『源氏物語』第30帖「藤袴」のあらすじ
今後の世渡りに悩む玉鬘
入内するにしても、秋好中宮と帝の愛を奪うようなことにはなりたくない玉鬘。
母を亡くしているため、処世術を教えてくれる人も周りにおらず、今後の世渡りに悩みます。
玉鬘への想いを断念する光源氏
「源氏の君は玉鬘をとりあえず宮仕えに出して、良い時期が来たら自分の妻の一人にするつもりなのだ」
そう頭中将(内大臣)が言いふらしている噂を、息子の夕霧から聞いた光源氏。
彼は「噂がその通りになったらさぞかし世間の非難を受けるだろう」と考え、想い続けてきた玉鬘を諦めるときが来たと悟ります。
入内の月が決まった玉鬘をめぐる男たちの焦り
玉鬘の入内は2ヶ月後の10月に決まり、想い人たちは玉鬘を早くものにしようと焦ります。
髭黒大将や蛍兵部卿宮をはじめ多くの人から恋文が届きますが、玉鬘はそれを開けることもなく、ただ蛍兵部卿宮にだけ、気持ちばかりの返事をするのでした。
『源氏物語』「藤袴」の恋愛パターン
光源氏―玉鬘
- 光源氏:ぐずぐずと想いを断ち切れないでいたが、夕霧の言葉で玉鬘を諦める時期が来たことを悟る
- 玉鬘:光源氏を厭いながら、このさき入内するにしてもどう世渡りすれば良いのか分からずにいる
『源氏物語』「藤袴」の感想&面白ポイント
入内後の処世を悩む玉鬘
前巻「行幸」で冷泉帝の姿を見て、入内へと気持ちが傾いた玉鬘。
しかし、すでに冷泉帝の後宮には、
- 秋好中宮
- 弘徽殿女御(頭中将の長女)
といった寵愛を受けている女性たちがいます。
と思い悩む姿が、この巻では描かれます。
というのも、玉鬘には母親がいないので、女性としての振る舞いを教えてくれる人もいません。
父親の頭中将(内大臣)にもまだ馴染めておらず、父親代わりの光源氏に聞くようなことでもありません。
そうこうしているうちに、2ヶ月後の10月に玉鬘の入内が決まります。
焦ったのは玉鬘に想いを寄せていた男性たち。
彼女が入内して帝の妻になると、いよいよ手が出せなくなってしまうので、それまでに玉鬘を自分の恋人にしようと猛プッシュします。
玉鬘へ想いを寄せる男性の中で、地位が高いのが以下の二人。
- 蛍兵部卿宮:光源氏の弟
- 髭黒大将(右大将):次期皇帝の叔父
どちらも高貴な身分です。
「行幸」巻では、髭黒大将の見た目を「髭ボウボウで汚い」と評価していた玉鬘。
入内を目前にして数多く寄せられた手紙の中でも、蛍兵部卿宮にだけ返事をして、この巻は幕を閉じます。
つまり、玉鬘が落ち着く先には3つの選択肢があります。
- 入内して帝の妻になる
- 入内前に蛍兵部卿宮と結婚する
- 入内前に髭黒大将と結婚する
雰囲気的には蛍兵部卿宮か?と思わせるような終わり方になっているんですね。
政治が入り込む玉鬘の恋愛
さて、玉鬘は光源氏に拾われてからずっと、高嶺の花のように仕立て上げられていました。
玉鬘のことはとても大切に扱おう。そして彼女に想いを寄せる男たちの様子を見て面白がりたいものだ。
(いたうもてなしてしがな。なほうちあはぬ人の気色見あつめむ)
『源氏物語「玉鬘」』
そんな彼女は、ついに誰かの結婚相手になろうとしています。
ここで対照的に描かれるのが、髭黒大将をめぐる光源氏と頭中将(内大臣)の気持ちです。
- 光源氏:髭黒大将はイヤ
- 頭中将:髭黒大将が良い
なぜ二人は反対の意見なのか?
ここを深く掘り下げていきます。
なぜ光源氏は髭黒大将が嫌なのか?
光源氏が髭黒大将を嫌がるのは、彼の妻が紫上の異母姉で、大変に仲が悪いからです。
と思うかもしれませんが、玉鬘は世間では光源氏に世話されていた人物。
なので、もしも玉鬘を髭黒大将の妻にすると、元々の妻だった紫上の異母姉が「ムキー!」と怒るのは明白です。
では、なぜ紫上と家族は仲が悪いのか?
その理由を時系列順に分かりやすくまとめてみました▽
- 紫上が光源氏に引き取られた時点で、継母(大北の方)は紫上の幸運を妬んでいた(第10帖「賢木」巻)
- 光源氏が須磨流しにされたとき、紫上の父親(兵部卿宮)は敵の右大臣側についた(第12帖「須磨」巻)
- 継母(大北の方)が紫上の不幸を煽った(第12帖「須摩」巻)
- 光源氏が返り咲いたとき、腹いせに兵部卿宮に冷たくあたり、その娘(王女御)の入内時には何もしなかった(第14帖「澪標」巻)
- 冷泉帝の中宮に、源氏は王女御ではなく斎宮(秋好中宮)を推した(第21帖「少女」巻)
- 北の方の夫である髭黒大将が、妻を差し置いて光源氏の養子玉鬘に夢中(第30帖「藤袴」巻)←現在
10帖から現在に至るまで、ギクシャクした関係がうかがえます。
以下は光源氏と兵部卿宮方の対立をまとめた本文抜き出しです。
紫上を妬む大北の方(10帖:賢木)
正妻である大北の方は「自分の子こそ高貴な人に嫁いでほしい」と願っているのに、あまり上手くもいかず、継子である紫上だけが幸せになってゆくのを妬ましく思っている。
(嫡腹の限りなくと思すは、はかばかしうもえあらぬに、ねたげなること多くて継母の北の方は安からず思すべし)
『源氏物語「賢木」』
光源氏&紫上から遠ざかる兵部卿宮と、紫上に嫌味を言う大北の方(12帖:須磨)
(光源氏が右大臣の反感を買ってから)兵部卿宮は以前にも増して源氏邸に寄り付かなくなり、世間の噂も恐れて手紙さえ出さなくなったのを、紫上は恥ずかしく思い、「これならいっそ父上には私が結婚したことを知られないままの方がよかったのに」とも思うが、継母の北の方が「紫上の手にした束の間の幸いも慌ただしく去ってゆくことですこと。ああ不吉ですわ。早くに母親が死んだように、彼女は慕う人みなと別れ別れになるのですから」と言っているのを、紫上は噂に聞いて心苦しく、こちらからも手紙を出すことなどは絶えてしまった。
(父親王はいとおろかにもとより思しつきにけるにまして、世の聞こえをわづらはしがりておとづれきこえたまはず、御とぶらひにだに渡りたまはぬを、人の見るらむことも恥づかしく、なかなか知られたてまつらでやみなましを、継母の北の方などの、「にはかなりし幸ひのあわたたしさ。あなゆゆしや。思ふ人、かたがたにつけて別れたまふ人かな」とのたまふけるを、さるたよりありて漏り聞きたまふにもいみじう心憂ければ、これよりも絶えておとづれきこえたまはず)
『源氏物語「須磨」』
兵部卿宮のこれまでの仕打ちに報いる光源氏(14帖:澪標)
兵部卿宮はこれまで光源氏の味方をしないことが多く、ただ時勢におもねって世渡りをしていたことを光源氏は厭わしくお思いになって、権勢が自分に移った今、彼とは昔のように仲良くせずにいる。
(兵部卿の親王、年ごろの御心ばへのつらく思はずにて、ただ世の聞こえをのみ思し憚りたまひしことを大臣はうきものに思しおきて、昔のやうにも睦びきこえたまはず)
『源氏物語「澪標」』
兵部卿宮の娘が入内してもサポートしない光源氏(14帖:澪標)
兵部卿宮の娘(王命婦)も、自分こそが中宮にと志して入内するも、光源氏は彼女をほかの人より立派に引き立ててあげようとも思わない。
(兵部卿宮の中の君も、さやうに心ざしてかしづきたまふ名高きを、大臣は人よりまさりたまへとそも思さずなむありける。)
『源氏物語「澪標」』
光源氏が権力で斎宮(梅壺)を后にし、王命婦の野望を砕く(21帖:少女)
兵部卿宮の娘である王命婦が入内なさった。同じ王家の血を引く者ならば(対抗馬の梅壺女御・弘徽殿女御も王家の血を引く)、帝の母君である藤壺中宮にゆかりのある王命婦(藤壺とは叔母と姪の関係)こそふさわしく、また亡くなった藤壺のお世話役代わりとしても似合いだろうと、それぞれの思いを胸に争いあうが、それでも光源氏の推す梅壺女御が后になられた。
(御むすめ本意ありて参りたまへり。同じごと王女御にてさぶらひたまふを、同じくは御母方にて親しくおはすべきにこそ、母后のおはしまさぬ御かはりの後見にとことよせて似つかはしかるべと、とりどりに思し争ひたれど、なほ梅壺ゐたまひぬ)
『源氏物語「少女」』
このように、もとから継母は紫上が憎く、兵部卿宮も光源氏とはずっと敵対関係にありました。
光源氏はこれ以上事態を悪化させたくないので、玉鬘を髭黒大将のもとに送りたくないわけですね。
頭中将(内大臣)は髭黒大将が良い
一方で、頭中将(内大臣)は髭黒大将に嫁いでもらえることが一番良いと考えています。
なぜなら、髭黒大将の妹(承香殿女御)には、次の帝となる子どもがいるからです。
つまり、髭黒大将は次期皇帝の叔父ということ。
彼は次の政権で重役を与えられる可能性が高く、玉鬘は安泰、ひいては頭中将の一族の繁栄にもつながるわけですね。
頭中将はそれを見越しているため、息子の柏木を通して、髭黒大将のアタックをサポートしています。
玉鬘は一体誰の妻になるのか?
長かった玉鬘をめぐるお話は、次巻の『真木柱』をもってひとまずの完結を見せます。
『源氏物語』「藤袴」の主な登場人物
光源氏
38歳。玉鬘を諦める時が来たことを悟る。
入内の話を進めるも、本心では玉鬘と離れたくない。
玉鬘
入内するにしても、どのように世の中を渡っていけば良いのか悩む。
入内2ヶ月前には、たくさんの男性から恋文が届くも、蛍兵部卿宮にだけ返事をする。
夕霧
父・光源氏の気持ちを読み取り、玉鬘を諦めさせようとする。
柏木
髭黒大将と玉鬘をくっつけようと工作する。
蛍兵部卿宮
玉鬘が入内すると聞いて恋文を送る。返事が来てたいへん喜ぶ。
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