太宰治

太宰治『葉』の読み方を徹底解説!有名な名言から小篇「哀蚊」まで

2019年8月27日

『葉』とは?

『葉』は太宰治の初期作品で、『晩年』という短編集に収められています。

作品はあまり知られていませんが、その冒頭は有名です。

「死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目しまめが織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。」

実はこの作品、エッセイや短編小説のようなものの断片を、ただつなぎ合わせたもので、一つの物語ではありません

ですので、読んでみて、「なんだこれ?」と思った方も多いかもしれませんね。

ここでは、この断片集の注目ポイントや読み方、作中の小篇『哀蚊(あわれが)』などに着目して、作品の解説をしていきます。それでは見ていきましょう。

-解説(考察)-

・断片はいくつあるの?一つの物語じゃないってどういうこと?

『葉』は全部で35の断片からなっています。それらの断片はおおまかに、短編・アフォリズム・詩・俳句・小篇・覚え書きなどのジャンルに分けることができます。

冒頭でもすでに述べましたが、作品に物語はほとんどないので、『葉』は小説と言うよりも、メモ帳や断片集といった方がふさわしいかもしれません。

ジャンルごとの断片の数は以下の通りです。

ジャンル
短編  2
アフォリズム  2
詩・俳句  2
小篇  15
覚え書き  14

こうしてみると、小篇や覚え書きが多いことが分かります。

ここでいう小篇とは、物語調のエッセイみたいなものです。小さな出来事が綴られています。

覚え書きは、「私がわるいことをしないで帰ったら、妻は笑顔をもって迎えた」のようなものから、「水到りて渠成る」のようなつぶやきまでをカウント。

また、俳句は「病む妻や とどこおる雲 鬼すすき」のひとつ、最後の断片は詩としました。

これらのごくごく短い文章や言葉の中に、太宰の思いや感情がにじみ出ています。

太宰治という作家は、こうした感情を源に作品を仕上げる人物です。ですので、この『葉』に収められた35の断片は、太宰治の感情の原石だという事ができるでしょう。

『葉』は様々な形式の言葉から、独特なニュアンスを読み取ることで、太宰治らしさを感じ取ることのできる作品です。

・『葉』の短編の『哀蚊』を解説

この作品には二つの短編があります。

そのひとつが『哀蚊』という話で、主人公とお婆さんの話です。

幼い主人公はお婆さんを慕っており、お婆さんはよく寝物語を聞かせていました。

ある日、主人公は夜中にトイレへいこうとしますが、一緒に寝ていたお婆さんはなぜかいません。

廊下に出ると、姉夫婦の寝室を覗いている幽霊が見えたのです。

話はこれだけなのですが、よく読むとこれは幽霊ではないことが分かります。

主人公がトイレに行った夜、お婆さんに聞いた寝物語は、「秋まで生き残っている蚊は哀れだ」という話です。

そして、お婆さん自身も「自分は哀蚊だ」と言っています。これは、自分が無駄に生きながらえて、なおかつ欲望が絶えていないことを表しています。

したがって、主人公がみた寝室を覗いている幽霊は、お婆さんの姿でしょう。

しかし、「姉夫婦の寝室を覗く」という行為が意味することを、幼い主人公ははっきりと理解していないはずです。ただ、見てはいけないものを見てしまった感覚になったのでしょう。

それが「おそろしい」という感情に繋がり、あれは幽霊だ!という理解に行き着いたのだと思います。

こうしてみると、『哀蚊』という物語は、幼い主人公の性との邂逅の話であることが分かります。

太宰は大きくなって当時の出来事を思い出し、その全てを理解したのでしょう。そうしてその話に『哀蚊』というタイトルを付けました。

それは、お婆さんの寝物語が「哀蚊」だったというだけではなく、お婆さん自身が「哀蚊」だったということが、本当の意味で分かったからだったのだと思います。

『葉』にはこのようなしっかりとした短編も入っているので、この「哀蚊」の話だけを読んでみても面白いかと思います。

-感想-

・『葉』で僕が好きな断片

僕が好きなのは、二つある短編のうち、もう一方の「外国の少女が花を売る話」です。

素直な清らかさと愛が退廃的な雰囲気で描かれていて、太宰らしさの出ている佳作だと思います。

ほかにも、「一緒に心中した女性が海の中で叫んだ名前が、自分の名ではなかった」という小篇や、最後の断片の「詩」なども好きです。

『葉』というタイトルからも分かるように、これらの断片は、枝に着いている様々な形の葉です。

一つの物語にこそなっていませんが、それぞれの葉を見て楽しむことができる作品だと思います。

以上、太宰治『葉』のあらすじと考察と感想でした。

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