会った砂っぽい夕暮れ時とは対照的に、六条御息所の家の優雅な朝のイメージが浮かび上がるような場面です。
4.「朝霧の晴れ間も待たぬけしきにて花に心をとめぬとぞ見る」の意訳&意味
意訳:朝霧が晴れてくる間もお待ちにならないご様子で、花(六条御息所)にお心をおとめになっていらっしゃらないのではございませんか。
光源氏の歌に対して、中宮のおもとが返した歌。
自分のことを言われているのを、六条御息所のことにすり替えて切り返しており、上品なやりとりが際立ちますます。ちなみに、彼女はこの場面以外では登場しません。
5.「優婆塞が行ふ道をしるべにて来む世も深き契たがふな」の意訳&意味
意訳:優婆塞がお勤めをする仏の道に導かれて、あなたも来世までの深い約束をたがえないでください
光源氏が夕顔と迎えた朝に、仏教徒が祈っている声が聞こえてきたので、それに即して詠んだ歌です。
6.「先の世のちぎり知らるる身のうさに行く末かねて頼みがたさよ」の意訳&意味
意訳:前世の因縁を思い知らされる今の身の上をみてみますと、今後のことなど頼みにできません
光源氏の歌に対する夕顔の返歌。
語り手はこの歌を、「頼りなさそうだ(さるは心もとなかめり)」と評していて、夕顔の歌のセンスが頼りないのか、夕顔の来世が頼りないかは読み手によって受け取り方が異なる場面です。
7.「いにしへもかくやは人のまどひけん我まだ知らぬしののめの道」の意訳&意味
意訳:昔の人もこのようにして迷い込んだのでしょうか。私がまだ知らない東雲の恋の道に。
夜明けの人目に付かないうちに、廃墟へいって一日を過ごそうという光源氏が、その行く道で夕顔に詠んだ歌。
恋人と忍んで夜明けを歩くのは初めてという、光源氏の心境が表れてます。
8.「山の端の心も知らでゆく月はうはの空にて影や絶えなむ」の意訳&意味
意訳:山のはしのようなあなたの心も知らないで、そこを目指してゆく月のような私は、空の途中で消えてしまうかもしれません。
夕顔が不安な気持ちを読んだ歌。
「山の端」を光源氏に、「月」を自分に喩えています。夕顔の行く末を暗示するような歌意が含まれています。
9.「夕露に紐とく花は玉鉾のたよりに見えしえにこそありけれ」の意訳&意味
意訳:夕方の露を浴びて開く花も、あの道でわたしの顔を見られたご縁ですね
このときまで顔を隠していた光源氏が、正体を明かすために夕顔に向けて詠んだ歌。「夕露」は自分自身を、「花」は夕顔を喩えています。
かつて「心あてに~」という夕顔の歌で、「白露の光」に喩えられたことを引用して、この歌のあとに「露の光やいかに(自分の美しさはどうでしょうか)」と言っています。
10.「光ありと見し夕顔の上露はたそかれ時のそら目なりけり」の意訳&意味
意訳:光り輝いていると拝見した、あの夕顔の上露のようなお顔は、夕方時の見間違いでございました。
「露の光やいかに」を受けて、夕顔が光源氏に詠んだ歌。
逆のことを言って戯れているか、露とは比較にもならないほど美しいと言っているか、評価が分かれています。
11.「見し人の煙を雲とながむれば夕べの空もむつましきかな」の意訳&意味
意訳:夕顔を火葬した煙はあの雲となったか思いながら眺めていると、夕方の空も懐かしくてならない
夕顔を亡くし、彼女を密やかに火葬したあと、源氏がひとりで打ち悲しみながら詠んだ歌。
光源氏はショックで20日間も病に臥せっていました。
12.「問はぬをもなどかと問はでほどふるにいかばかりかは思ひ乱るる」の意訳&意味
意訳:私がお見舞いしないのを、なぜかとお尋ねくださることもないので、時が経つにつれてどれほど私は思い乱れることでしょう
空蝉が、病に臥せる光源氏にあてた手紙の中で詠んだ歌。
いよいよ田舎へ行くので、最後に光源氏の心を知っておきたいと試みています。
13.「空蝉の世はうき物と知りにしをまた言の葉にかかる命よ」の意訳&意味
意訳:空蝉のように捕らえることのできないあなたとの縁は、つらいものだと知ったというのに、言葉をもらうとそれにすがって生きていたい気持ちになります
空蝉に対する光源氏の返歌。手紙の内容も受けているので、ここでは命の話題が出ています。
意外な相手からの便りに、光源氏は少しだけ心を慰められます。
14.「ほのかにも軒端の萩を結ばずは露のかことを何にかけまし」の意訳&意味
意訳:ほんの少しでも、あなたと結んだ約束がなかったのなら、この露ほどの恨み言を、何にかけて言えるでしょうか
軒端荻が蔵人少将という男性を通わせているのを聞きつけた光源氏が、彼女に贈って詠んだ歌です。
15.「ほのめかす風につけても下萩のなかばは霜に結ぼほれつつ」の意訳&意味
意訳:私たちの関係をほのめかす便りがやってくるにつけて、私は半ばふさぎこむ思いでございます。
光源氏の歌いに対する軒端荻の返歌。
「ほのめかす風」は光源氏からの便りを表します。半分は嬉しいが、半分は悲しいという状況を詠んでいます。
16.「泣く泣くも今日はわが結ふ下紐をいづれの世にかとけて見るべき」の意訳&意味
意訳:泣く泣く今日は私ひとりで結ぶ下紐を、いつの世にかあの人と一緒に解くことができるだろうか
光源氏が夕顔の法事で、悲しみに浸って詠んだ歌。
「下紐」は古代の習わしで男女の契りに2人で結ぶもの。「とけて」には「紐を解く」と「打ち解ける」の意味が重ねられています。
17.「逢ふまでの形見ばかりと見しほどにひたすら袖の朽ちにけるかな」の意訳&意味
意訳:また会うまでの形見ぐらいに間に、袖はすっかり涙で朽ちてしまいました
空蝉がいよいよ任国へと赴くので、源氏がいろいろの贈り物と一緒におくった歌。
いつの日か持っていった空蝉の袿(うちき)を返し、その衣装になぞらえて詠んでいます。
18.「蝉の羽もたちかへてける夏衣かへすを見ても音はなかれけり」の意訳&意味
意訳:蝉の羽のような薄い衣も裁ち替えてしまい、季節も変わったという今になって、袿を返して下さったのを見るにつけても、音を立てて泣かずにはいられません
光源氏の歌に対する空蝉の返歌。
一貫して蝉のイメージを通しているところに、どうにかして自分を印象づけようとしている空蝉の想いが読み取れます。
19.「過ぎにしも今日別るるも二道に行くかた知らぬ秋の暮かな」の意訳&意味
意訳:亡くしてしまった人も、生き別れてしまった人も、どちらも別々の道を行き、その行方も知れない寂しい秋の夕暮れだ
光源氏が、空蝉と夕顔の二人を想って詠んだ歌。
彼の嘆息と侘しさがあとを引くかたちで、「帚木」「空蝉」「夕顔」の三巻の恋愛は幕を閉じます。
『源氏物語』「夕顔」の主な登場人物
光源氏
このとき17歳。下の下の品と思われる夕顔に惹かれ恋に落ちます。
夕顔
頭中将のかつての妻で、二人の間には玉鬘という女児がいます。光源氏と恋に落ちますが、「なにがしの院」で物の怪に取り殺されてしまいます。
大弐の乳母
光源氏の乳母で、五条に住んでいます。病がちだったので、源氏がお見舞いに行きます。
惟光
大弐の乳母の息子で、光源氏の臣下です。好色者で、光源氏と夕顔を引き合わせる手伝いをします。
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