『源氏物語』第22帖「初音」のあらすじ
新年になり、紫上の邸宅に春が来る
年が明け、六条院に初めての春が来ます。
春の町にある紫上の邸宅は、この世のものとは思えないほど素晴らしく趣深い様子です。
六条院の女君たちを訪問する
源氏は若紫邸を訪れて明石の姫君に会い、次いで花散里、玉鬘を訪問します。
玉鬘は目を見張るほど美しく、源氏の男としての眼差しに、彼女は少し身構えます。
夕方になると明石の君を訪れ、元日早々そこで夜を明かすのでした。
二条東院の末摘花と空蝉を訪問する
少し経つと、二条東院に住む末摘花と空蝉にも会いに行きます。
末摘花は醜い様子が見苦しくもあり、空蝉の尼姿には涙を誘ううら悲しさがありました。
男踏歌が行われる
今年は男踏歌(男たちが歌いながら巡行する行事)があり、みなは紫上の御殿に集まって見物します。
光源氏は、息子夕霧が学問だけでなく歌も上手いことを、嬉しそうに褒めるのでした。
『源氏物語』「初音」の恋愛パターン
光源氏―明石の君
- 光源氏:玉鬘を見て欲情した光源氏は、夕方に訪ねた明石の君と一夜を過ごす
- 明石の君:光源氏の訪問を捉えてしっかりと帰さないしたたかさが見える。帰りにはもう帰るのかと切なく思っている
『源氏物語』「初音」の感想&面白ポイント
「玉鬘」巻の着物が活き活きと動く
前巻の「玉鬘」で吟味されていた着物が人に着られて再登場することで、物語は色彩にあふれ、女君たちもより華やかに見えます。
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紫上と明石の姫君は服装の描写がありませんが、
- 花散里(水色)
- 玉鬘(赤色)
- 明石の君(白色)
- 末摘花(緑色)
- 空蝉(黄色)
は光源氏からもらった着物を着ている様子が描かれます。
それぞれの評は様々で、玉鬘と明石の君と空蝉は美しく、花散里と末摘花は不似合いであることが語られます。
以下、源氏が訪問する女君それぞれの描写です。
花散里
縹色の着物はやはり色つやなども目立たない様子で、髪などもひどく盛りを過ぎている
(縹はげににほひ多からぬあはひにて、御髪などもいたく盛り過ぎにけり)
『源氏物語「初音」』
玉鬘
山吹の着物を着、際立って美しく見える容姿はとても華やかで、どこといった欠点もなく、すみまで艶やかできらびやかな姿は、いつまでも見ていたくなる様子である
(山吹に、もてはやしたまへる御容貌などいとはなやかに、ここぞ曇れると見ゆるところなく、隈になくにほひきらきらしく、見まほしきさまぞしたまへる)
『源氏物語「初音」』
明石の君
白い着物に鮮やかな黒髪がかかっていて、毛先も軽々しく爽やかなのも、たいそう上品で優雅な美しさがあって心惹かれてしまうので、新年早々紫上に騒がれてしまうと後ろめたいけれど
(白きにけざやかなる髪のかかりの、すこしさはらかなるほどに薄らぎにけるも、いとどなまめかしき添ひてなつかしければ、新しき年の御騒がれもやとつつましけれど))
『源氏物語「初音」』
末摘花
柳の着物は、なるほどひどいものだと思われるのも、着ている末摘花の器量によるものだろう
(柳は、げにこそすさまじかりけれと見ゆるも、着なしたまへる人からなるべし)
『源氏物語「初音」』
空蝉
青鈍色の几帳が行き届いたセンスの良さを感じさせるが、その陰に隠れとどまっていて、袖口ばかりが色の違っているのも心引かれるので、源氏は涙ぐまれて
(青鈍の几帳こころばへをかしきに、いたくゐ隠れて、袖口ばかりぞ色ことなるしもなつかしければ、涙ぐみたまひて)
太政大臣という最高権力の座につき、六条院を造営した光源氏の栄華が、彼の庇護する女君たちの豊かな表情と色彩によって描かれている場面でした。
明石の姫君の成長と、明石の君との逢瀬
「初音」巻では、光源氏が元日から六条院の女性たちを訪ねまわる様子が描かれます。
紫上のもとから始まり、以下の順番で訪ねます。
- 紫上
- 明石の姫君
- 玉鬘
- 明石の君
- 末摘花(数日後)
- 空蝉(数日後)
明石の姫君が詠んだ「年月をまつにひかれてふる人に今日鶯の初音聞かせよ」の意味
最初に描かれるは、可愛らしい明石の姫君の様子です。
そこでは彼女が、母親・明石の君にもらった歌を受けて、返歌する姿が描かれます。
以下は明石の君と明石の姫君の歌のやりとりです。
[明石の君]年月をまつにひかれて経る人にけふ鶯の初音きかせよ
意訳:年月を待つことに費やし過ごしてきた私に、小松をひいて長寿を祈る行事がある初音の日という今日、鶯の初音ーあなたの便りをお聞かせください
[明石の姫君]ひきわかれ年は経れども鶯の巣だちし松の根をわすれめや
意訳:別れてから幾年が過ぎましたが、鶯が巣だった松の根を忘れないように、私もお母さまのことを忘れてはいません。
明石の姫君といえば、4歳になる直前で紫上に引き取られ(第19「薄雲」巻)、何も分からないまま母の明石の君と離れた身でした。
4年も娘と会っていない明石の君は、娘からの便りにたいそう喜びます。
▽明石の君の喜びを表す歌。
[明石の君]めづらしや花のねぐらに木づたひて谷の古巣をとへる鶯
意訳:なんとまあ嬉しいことです。紫上様の住む花のおやしきで可愛がられていながら、谷の古巣を訪れてくれた鶯よ
さて、そんな明石の君の家に、夕方訪れたのは光源氏。
娘からは返歌が来るし、光源氏は元日から訪ねてくれるし、なんとも幸せな明石の君。
この巻の「初音」という題は、姫君に贈った明石の君の歌から取られたものですが、正月早々に光源氏が明石の君の家に泊まったという「初寝」にもかかっているような気がします。
夜が明けて帰った光源氏は心苦しい言い訳をします。
紫上の怒りを察した光源氏は早々に寝たふりをして、起きると正月に訪ねてくる客の相手にかこつけて彼女を避けました。
紫上は光源氏の見えすいた言い訳を無言で取り合いもせず、夫婦仲の幸先は悪いように思えます。
玉鬘と光源氏のフラグも
目をみはるような赤に山吹の模様が入った着物を着て、六条院にいる女君たちのなかでも特別美しく描かれている玉鬘。
その麗しさに惚れ惚れする光源氏を見て、語り手は彼の下心を読み取ります。
玉鬘自身も「なんと優雅なものよ」と思っているほど、山吹の着物を着て際立って美しく見える容姿はとても華やかで、どこといった欠点もなく、すみまで艶やかできらびやかな姿は、いつまでも見ていたくなる様子である。これまでもの思いに沈むことが多い境遇だったからか、毛先が細くなって着物にかかっているのもむしろ清らかで、どこをとっても鮮かな様子であるのを、もし玉鬘が見つからずこのように見ることが無かったならと思っていらっしゃるにつけても、玉鬘をこのままただの娘としてお見過ごしになることなどできないのではないだろうか
(正身もあなをかしげとふと見えて、山吹にもてはやしたまへる御容貌などいとはなやかに、ここぞ曇れると見ゆるところなく、隈になくにほひきらきらしく、見まほしきさまぞしたまへる。もの思ひに沈みたまへるほどのしわざにや、髪のすそ少し細りてさはらかにかかれるしもいとものきよげに、ここかしこいとけざやかなるさましたまへるを、かくて見ざらましかばと思ほすにつけては、えしも見過ぐしたまふまじくや)
『源氏物語「初音」』
しかも、玉鬘はそんな光源氏の底に秘めた思いを嗅ぎ取り、少し距離を取る姿勢を見せています。
ちなみにこの玉鬘の描写で面白いのは、明石の君と玉鬘の髪の描写が似ていること。
二人とも「さはらか(こざっぱり)」と形容されていて、髪が細く、着物に少しかかっていることが共通点です。
白い着物に鮮やかな黒髪がかかっていて、毛先も軽々しく爽やかなのも、たいそう上品で優雅な美しさがあって心惹かれてしまうので、新年早々紫上に騒がれてしまうと後ろめたいけれど
(白きにけざやかなる髪のかかりの、すこしさはらかなるほどに薄らぎにけるも、いとどなまめかしき添ひてなつかしければ、新しき年の御騒がれもやとつつましけれど))
『源氏物語「初音」』
光源氏が明石の君の家に泊まり、それに対して紫上が不愉快になっているという三角関係ならシンプルです。
しかし、実はその裏に玉鬘という存在があるのなら、ことは少し複雑でしょう。
▽ただの三角関係ではない場面
このさき六条院はどうなってゆくのか?
今年も色々なことが起こりそうな予感とともに、光源氏36歳の幕開け(元日の様子)が「初音」巻では描かれました。
末摘花と空蝉
さて、元日の数日後、末摘花と空蝉のいる二条東院に光源氏が訪れます。
末摘花の描写はかなりひどく、光源氏が顔を向けられないくらいだと書かれています。
末摘花はご身分が高いだけに、源氏の君が心苦しく思って、人目につく体裁だけはよくよく保ってもてなしている。かつては盛りだったと見える若髪も年とともに衰えてゆき、まして滝の澱みも気が引けるような白髪の混じる横顔などを気の毒だとお思いになるので、まともに顔を合わせることもできない。
(常陸の宮の御方は人のほどあれば、心苦しく思して、人目の飾りばかりはいとよくもてなしきこえたまふ。いにしへ盛りと見えし御若髪も年ごろに衰へゆき、まして滝の淀み恥づかしげなる御かたはら目などをいとほしと思せば、まほにも向かひたまはず)
『源氏物語「初音」』
あまりの姿なので、わざわざ几帳を引いて間を隔てるくらいです。
それでも、寒さに震えている末摘花を見かねて、源氏は話を切り出します。
寒々しく痛々しい姿にげんなりし、そのうえ着物がないようなことをあまりにも露骨に言う末摘花に呆れる源氏が描かれています。
さて、今度は空蝉を訪ねます。
若かりし光源氏と一度だけ関係を持ったことがあり(第2帖「帚木」巻)、その後は夫について地方へ下り、夫の死後は尼になりました。
かつては色めいたやり取りをしていた二人ですが、今では尼となっているのでそのような冗談も言えず、世間話などをして帰ります。
次の「胡蝶」巻では、「初音」では描かれなかった紫上と斎宮(秋好中宮)が中心に描かれていきます。
『源氏物語』「初音」の主な登場人物
光源氏
36歳。六条院と二条東院の女君たちを訪ね回る。
元日には明石の君邸に泊まり、紫上に呆れられる。
明石の姫君
8歳。母である明石の君からの歌を受けて返歌できるほど成長している。
明石の君
姫君から歌が返ってきてたいそう喜ぶ。
元日の夜は光源氏の足を止めることに成功する。
玉鬘
光源氏の態度から自分に向けられた好色を読み取る。
男踏歌の席では紫上に初めて挨拶する。
末摘花
二条東院に住まう様子が滑稽に描かれる。
空蝉
末摘花と同じく二条東院に住まう様子が描かれる。
尼なので光源氏と色めいた話もしない。
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