源氏物語

源氏物語「梅枝」あらすじ&解説!明石の姫君の入内から薫物の香りまで

2022年7月7日

『源氏物語』第32帖「梅枝」のあらすじ

光源氏:39歳

明石の姫君の入内

11歳になった明石の姫君は、東宮後宮への入内を控えていました。

そのため、光源氏は裳着(結婚前に行う女性の成人式。ここでは入内前に行う)の準備に忙しくしています。

明石の姫君へのプレゼント

六条院の人々は、明石の姫君へのお祝いとして薫物を調合し、その優劣を競い合います。

明石の姫君の腰結(裳着で紐を結ぶ役。高貴な人に依頼される)をするのは秋好中宮に決まり、裳着の儀は盛大に行われました。

夕霧と雲居雁の行く末

かつて、夕霧と雲居雁の仲を引き裂いた頭中将(内大臣)は、夕霧を早く婿に迎えなかったことを、今になって後悔しています。

出世した夕霧は人望も厚く、縁談の話も他方から持ちかけられていたのです。

それを耳にした雲居雁は夕霧に恨みの歌を詠みますが、夕霧は雲居雁ひとすじなので、何のことか分かりませんでした。

『源氏物語』「梅枝」の恋愛パターン

夕霧―雲居雁

  • 夕霧:雲居雁を想い続けるが、頭中将(内大臣)が折れるまで我慢している
  • 雲居雁:夕霧に縁談の話があることを知り、恨みの歌を送る

『源氏物語』「梅枝」の感想&面白ポイント

六条院の人々が薫物を調合する

11歳になった明石の姫君。

彼女の裳着の儀に合わせて、六条院ではにわかに薫物合戦が繰り広げられます。

ここではそれぞれの人物が調合した薫物の香りをまとめてみました。

蛍兵部卿宮の評

  • 朝顔の姫君:奥ゆかしく落ち着いた香り(黒方・秋冬・祝い事)
  • 光源氏:優雅で心惹かれる香り(侍従・秋冬)
  • 紫上:梅の花のツンとした新鮮な春らしい香り(梅花。春)
  • 花散里:しみじみとした香り(荷葉・夏)
  • 明石の君:例えようもなく素晴らしい香り(?)

「黒方」「梅花」「荷葉」などは薫物の代表的な香りで、それぞれに当てはめられている季節があります。

小助
古典的な薫物の調合については、『群書類従』(「358薫集類抄」「359後伏見院宸翰薫物方」「359むくさのたね」)が詳しいです。

代表的な薫物は6つで、

梅花、黒方、侍従、落葉、菊花、荷葉

があり、『源氏物語』の「梅枝」においても、梅花(紫上)、黒方(朝顔)、侍従(光源氏)、荷葉(花散里)の4つが作られています。

『後伏見院宸翰薫物方』や『むくさのたね』では、それぞれの香りについても触れられています。

長いですが、気になった人は読んでください▽

『後伏見院宸翰薫物方』

名ある程の方もさまざまなれども。常に合用るは先六種也。梅花。黒方。侍従。落葉。菊花。荷葉。なり。是皆時に随て昔の人は知けれど。今の世にさらに聞えず。春は梅花。むめの花の香に似たり。夏は荷葉。はすの花の香に通へり。秋は落葉。もみぢ散頃ほに出てまねくなるすすきのよそほひも覺ゆなり。冬は菊花。きくのはなむらむらうつろふ色。露にかほり水にうつす香にことならず。小野宮殿の御秘法には長生久視のかなりとしるされたり。黒方。冬ふかくさえたるに。あさからぬ氣をふくめるにより。四季にわたりて身にしむ色のなづかしき匂ひかねたり。侍従。秋風蕭颯たる夕。心にくきおりふしものあはれにて。むかし覺ゆる匂によそへたり。これらは皆天地の間の五行に相生の用といふ物の香にかくるる道理なれば。草木は相尅なれば。人皆是をばいといふめり。

『群書類従 第19輯「359後伏見院宸翰薫物方」』

『むくさのたね』

たきものの方さまざまなれど。つねにあはするは六種なり。梅花。荷葉。菊花。落葉。侍従。黒方。梅花は春のむめのなづかしき香にかよへり。荷葉はなつのはちすのすずしき香にかよへり。菊花は秋のきくの身にしむ香にかよへり。落葉はふゆの木のはのちるころはらはらとにほひくるにかよへり。時にしたがひて昔の人はあはせけれど。今の世にはさしもみえずなり行や。もののをとろふるなりけり。そのおりおりにあはせずとも。おなじことよなどいふは。世のすゑの人のこころなめり。侍従は乙侍従といふ女房のあはせそめぬれば。其名をよぶといへり。山田の尼をはじめは侍従といへるゆへ。此尼のあはせそめしともいへり。いづれにても。その袖の香もおぼゆばかりのにほひなり。黒方はたきもののにほふにては。玄の玄といふ心にて名づけたるをくろほうとかながきに書けるを後の人あやまりて黒方とかくといへり。あやまりをあらためず。その字を書もはばかりある心に例あれば。かみのその字をかく也。

6種の薫物には、それぞれの応じた季節のあることが分かります。

明石の君の「百歩の方」と光源氏の「承和の御いましめ」

この薫物合戦の場面では、六条院の女性たちが、それぞれの季節に合った薫物を調合します。

小助
しかし、冬の御方である明石の君だけは、変わった薫物を調合するんですね。

以下は明石の君の薫物調合シーンです▽

明石の君は、それぞれの季節に応じた薫物が決まっているところに、その通りに調合して負けるのも悔しいと思って、薫衣香として優れているものに、宇多天皇から引き継がれた調合に公忠朝臣が手を加えた「百歩の方」などを思い出して、たとえようもなく素晴らしい香りを合わせている。

(冬の御方にも、時々によれる匂ひの定まれるに、消たれんもあいなしと思して、薫衣香の方のすぐれたるは、前の朱雀院のをうつさせたまひて、公忠朝臣の、ことに選び仕うまつれりし百歩の方など思ひえて、世に似ずなまめかしさをとり集めたる)

『源氏物語「梅枝」』

この「百歩の方」とは、百歩先にいても匂いの分かる薫物です。

先ほど挙げた『薫集類抄』にも「承和百歩香」がの作り方が書かれてあります。

「承和百歩香」の作り方

十一種の材料をつき混ぜて振るい、蜜を合わせたものを、陶器に盛って埋める。3週間経ったら取り出して焼く。すると百歩先まで香る薫物が出来上がる。

(右十一種。搗篩。蜜和之。於瓷器中盛埋。經三七日取焼。百歩之外聞香。)

『薫集類抄』

いつもは目立つことを憚っている明石の君。

冬の薫物である「落葉」などにせず、なぜ珍しい「百歩の方」にしたのか?

その理由は、この薫物合戦が、明石の姫君の入内祝いのために行われているからです。

明石の君と明石の姫君は、親子ながら離れ離れに暮らしており、養育権も紫上にあります。

明石の姫君が紫上に引き取られたのは3歳の頃で、すでに丸7年が経過しています。

その間、明石の君はずっと娘のことを想い続けていました。

つまり、離れて育った明石の姫君の入内という晴れの儀に、今も変わらぬ親の愛を知らせるため、遠くまで届く薫物を調合したわけです。

共に暮らしてはいないけれど、あなたを祝う気持ちは誰よりも強いですよ、というメッセージが「百歩の方」からは読み取れます。

ちなみに、「承和百歩香」の「承和」とは仁明天皇(承和時代の天皇)のことであり、光源氏も彼の秘伝を使って薫物を作っています。

以下は光源氏の薫物調合シーンです▽

光源氏は寝殿に離れて、承和天皇(仁明天皇)が男子には伝えてはいけないと戒めていた二つの薫物の調合法を、一体どうやって知ったのか、一心に合わせ作っている。

(大臣は、寝殿に離れおはしまして、承和の御いましめの二つの方を、いかでか御耳には伝へたまひけん、心にしめて合はせたまふ。)

『源氏物語「梅枝」』

明石の君が調合したものも、「宇多天皇から引き継がれた調合に公忠朝臣が手を加えた「百歩の方」」とあるので、その系統は承和天皇にも行き着きます。

物語では強調されていませんが、母の明石の君と父の光源氏が同じ承和天皇系列の由緒ある薫物を調合することで、両親からの祝いが間接的に描かれている場面だと考えられます。

第22帖「玉鬘」ではそれぞれの「着物」について詳述されていましたが、今回は「香り」について細かい描写がありました。

こうした香りがしみじみと漂っているなか、明石の姫君は裳着の儀を済ませます。

「かな文字」について語る光源氏

「梅枝」巻では、光源氏が仮名文字について語ります。

光源氏
多くのことが昔に劣っている今の世ですが、仮名文字だけは今の方が昔よりも優れていますね

なんでも昔に劣り浅くなってゆく世の末ですが、仮名文字だけは今の世の方が際立ってきています。昔の人の筆跡は規則通りではあるけれど、豊かな心がなくて、通り一辺倒という感じがする。素晴らしく趣深い筆跡などは、今の世になってから書く人も出てきたもので、

(よろづのこと昔には劣りざまに浅くなりゆく世の末なれど、仮名のみなん今の世はいと際なくなりたる。古き跡は定まれるやうにはあれど、ひろき心ゆたかならず、一筋に通ひなんありける。妙にをかしきことは、外よりてこそ書き出づる人々ありけれど、)

『源氏物語「梅枝」』

それから、光源氏が知っている女性たちの文字批評へと移ってゆきます。

ここでも、誰がどんな書き方なのかをまとめました。

光源氏の評

  • 六条御息所:格別に優れている(際ことにおぼえしはや)
  • 秋好中宮:丁寧で情趣豊かだけど、あまり洒落ていない(こまかにをかしげなれど、かどや後れたらん)
  • 藤壷:気品には溢れているが、か弱いところがあってあまりパッとしない(いとけしき深うなまめきたる筋はありしかど、弱きところありてにほひ少なかりし)
  • 朧月夜:今の世では筆の名手と言われているが、癖と気取った様子が見える(今の世の上手におはすれど、あまりそぼれて癖ぞ添ひためる)
  • 蛍兵部卿宮:どこといって特徴のない筆跡だが、それが却ってさっぱりとした感じで良い(すぐれてしもあらぬ御手を、ただ片かどに、いといたう筆澄みたるけしきありて)

筆跡の特徴を評するついでに、光源氏の歴代ガールフレンドが紹介されていくなか、

  • 朧月夜
  • 朝顔の姫君
  • 紫上

の3人を、特に優れたかな文字の書き手と判じています。

手紙から恋愛が始まった当時、文字の上手な人はそれだけで優位でした

ストーリー的には華やかさのない「梅枝」巻。

しかし、「香り」や「かな文字」など、当時の奥ゆかしい文化が垣間見られるこうした箇所は、個人的にとても面白く感じました。

次の「藤裏葉」巻は、頭中将(内大臣)に引き裂かれていた夕霧と雲居雁の恋愛が、ついに進展していきます。

『源氏物語』「梅枝」の主な登場人物

光源氏

39歳。明石の姫君の裳着準備に忙しい。

明石の姫君のために薫物をしたり、かな文字を書いたりする。

明石の姫君

11歳。裳着の儀を経て入内にのぞむ。

秋好中宮

後見人である光源氏にお願いされて、明石の姫君の腰結役を引き受ける。

東宮

朱雀院と承香殿女御の息子で次期帝。

13歳でこのたび元服する。

夕霧

18歳。縁談の誘いが方々から来る。

雲居雁から恨みの歌を返されるが、合点がゆかない。

雲居雁

20歳。夕霧の縁談を噂で聞いて嫉妬する。

頭中将(内大臣)

夕霧に持ちかけられている縁談を聞き、慌てて婿に取ることを考え直す。

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