源氏物語

源氏物語「薄雲」解説!母子の別離による明石の君の煩悶から冷泉帝の懊悩まで!

2022年5月31日

『源氏物語』第19帖「薄雲」のあらすじ

光源氏:31歳〜32歳

紫上になつく明石の姫君

前巻「松風」で問題になっていた明石の姫君の行く末は、結局紫上が養育することでまとまります。

娘との別れに傷心しているであろう明石の君を思うと、光源氏の足は自然と大堰に向かうのでした。

姫君は最初こそ泣きべそをかいていたものの、すぐに紫上になつき、彼女も姫君を可愛がります。

天変地異が起こる年、太政大臣と藤壺が逝去

さて、年が変わると恐ろしい禍いが相次いで起こり、都は何やら穏やかでない様子です。

まず太政大臣(頭中将の父)が逝去されたかと思うと、その悲しみも引かぬ間に、源氏が心から慕っていた藤壺が崩御します。

春の都は悲しみに包まれ、光源氏も相次ぐ凶事に心苦しみます。

出生の秘密を知る冷泉帝

そんななか、藤壺が信頼していた僧都が、冷泉帝(藤壺と光源氏の密通の子)に出生の秘密を明かしました。

自分が桐壺帝ではなく光源氏の子だと知った冷泉帝は、あまりのことに動揺し、臣下に置いている父(光源氏)に譲位を考えます。

冷泉帝から譲位をほのめかされた光源氏は辞退しますが、同時に彼が出生の秘密を知ったことを悟り、うろたえるのでした。

斎宮に振られる光源氏

秋になり、二条院へ帰ってきていた斎宮(梅壺)に対して、源氏は恋心を告白します。

斎宮は源氏の好色を厭って冷たくあしらい、たいした返事もせずに奥へ下がりました。

あっさりと振られた源氏は、自分がすでに色恋沙汰を起こすような年ではないことを痛感し、男女のことは慎むよう心がけるのでした。

『源氏物語』「薄雲」の恋愛パターン

光源氏―斎宮(梅壺)

  • 光源氏:斎宮の麗しい佇まいに恋慕を寄せるも、あっさりと振られて自分の年を感じる
  • 斎宮(梅壺):後見人である源氏の二条院に里帰りするも、源氏から思わぬアプローチを受けて厭わしく思う

『源氏物語』「薄雲」の感想&面白ポイント

明石の君の煩悶

明石の君は、自分の娘と離れるのが辛いと思っています。

しかし、娘のためを思うと源氏に任せた方が良いことは明らかで、この問題に悩みます。

比較的に会話文が多いこのシーンは、明石の君の心情がよく描かれています。

やっぱりこんなところでは暮らしていけないよ。僕が造った二条東院に越してきてください
光源氏
明石の君
ここでも寂しいのに、二条東院に行ってみてあなたにつれなくされたときには最後、そのときはどう嘆いたらよいか・・・
あなたの決心が付かないなら、せめて姫君だけでも。紫上はいつもに姫を見たがっているのですよ
光源氏
明石の君
いまさら紫上様が容姿に引き取ってくださっても、周りの人々は身分の低い子どもだと言って、かえって肩身が狭いかもしれません
心配はいりませんよ。私と紫上との間には残念ながら子どもができませんから、彼女は大人の斎宮を世話しているくらいで、まして可愛い子どもでしたら放っておけません
光源氏
明石の君
(たしかに、好色で有名だった源氏様がこれだけ丸くなられたのは、紫上様が並外れて尊いお方だからなのだろう。)
明石の君
(それでも自分のような身分の低い者が二条東院に引っ越したりなどしたら、さすがに紫上様でも気に食わないだろう。自分のことはともかくとして、姫君だけは幼いうちに、紫上様に任せるのが良いのかもしれない)
明石の君
(でもでもでも、ただでさえ寂しい日々なのに、姫もいなくなったらどれだけ辛いだろう。それに源氏様だってここに姫がいなければ、何につけて立ち寄ってくださるというのか・・・)
何を迷っているというのです。姫君と会えなくなるのは寂しいことでしょうけれど、姫君が幸せになることが何よりです。光源氏様を頼りなさい
尼君(明石の君の母)
帝の御子も母親の身分次第で立場が変わるそうです。光源氏様もこの世に二人といない立派な方なのに帝になっておられないのは、桐壷更衣のお父上の身分が低かったからで、帝の御子さえそうなのだから、ましてや私たちのような者は比較になりません。大切にしてくれるという源氏様に任せておきなさい
尼君(明石の君の母)
(後日)それで、どうしましょう。
光源氏
明石の君
私のそばにおらせては将来が可哀想ですが、お邸へ越すと田舎育ちであることをどんなに笑われますことやら・・・どうか良いようにお願いいたします。

ざっとこんな経緯で、明石の君の心情が描かれます。

明石の君は、自分で考えるだけでなく、尼君や周りの人々に意見を聞きます。

周囲の意見はおしなべて「源氏に任せるべき」とのことだったので、姫君のことを考えて光源氏に託すことにしました。

しかし、本当なら「娘をよろしくお願いします」と言うべき最後まで、「田舎育ちであることをどんなに笑われますことやら・・・」と話していることからも、彼女の苦悩が見えます。

二条東院の様子。光源氏はハーレムで遊び倒しているのか?

第19帖「松風」で完成していた、光源氏のハーレム二条東院。

そこにいる花散里の様子がこの巻では描かれます。

小助
紫上に隠れてさぞかし遊んでいるんだろうなぁと思っていましたが、意外とそんなことはありませんでした。

以下がその場面です。

二条東院にいる花散里も、不足のない風流な日々をお過ごしになっているご様子で、周りの人々や、童べの姿などもきちんとしていて、心遣いをしつつ暮らしていらっしゃるけれど、源氏の君の近くに住んでいるというのは格別なもので、のどかで時間のあるときなどはお寄りになるが、夜泊まっていったりなどはしないようである。

(東の院の対の御方も、ありさまは好ましうあらまほしさまに、さぶらふ人々、童べの姿など打ち解けず、心づかひしつつ過ぐしたまふに、近きしるしはこよなくて、のどかなる御暇のひまなどにはふと這ひ渡りなどしたまへど、夜たちとまりなどやうにわざとは見えたまはず)

昼間に立ち寄っておしゃべりしたりはするけれど、男女のことはありませんよ、というわけですね。

二条東院でも一番重んじられている花散里でさえそうなのだから、他の女性たちは推して知るべしです。

小助
言い方が悪いかもしれませんが、こうなってくると、二条東院にいる女性たちは光源氏のコレクションのような印象を受けます。

当時は写真などありませんでしたから、自分の恋愛アルバムを思い出として残すには、邸を造って住まわせる以外に方法がなかったのかもしれません。

二条東院は光源氏が女性たちと遊び倒す場所ではなく、彼の思い出ボックスや思い出アルバムとしての機能を果たしているように考えられます。

明石の姫君に乳を含ませる紫上

「薄雲」巻では、紫上が自分の乳を明石の姫君に含ませる場面があります。

(明石の姫君を)見守りつつ抱いて、可愛らしい御乳を含ませたりしながら戯れていらっしゃるご様子は、言い表せない趣きがある。女房たちは、「どうして同じことなら」「ほんとうに」などと語り合っている。

うち守りつつ懐に入れて、うつくしげなる御乳をくくめたまひつつ戯れゐたまへる御さま、見どころ多かり。御前なる人々は、「などか同じくては」「いでや」などと語らひあへり。

現代の感覚からすると少しショッキングというか、他人の子どもに自分の乳を含ませるの?と驚くシーンですね。

しかも、紫上は子どもがいないので乳は出ません。

せめて乳が出るならその行為にいくらかの説明がつきますが、子どものいない紫上が出ない乳を含ませるという「カタチ」のみの行為に、周りの人々は憐憫の情をもよおします。

女房1
どうせこうやって子どもを育てるのなら、どうして紫上様のお腹に生まれてこなかったのでしょう
ほんとうにねぇ・・・
女房2

子ども好きな彼女は光源氏との子どもが欲しくて、何度も何度も子どものいる生活を想像したのかもしれません。

あやすのはどんな感じだろう?乳を飲ますのはどんなだろう?何をして一緒に遊ぼうか?

そうした紫上のあふれる想いが、出ない乳を含まるという行為に突き動かした気がします。

太政大臣(頭中将の父親)の死によって動き出す物語

明石の姫君の話から一転、まず太政大臣が亡くなり、春になると禍いが相次いで起こります。

その年、なにかと世の中が騒がしくて、政の方面にも凶兆があって穏やかでなく、天にもいつもと違った太陽や月の動きが見えたり、雲のかたちなどもおかしかったりと世の中の人が不安に思うことが多く

(その年、おほかた世の中騒がしくて、公さまに物のさとししげくのどかならで、天つ空にも例に違へる月日星の光見え、雲のたたずまひありとのみ世の人おどろくこと多くて)

『源氏物語「薄雲」』

物語の常套句で、不吉なことが起こりそうだったり、よくない出来事が待ち構えてたりする場合に天気が荒れはじめるものですが、さすがは源氏物語、規模が違います。

月食や日食、おかしな雲の形まで持ち出して世の中の不穏を醸し出しつつ、その先に待ち受けるのは源氏が長年慕い続けていた藤壺の死。

小助
夕顔、葵上、六条御息所に次いで、藤壺までが亡くなり、世の儚さを感じる場面。主人公の愛した人がこんなにも亡くなる物語は読んだことがありません

さっきまで明石の君の話だったのに、まず太政大臣が亡くなり、そして藤壺が亡くなることで、物語が急展開します。

意外にも、藤壺の死は思ったよりも淡白に描かれいます。

小助
年齢もあるのでしょうが、夕顔や葵上の死の方が、光源氏の辛さが滲んでいたように思います。

ちなみに太政大臣は頭中将の父親、つまり光源氏の正妻だった葵上の父親であり、かつては義父という関係でした。

そして藤壺は桐壷帝の正妻なので、光源氏にとっては義母にあたります。

義父と義母のふたりが亡くなることは、光源氏にとって目上の人物がいなくなっていくということ。

光源氏は相対的に年長となり、次は同年代や年下との出来事が語られる土台ができあがります。

そうして物語は、ずっと先延ばしにされていた「光源氏と藤壺の密通問題」に触れ始めるのです。

出生の秘密を知った冷泉帝の懊悩

第5帖「若紫」巻ですでに描かれていた、光源氏と藤壺の逢瀬。

小助
「薄雲」巻より14年前で、光源氏18歳、藤壺23歳の頃ですね。

長く隠されてきた秘密は、藤壺が信頼を置いていた僧都によって明かされてしまいます。

高僧
本当に申し上げにくいのですが、お話しますとかえって仏罰を受けそうな気もして憚られ、さりとてお伝えしなければその罪も重く、心に秘めたまま死んでしまえば仏もお許しにならないでしょう・・・
ちょっとちょっと、私とあなたは幼い頃から慕ってきた仲です。それを今さら隠し事があるとは驚きだな。
冷泉帝
高僧
恐れ多いことでございます。それでは申し上げましょう。これは過去未来の一大事ですが、今はおかくれになった藤壺様と、大臣光源氏様とのことなのでございます・・・

「人の口には戸が立てられない」と言いますが、あんなに隠していた秘密も、結局はどこかから漏れてしまうもの。

本来、冷泉帝出生の秘密を知っていたのは以下の三人だけでした。

  • 光源氏
  • 藤壺
  • 藤壺付きの女房(王命婦)

しかし、光源氏が須磨に流されたとき(「須磨」巻)に、藤壺が恐ろしくなってさまざまな祈祷を命じ、その際に信頼していた高僧に打ち明けたのでしょう。

秘密を知らされた冷泉帝は、思いもよらぬ告白に心乱れます。

僧都が詳しく奏上するのを聞かれると、あまりにも思いの寄らぬことで恐ろしくも悲しくもあり、さまざまにお心がお乱れになる。

(くはしく奏するを聞こしめすに、あさましうめづらかにて恐ろしうも悲しうも、さまざまに御心乱れたり。)

『源氏物語「薄雲」』

高僧が言うには、近頃の天変地異や凶事(星の動きが怪しかったり、大臣や藤壺が亡くなること)は、帝の出生が原因であるとのこと。

小助
凶事の原因を知らなければ対策も打てず恐ろしいことなので、帝に出生の秘密を打ち明けたわけですね。

高僧は70歳で、ほかに秘密を知っているのは王命婦のみ。彼女が帝に奏上することはあり得ません。

「世のために自分が言わなければならない!」という責任感にかられて奏上したことになります。

自分が光源氏の子だと知った冷泉帝は、二つの苦悩に苛まれます。

  • 亡き桐壺帝にもうしろめたい
  • 臣下に置いている父親の光源氏に対しても申し訳ない

この二つです。

解決策として、冷泉帝は父の光源氏に譲位を考えますが、彼はこれを固辞。

問題はこの巻で解決しないまま、先送りとなります。

斎宮から疎ましがられる光源氏

明石の君の煩悶、重要人物の死去、冷泉帝の懊悩など、「薄雲」巻ではマイナスなことが続きます。

しかし最後は、斎宮に対する光源氏の一方的な恋が描かれ、物語のトーンを和らげています。

斎宮(梅壺の女御)は、光源氏の元カノである六条御息所の娘であり、現在は冷泉帝の後宮に入内した人物です。

小助
彼女はかなりの美人で、朱雀院からも求愛されています。

関連記事:源氏物語「絵合」あらすじ&解説!竹取物語と宇津保物語の比較議論まで!

光源氏は六条御息所の遺言によって斎宮の後見人となっているので、彼女が帰宅するのは光源氏の住む二条院です。

といっても、二人が実際に会ったことはなく、この巻で初めて言葉が交わされます。

そしてあろうことか、光源氏はこの隙を見て彼女に恋心を伝えます。

光源氏
あなたへの思いを抑えて後見人になっていることを、分かっていただけるでしょうか。
・・・
斎宮(梅壺)側

斎宮は冷泉帝の女房であるし、どう返事したら良いかも分からないので無言のまま。

源氏はそれからも、下記のような話題でプッシュしていきます。

  • 自身の今後の身の振り方
  • 秋と春どちらが好きか?
  • 抑えきれない想いを詠んだ恋歌

しかし、斎宮はどんどん引いていって、最後にはそっと奥の方へ下がってしまいまうんですね。

光源氏
ああ私を疎んでいらっしゃるのですね。まぁいいです。これ以上はお憎みにならないでください。

これだけをそっと言い、光源氏も帰っていったのでした。

斎宮は、あとに残る源氏の香の匂いさえ嫌に感じています。

しっとりとした源氏の君の匂いにさえ、いやな感じを抱いている

(打ち湿りたる御匂ひのとまりたるさへ、疎ましく思さる)

『源氏物語「薄雲」』

女性に振られることはままある源氏ですが(空蝉、藤壺など)、ここまで拒絶されたのは初めて。

小助
それだけに、光源氏の年を感じてしまうシーンです。
冷泉帝の後宮に入っている斎宮の態度は極めて正しく、それゆえに源氏は、自分がすでに恋をする年でもなくなっていることを痛感します。

しかし、簡単には倒れない光源氏。次回の「朝顔」巻でも、彼の恋がまた描かれてゆくのです。

『源氏物語』「薄雲」の主な登場人物

光源氏

31歳〜32歳。明石の姫君を引き取る。

藤壺を亡くし、冷泉帝に出生の秘密が漏れるも、天皇の位を辞する。

斎宮に思いを述べるが拒絶され、自身の年を感ずる。

明石の君

22歳。娘との別れを辛く思うも、最後には折れて姫君を紫上に預ける。

娘と離れ傷心しているため、光源氏はいつもより頻繁に大堰を訪れる。

紫上

23歳。藤壺が冷泉帝を懐妊したのと同じ年で、明石の姫君を養育することになる。

可愛い姫君の存在により、明石の君への嫉妬心も少しは和らぐ。

藤壺

37歳の年でこの世を去る。

死の間際には光源氏と言葉をかわし、冷泉帝の後見人となっていることに感謝を表す。

冷泉帝

14歳。母・藤壺が亡くなる。

出生の秘密を知り懊悩。父である光源氏に譲位をほのめかすも辞退される。

斎宮(梅壺、秋好中宮)

22歳。光源氏の想いを避ける。

光源氏に秋か春どちらが好きか?と問われて秋と答える。

このことから、あとになって秋好中宮と呼ばれるようになる。

太政大臣(頭中将の父親)

66歳。彼の死によって物語が再び動き出す。

頭中将(権中納言)の父親で、光源氏ともゆかりのある人物(正妻だった葵上の父親)。

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